Act10-3_畢生のフロントラインⅢ

Date.日付12-August-D.C224D.C224年8月12日

Time.2028時間.20時28分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-Outer rim of the Monstra Front《モンストラ戦線外縁》

Duty.任務.Rescue救援

Status.状態.Green待機

Perspectives.視点.Alicia Rayleonardアリシア・レイレナード


あの後10分ほどでドゥミレス大橋に到着した私達は、件の助っ人とやらの到着を待機していた。ベネディクテからの追加報告では20時30分にはこちらに合流できると言っていた。そこからその助っ人、アサカとやらについてわかることも幾つかある。まず1つ目はアサカとやらは地図を読むことのできる教育を受けているということ。識字率40%程度のミスティアで考えるならこれだけでも知識人に分類されるだろう。2つ目はそもそも地図を所持しているだろうことを考えるに、オイフェミア殿下とベネディクテのお気に入りだということ。地図というものは軍事上の重要情報でもある。敵国の地形や環境を把握できる地図というものは思っている以上に価値があるのだ。3つ目はそんな重要機密をあの2人が渡すということは、アサカとやらはかなりの信頼関係を築いているということ。ベネディクテもそうだが、オイフェミア殿下は人の見る目において右に出る者はいない。他人の脳内を容易に覗けるのだからそれも当然である。


以上の事を踏まえて考えれば充分に助っ人としての役目を果たしてくれるだろう。どんな役職ロールの人物なのかはわからないが、そこについては然程問題も無い。自分で言うのもなんであるが私はミスティアきっての傭兵部隊の指揮官である。元より寄せ集め集団を運用しているのだからどんな奴が来ようとも今更であった。


月が完全に夜空に昇り月光が世界を仄かに照らす。空は星星が煌めき、さながら宝石箱の中のようであった。綺麗なものだとは思うが、生憎とここは戦場のど真ん中である。感傷に浸っている時間などないが、まあ元よりそんなロマンチストでもない。そんなどうでもいい思考をしていれば部下の一人が声をあげた。


「アリシア、東側300の稜線に人影。変な帽子に蟲甲のような耳あて、そんで変な杖みたいのを持ってる」


イーグルアイと呼ばれる視力強化のエンハンサー構造強化術を用いた仲間の一人がそんな報告を行ってきた。タイミング的にアサカで間違いはないだろう。噂には聞いていたが本当に妙な装備を身に着けている。まあそもこの世界の住人では無く、別の理で廻っていた世界の存在なのだから装備の発展形態などが全く異なっているのも当然であろうか。


「こっちに気がついてそう?」


「ああ。一直線で向かってくるから多分気がついている。何か顔にも変な面みたいの付けてるしマジで何なんだろうな、一見すると人型の魔物にも見えるぞ」


そうして数分も待てばその人影が鮮明になってくる。さっき聞いた通り変な帽子に蟲甲のような耳あて、そんで変な杖みたいのを持ってる変な格好の男であった。頭部から下ろすように4つの筒が並んだ装置の様なものを装着している。それは仄かに緑色に発光しており、男の顔に反射していた。男はその変な装置を上げ顔を顕にする。年の頃20代後半程度だろうか。私達とは人種が異なるようだが、中々精巧な顔つきをしている。好きな女は好きなんだろうなという印象を抱くルックスだ。短い顎髭を生やす男なぞ殆ど見たこと無いため違和感が凄いが、まあ別世界の人間なら普通なのだろうか。男は部下達の顔を見回した後、私を見留たのかこちらへと近づいてくる。


「アリシア・レイレナード?俺は朝霞日夏だ、ベネディクテよりここで君等と合流しろと言われた」


低い声で男、アサカはそう発する。綺麗な連合女王国訛りの交易共通語だ。ミスティアには殆ど連合女王国訛りで話す存在は居ないが、誰から言葉を学んだんだろうか。はたまた彼の世界にも交易共通語が存在したのだろうか。


「そう、私がアリシア。話は聞いてるわ。共同作戦よろしくね」


「こちらこそ。とりあえず状況を確認したい、お願いできるか?」


「今こちらの斥候が詳細の把握を行っているわ。ここより北へ10分程の場所で合流する予定。とりあえず移動をしましょう」


「了解」


そう言って私達は地面を駆け出す。全力疾走はせずに隊列を維持した移動だが、アサカは問題なく並走してきた。呼吸の乱れも少なくそれなり以上の訓練を受けたのだと言うことは瞬時に理解できる。恐らくは武芸者などではなく兵隊の類だったのだろうか。再び頭より下ろしている謎の装置を付け直している事に疑問を抱くが、あれは何なのだろうか。まあ兎も角作戦行動に支障がなければ何でも良い。10分ほど移動を行えばシキ達との合流地点へと到着する。既にシキを含めた3名が待機しており、私達の姿を確認したのか吸っていた煙草を踏み消した。


