第57話 魔力勝負に参加した

「そんで、どして落ち込んでるわけ?」

「‥‥」

「マーガレットのこと引きずってんの?」


セレナの問いに、カタリナはうつむいて静かに首を振った。セレナはその顔を下から覗き込んだ。


「引きずってるじゃん」

「うるさい」


カタリナは苛立っているのか、短くそれだけ言って、ゆっくり紅茶を飲んだ。それを静かに、テーブルに看板の上に乗せて、それからセレナを見た。


「‥で、何の用事?」

「そっけないねえ、生徒会長サン」


セレナは頭の後ろで腕を組み、椅子にもたれた。


「ゲーム大会の商品はハグでしょ」

「ええ」

「大丈夫なん?」

「大丈夫よ」


カタリナは平然としていた。セレナはピンク色の髪の毛が顔の右半分にかかっているのを直した。


「‥ユマが勝つと思う?」

「思うわ」

「工作でもしてんの?こういうときはいつもうちに相談してたのにさ」

「してない」

「‥‥本当みたいだな」


セレナは、カタリナの近くに置かれているチョコ菓子に手を伸ばした。カタリナは適当な1個をつまんで、セレナに軽く投げた。


「‥これもシナリオなの?」

「ええ。信じてもらえないと思うけど」


カタリナは何か話そうとする様子でセレナと目を合わせたが、少しするとまた、自分のチョコ菓子をかじった。


「‥じゃあ、予言してみなよ。次のゲームもユマが勝つん?」

「シナリオも完全なわけではないわ。ユマが何に勝って何に負けるか、いつ頃に勝つかはシナリオに書かれていないのよ。それはシナリオライターにとって重要なことではないから」

「へぇ‥」


セレナは眉をひそめて、受け取ったチョコ菓子を口に入れた。


「‥‥その調子で大丈夫なん?下手すりゃ男子を抱いて騒ぎになるぞ」

「ユマが勝つわ。シナリオは嘘をつかない」

「ふうん‥」


セレナは追及をやめた。


「‥‥まあ、勝つならそれでいいんじゃね。あと気になるのがあるんだけど」

「何?」

「焦ってない?」


セレナのその一言で、カタリナは肯定も否定もせず、ただ目を細めた。


「最初の告白はよかったけど、ハンナのデートを途中で横取りしたり、ユマの部屋に盗聴器を仕掛けたりしてさ。さっきも宝探しでユマが負けたらキスするって話だったじゃん。普通じゃないよ」

「‥‥‥‥」

「そこまでしてユマが好きなのか?それともユマの力を利用したいだけなんか?ユマの苗字を変えたいと言い出したのも‥」

「黙って」


そう言うと、カタリナはテーブルの看板の上に突っ伏せた。セレナはその、しおらしく光る金髪を見て、ため息をついた。


「‥一人にして」

「はいはい」


セレナはカタリナの希望通り、椅子から立ってそっと控室を出た。


◆ ◆ ◆


一方、ステージでは一通りスキーレースの総評が終わり、クィオデールをはじめ上位3人も会場内の席に収まった。

オードリーがまた、長いボニーテールを揺らしながら声を張り上げた。


「さて、次のゲームにうつりたい。スキーレースは技力を競う勝負だった。次は魔力の勝負といきたい」


オードリーがここまで言ったところで、私は周囲からにわかに大量の視線を感じた。理由は分かっているのだが、私は、ハンナとは反対側の隣の席の人と目が合うと、それだけで赤面した。


