番外編 秘密の召喚

 僕の名前はファイ。

 一応この国随一の召喚士です。


 王宮の外廊下を歩いていると、見知った黒髪の後ろ姿が。

 外廊下と庭園の間の柵にもたれ、なにやら物憂げな様子の御方は、僕が異世界から呼び出した、女神リリ様ではないですか。

 そっと背後に忍び寄り、さりげなく悩みを聞いてみたいと思います。


「はぁ……ぎょたろう……」


 ギョタロウ?元の世界の恋人の名前でしょうか……。

 さすがの僕も心が痛みます。

 僕が天才過ぎたから……。


「あれ、ファイさん?」


 気配を消したはずなのに、僕のこの特技(【存在感消去】)が効かないのは、師匠と偉大なる女王、そしてリリ様だけです。


「ああの……なにかお悩みのご様子でしたので、僕でよろしければお役に立てないかと」

「やだ……そんな暗い顔してました?飼っていた魚のことを、お昼食べてたら思い出しちゃって……」


 あぁ、なんて清らかなる心の持ち主なんだ。

 リリ様に飼われていた魚はさぞ幸せだったんだろうなぁ。

 いや、待てよ。


「リリ様」

「はい?」

「僕……その……今新しい召喚魔法を習得中でして」

「もしや……ぎょたろうもこっちに呼べるとか……?」

「保証はできませんが、リリ様の……その……『  』を一滴ほど頂ければ……」


 リリ様が露骨に一瞬顔を歪めました!

 わかっていたけど想像以上です……!


「……でも、それさえあれば可能性はあるんですね?」


 強い覚悟を感じます。僕は頷き、いつも携帯している銀の小皿をお渡ししました。


「じゃあ、お願いします」


 ほどなくしてリリ様から受け取ったお皿に、左手の親指を押し付けます。


 はぁゾクゾクしてきた。


 右手で空中に印を刻み、無数に漂う魔力の糸から媒介に近い性質を持つものを探し出します。

 おそらくあちらの世界で毎日一緒に過ごしていたなら、彷徨う魂が向こうから近づいてきてくれるはず。


「捉えました!」


 思えば召喚士の仕事は釣りに少し似ています。

 今回も見事狙っていた獲物を釣り上げました。


「ぎょたろう……!」


 その瞬間、先に用意していた水の張った器に、小さく綺麗な魚が現れたのです。

 生きた状態であるかは正直半々くらいの確率でしたが、魂が完全に離れてしまう前に間に合いました。


「ファイさん、ありがとう!!なんてお礼を言ったらいいか……」

「……で、であれば僕のことも“ファイたろう”って呼んでくださいますか?」


 そんなことでいいんですか?と、僕の女神はキョトンと首を傾げて、甘美なる愛称で呼んでくれたのです。


 これは、二人と一匹だけの大切な思い出です。

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