「遅かったねアリシア」


「時間通りでしょうよ。それで?状況はどんな感じ?」


「結構最悪。とりあえず橋頭堡部隊を襲撃しているのは食屍鬼で間違いない。数は200くらい、それが連中が籠城している廃砦の周囲を完全に包囲している」


シキの言う通り結構最悪な状況であった。200体の食屍鬼…流石に真っ向からぶつかるのは分が悪い。単純計算4倍の戦力に対して突っ込みたい馬鹿はいないだろう。大体突っ込んで一時的に包囲網に穴を空けられたにせよ、籠城している連中にそれが伝わらなければ意味もない。時間をかければそれでも殲滅は可能かもしれないがどう考えても橋頭堡部隊は死ぬだろう。何にせよ時間が足りないことは確かだ。


「なら馬鹿正直な突撃は無理ね。元よりする気もないけど。アサカ、貴方は食屍鬼についての知識はある?」


確認をとる。軍事において互いの共通認識を確かめる行為は重要だ。些細な食い違いで全滅することなどざらにある。今更そんな事で死ぬ気はない。


「悪いが知らない。説明を願ってもいいか?」


「構わないわ。食屍鬼はつい最近存在が確認された新種の魔物。ゴム質の表皮に曲がった背骨、犬のような顔に鋭い鉤爪を持っており、屍肉を主食にしている化け物よ。またその皮膚の性質から刃武器やら矢何かと相性が最悪。大型の刀剣などなら膂力任せに切り裂くことはできるけど、生半可な攻撃は通らないわ」


「了解、どうも」


アサカは少し眉をしかめる。と入っても変な装置のせいで表情はあまり伺えないのだが。事前にベネディクテから聞いた限りでは彼の基本戦闘スタイルは"銃"という飛び道具を用いた遠距離戦らしい。まあ近接格闘でもベネディクテを負かすくらいにセンスが高いらしいが。


「とりあえずどうするよアリシア。時間は無さそうだしさっさとプランを決定しなきゃ最悪私達まで喰われる」


シキがそう問いかけてくる。人数比的にあまり取れる選択肢は多くない。必然やれる手段はほんの少ししか無かった。


「オーライ、じゃあ作戦の説明をしよう」


私の考えた作戦はこうだ。まず少数精鋭の部隊を隠密先行させ砦の橋頭堡部隊と合流する。その間本隊は包囲網の南側外縁で待機。砦にたどり着いた少数部隊から合図が上がったのを確認した後、電撃的に本隊が攻勢を仕掛け退路を開く。そしてそのまま離脱する。


「構成はどうする?」


「本隊はシキに任せる。どの道士官教育受けてんのあんたしかいないし」


「了解、なら先行部隊の人選は?」


少し間をおいてアサカの顔を見やる。すれば少し不思議そうに私へと目線を向けてきた。


「アサカ、室内戦闘の経験は?」


「大量に」


「オーライ、なら先行部隊はアサカと私の2人だけでいいわ。残りは本隊としてシキの指揮下に」


アサカは異論が無いらしくそれ以上なにも言わなかったが、シキはどうやら不服そうだった。少し不機嫌そうに眉を顰め口を開いてくる。


「人選の理由を教えろアリシア」


「単純な消去法よ。シキには本隊を任せたい。私は武器が大型の刀剣だから閉所での戦闘だとフォローが欲しい。そんで他の連中は野戦には慣れているけど室内戦の経験が豊富とは言えない。これでいい?」


「…了解した。本隊は任せろ。各員配置に付け、魔術師は後衛だ」


シキが手際よく仲間たちへ指示を飛ばしていく。相変わらず頼れるやつだ。本当であれば隠密適正はシキの方がよっぽど高いのだが、如何せん彼女の火力は高くない。軽戦士フェンサーで刃武器を得物とする彼女と食屍鬼の相性は最悪である。だから彼女を先行させることはできない。アサカをバディに選んだのも本当に消去法というのもあるが、それ以上に理由が一つあった。それはベネディクテを負かすだけの近接戦闘術を持っている事である。あの女、第一王女とは思えないくらいに白兵戦が得意だからね。ミスティア国内で術なし1on1の白兵戦をすると仮定した時、二番目に相手にしたくないのがベネディクテであった。因みに一番はレティシア・ウォルコット侯爵である。彼女は"単騎師団"の異名を持つ逸脱者であるし、もはや生物としての枠組みが少し違うとさえ思える。まあそれにアサカはあのノルデリアを退けたと言うではないか。期待させてもらうとしよう。


「では行きましょうかアサカ」


「了解、フォローする」


シキに一声かけてから地面を駆け出す。私も逸脱者には届かないにせよ、ベネディクテ達と同じく上位者と呼ばれる存在にカテゴライズされる人間の一人だ。それに恥じぬよう努めよう。さて、異世界からの傭兵の腕前、如何程のものだろうか。



Date.日付12-August-D.C224D.C224年8月12日

Time.2046時間.20時46分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-Outer rim of the Monstra Front《モンストラ戦線外縁》