「‥‥みな、こっちを見ろ」


オードリーはまたステージの端に移動した。代わりに2人のスタッフが、1メートル四方はありそうなキューブをステージの中央へ置いた。キューブは淡い緑色に輝いている。

あれは地球キャンパスでも見たことがある。自由に重さを調整することができる、浮遊魔法練習用のものだ。オードリーはそれを指差して、ルールを説明した。


「選手はこのキューブの上に立ってもらう。その状態で、キューブを1メートル以上浮かせて耐えてもらう。このキューブは、1メートル以上浮いたら色が黄色になるようになっている。キューブの重さは最初の30秒間は1キログラム、それから10秒経つごとに2倍ずつ重くしていく。30秒から40秒は2キロ、40秒から50秒は4キロ、50秒から1分後は8キロだ。キューブが沈んて緑色に戻ったり、選手がキューブから落下したりしたらそこで終了だ。タイムを競うことになる。魔法は浮遊、無詠唱のみとする。質問はあるか?」


オードリーが一通り説明したところで、突然後ろから怒鳴ってくる男子がいた。


「おい、ユマ」


私は振り返った。やはりヤストだった。後ろでは2人の取り巻きが心配そうにヤストを見守っていた。

まだオードリーの話の途中だったので遠慮しているのか、ヤストはそのあと一言もしゃべらなかった。でも、鋭い目で私を睨んでいて、背中にはオーラも見えた。ヤストは私と同じ魔力クラス、学年2位である。言いたいことは分かったし、私もヤストと戦う理由はある。


「‥‥さっき私のことをゲス野郎と言ったの、謝ってもらうから」

「ふん、何だ、聞こえてたのか」


宝探しで巨大ゴーレムを倒してヤストを救ったとき、ヤストがそういう悪態をついているのが聞こえたのだ。私はヤストのことを強く意識しているわけではないが、こう言われるとさすがに苛立つものである。


「‥楽しみにしてるぞ、お前が俺に負けるところをな」


ヤストはこう言い捨てて、ぷいっと私に背を向けた。


「勝つのは私だよ」


言い返す私の顔を、ハンナが横から覗いてきた。私はハンナと目が合うと、大きくうなずいた。


オードリーの説明が続いた。付与されるポイントはスキーレースのときと同じだった。1位の選手に2ポイント、2位と3位の選手に1ポイント、さらに1位の予想を的中させた人に1ポイントが付与される。私は現在4ポイントで、これに勝つと6ポイントになってしまう。ヤストは魔力で学年2位であり、それを負かした人がこの勝負で1位になる可能性は高い。だが、10ポイントへの到達までにはまだ4ポイントもあるし、次以降上手く立ち回れば勝利の回避は十分に可能だ。私はそう割り切ることにした。


「わたくしはユマさまに投票いたします」

「ありがとう、ハンナ。私、絶対に勝つよ」


そう言って、私はオードリーによる選手募集に手を挙げた。

ステージへ歩いていくとき、周りから声援が聞こえた。


「生徒会長と互角だったよね」

「頑張って、応援してるから」

「あたしはユマに投票するから、1位にならなかったら怒るわよ」


なんだか最後の方でレイナの声が聞こえたような気がするが、聞き取れるもの、聞き取れないもの、様々な声援が私の方に一気に集まってきたので、どれがどれだか分からなかった。声援が作ったトンネルを潜っているような状態だった。

カタリナと戦うまで、私は自分の力に自信はなかった。学年1位というのも、学年2位と圧倒的な差があるわけではなく、飾りだとさえ思っていた。だが、今の自分は一瞬とはいえカタリナと互角にわたりあえた。それが大きな自信になっている。ステージにあがるのに抵抗はなかった。

私、ヤストのほかには、これまた魔力クラスの成績上位者が揃っていた。‥‥ということは。


「おーほっほっほっ!」


口に手を当てて、赤いセミロングの巨乳が高笑いしていた。マチルダである。こんな性格だが、一応魔力で学年4位である。そのマチルダの視線は、私に向いている。


「まさかこんな早くに、マチルダの執事にする機会が訪れるとは思いませんでしたわ!マチルダが勝ったら、執事になってもらうのはいかがですこと!?」

「や、やあ、マチルダ、久しぶり‥‥」


私は明言を避けた。

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