転生女神の異世界事件簿~恋にときめき、悪には天誅、謎なら解いてみせましょう~
8103810(はとみはと)
01話 月夜の召喚
「あなたが本物……ですよね?」
私のその一言に、どよめきが走る。
これは……やってしまったかもしれない。
◆◆◆◆◆
遡ること一時間前(※体感)。
私、
地域課から配属されてきたばかりの田所はハッキリ言って戦力外なので、車で応援を待つよう指示を残し、ひとり犯人が逃げ込んだと思われる廃工場へと足を踏み入れた。
刑事歴も早5年。30歳の誕生日を目前に控えた満月の夜だった。
学生時代から男勝りな性格で、警察官になってからも『貴島は顔も悪くないしスタイルいいんだけど、女としての魅力が0』なんて署内のセクハラ陰口にも耐えて、ガムシャラにノンキャリ街道を爆進してきた。
気づけば彼氏もいない寂しいアラサー女ですよ。
唯一自慢できるのは、美容師さんにはめちゃくちゃ褒められる、真っ直ぐで今まで一度も染めたことがない黒髪だ。
仕事中は後ろでお団子にしてまとめているけど、身体同様ダメージに強く、警察学校卒業以降はセミロングをキープしてる。
今いる組織犯罪対策課は、女性はほぼいないし、危険なことも多い。
それでも“私にしかできないことがある”という信念をもって、仕事に打ち込んできた。
「もうすぐこの建物は包囲される!バカな真似はよして投降しなさい!」
資材に身を潜め、相手に毅然と呼び掛ける。
すると、向こう側から足音が聞こえてきた。
入り口から伸びる月明かりに照らされた、黒いキャップ姿の男を確認すると、両手は上げた状態のようだ。
慎重に近づき、相手の前に立つ。
「そのまま……」
右手に拳銃を構え、左手を手錠ケースに伸ばした、その時だった。
――パンッ
予期せぬ銃声が工場内に鳴り響いた。
力の抜けた身体の中心が熱い。
膝から崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れ、呼吸が浅くなる。
霞む目で捉えた全身を包む青白い光の粒子。
私の意識はここで一度完全に途切れた。
◆◆◆◆◆
次に目を開けると、私はまったく別の、赤い月明かりが差し込む大聖堂の広間のようなところにいた。
思わず腹部や背中をまさぐったが、どこにも外傷はなく、痛みもなかった。
心臓だけがバクバクとうるさい。
頭の中を整理しようにも、自分が今置かれている状況は非現実だ。
ファンタジー系コスプレにしてはガチすぎる、やたら彫りの深い民族の方々が十数人周りを囲んでいる。
最初に近づいてきたのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ50歳前後の上品な女性だった。
肌寒い広間に半袖ブラウスの私を気遣ってか、生成りのケープを背後から優しく羽織らせてくれた。
「えっ、あっ、ありがとうござ……」
ケープを持つ手にほんの少し触れた瞬間、それは“視えた”。
「ンォッホン。ようこそ来てくださいました。女神様よ」
……女神?ん?何の話??
諸々混乱する私をよそに、白髪のナイスミドルが続ける。
「お目にかかれて光栄です。私はグラード王国国王クレイ・グラードと申します。この国を厄災から一世代救うとされる現人神のあなた様を異世界より召喚させて頂きました」
ワーオ。
まずこんなロー●・オ●・●・リン●みたいな顔で流暢な日本語を話し始めたことに驚き、そして言っている内容にも驚いた。
国王?現人神?異世界?召喚??聞き馴染みのない単語のオンパレードだ。
夢か?それとも天国なのか?記憶の断片から選択肢を絞っても、納得のいく正解には辿り着けない。
こんな時一番いい解決法は何か。
これまでの社会人経験から導いたたった一つの正解はこれだ。
「すみません、一回寝かせて貰ってもいいですか?」
あたりがシーンと静まり返る。
そりゃそうか。まともな第一声が「寝かせてくれ」なんて。
「ふっ……」
部屋の片隅で小さな声がした。
はずかしー笑われたー。
「いや、失礼。女神様にしてはあまりに人間らしくて。王宮騎士団団長として、女神様の睡眠が妨害されないよう、全力で任に当たりましょう」
薄暗くてもこれだけはわかる。絶対イケメンだ。
しかも、私の好きな海外のマイナー俳優に似ている気がする。
特殊警察が社会の暗部と戦う『インポッシブル・ストラテジー』シリーズの脇役なんだけど、主役を陰ながらサポートする射撃の名手で……っと、映画語りはさておき、月明かりに艶めくアッシュブロンドのモデルみたいな男性が、恭しく膝をついてこちらに頭を下げてきた。
「ふむ……召喚直後は女神と言えど、その力をかなり消耗すると聞いたことがある。わかりました。頼んだぞウィリアム騎士団長」
「はっ」
騎士団長と呼ばれた先程の男性が、落ち着いたよく通る声で応える。
声までカッコいいし、なんとも非の打ち所がない。
メイド服の女性、白髪の男性、そして騎士団長……うーん、今まで色んな犯人追ってきたけど、ここまでのバリエーションはなかったな。
傍らにいる、まだ一言も喋ってない真っ黒いフードを目深にかぶった、怪しい人に職務質問したい気分だ。
「部屋までは我が屋敷のメイドが案内します」
そう白髪の男性が言うと、優雅な仕草でメイド服の女性が扉の方向に私を促した。
「こちらです」
夢なら覚めるかも……と思って寝かせてなんて言っちゃったけど、これだけは気になって寝られないかもしれないから聞いておこう。どうせきっと夢だ。
「あの……」
「なにか?」
「あなたが本物……ですよね?」
今まで黙っていた人達までがざわつき始めた。
メイド服の女性は目線を左下に一瞬ずらし、再び私に視線を向けた。
「本物、というのはどういう意味でしょうか?」
「あ、えっと。『国王』的な意味合いの……」
何かを言おうとした白髪の自称国王さんを、スッと肩の高さに挙げた手のひらで牽制した女性は、にっこりと微笑んだ。
「さすがは女神様。試すような真似をして大変申し訳ございません。いかにも……わたくしがこのグラード王国を統べる女王、クレア・グラードにございます」
殊更優雅に腰を折ったその人は、隠していた威厳を直ぐさに纏い、その場の空気をも変えてしまった。
「でも少し悔しい気もするわ。なぜバレたのかしら?」
「ええと…その……メイドにしてはとっても手が綺麗だな~と!それと空気感というか、最初から只者じゃない感じがしたんですよね。ア、アハハ~……」
「まぁ。なんという洞察力。おみそれ致しましたわ」
少女のように瞳を輝かせる彼女に、少しの罪悪感が胸をチクリとさせる。
もちろん、嘘ではないけど、手や空気感といった話はあくまで“後付”だった。
さっき……ケープを掛けてくれた指先に触れた時、記憶の一部のようなものが脳裏に流れ込んできたのだ。
その時感じた孤独や悲しみといった感情ごと追体験するような不思議な感覚。
沢山の人に囲まれた華々しい戴冠式と、父親を静かに看取った際の記憶が主観として視えた。
『クレア、どうか……民を守り、そして幸せな女王になっておくれ』
そう言い遺した、父親の手を握りしめる彼女の美しい指先とともに。
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