Duty.任務.Rescue救援

Status.状態.Green良好

Perspectives.視点.Hinatsu Asaka朝霞日夏


眼前を駆ける女の背中を追っていく。木々が密集し走り抜けるには困難な地形なのだが女、アリシアはそんなものをものともせずスピードを維持し続けていた。木の根を蹴り、跳躍し、身体を捻り、連続で跳ねるように駆けていく。所謂パルクールのような動きだろうか。身体の使い方が尋常じゃなく上手いのもそうだが、全身に金属製の甲冑、更には背中に大型の大剣を背負っているのにそんな動きが何故できるのか理解できない。正直視界から見失わない様に着いていくだけで精一杯だ。平地で彼女に全力疾走されれば間違いなく追いつけないだろう。あの身のこなしを見る限り、フル装備でも100m7秒ほどで走れるのでは無いだろうか。俺は身を持ってこの世界の住人との身体能力の差を実感していた。

だが俺がなんとかついていけているのにも理由がある。それは俺の進行の邪魔になるような枝や細木なんかを、先行するアリシアが切り裂いて道を開いてくれているからだ。流石に銃を持って装備を付けたままパルクールの真似事なぞできるわけもない。そんなことは軍事訓練でも行わないし、そもそもやってきた訓練自体人間の身体能力に沿ったメニューである。目の前のアリシアの身体能力は、地球の人間の身体能力の枠組みの外だ。そんな存在についていけているだけでも花丸を貰って良いと思う。まあ彼女がこちらの身体能力のギリギリを見極めてスピードを調節しているのだろうが。


さて、そんな金属甲冑やら銃やらを持った人間2人が走っていてはかなりの音が響くものである。だが現状、耳に入ってくるのは前方で聞こえる僅かな戦闘音と森のさざめきのみ。それは何故かと言えば、アリシアの用いた風属性妖精魔術が原因である。空気やらなんやらを操作して一時的に術者が指定した対象の音を減衰させる魔術らしいが、なんと便利な魔術だろうか。C.C.Cでの活動時にその魔術が欲しかった。どれだけの作戦が楽になったことか。


時折アリシアがちらりとこちらに顔を向け、俺が着いてきているかを確認してくる。随分と余裕そうだ、正直俺は息が上がって間もなく限界を迎えそうである。呼吸が荒くなり、全身が張り裂けそうになる。複眼のナイトビジョンを下ろしている為こちらの表情は確認されていないだろうが、相当酷い顔をしている自信があった。情けないことだが仕方ない。こちとら軍事訓練と実戦経験はあるとはいえ、身体能力は地球の人間ベースなのである。何度も言うがもう限界だ。


そんなことを考えていればアリシアが右手を顔の横に上げた。あれは停止指示のハンドサインである。それを理解した瞬間スピードを落とし徐々に減速して木の陰に滑り込んだ。肺が破裂せんばかりに呼気が荒くなっているが、それも数秒で鎮静していく。この辺は軍事訓練とシステマの賜物であった。


アリシアが俺の直ぐ側にしゃがみ、少し苦笑した様な表情を浮かべている。それに対し俺も苦笑を返した。現状、風属性妖精魔術の影響下にあるためこちらの発話も音として発することもできない。便利そうに見える魔術も、万能では無いと言うことだろうか。

続いて彼女は素早くハンドサインをこちらに行ってくる。俺の知るハンドサインと若干異なるものだが、なんとなく伝えたいことは理解できた。


『前方に敵影2つ。私が右を仕留める』


そんな感じだろうか。彼女の指す方向を見てみれば、確かに背骨の曲がったシルエットが2つ確認できた。あれが件の食屍鬼だろう。アリシアが右ならば、俺の得物は左の食屍鬼か。了承の合図を返し、レミントンACRの銃口を獲物へと向けた。ナイトビジョン越しに2倍サイトで捉えるその異形の姿はかなり不気味である。ハリウッドのモンスター・パニック物に出てきそうだ。話ではゴム質の体皮をしており、矢や刃に関しての耐性が高いのだったか。ということは結局ヘッドショットを狙うことになりそうである。この世界にきてこの方ヘッドショットしか狙っていない気がする。

対人戦闘ではヘッドショットを狙うことはあまり多くない。純粋に的が小さくブレる箇所であるため難度が上がるし、ヘルメットなどで威力が減衰することも多いからだ。故に下腹部などのバイタルパートを狙って殺傷よりも行動不能にすることを優先するのだが、魔物達に対人戦術がそのまま通用するとも思えない。とりあえず懸念事項はなるだけ除外するに越したことは無いだろう。セーフティ安全装置を解除し、引き金に指を駆ける。そしてアリシアへと合図を送った。


その瞬間横にいた彼女の身体に変化が起きたことを視界の端で確認する。頬部分などの露出した部分を黒く硬質な物質が覆っていた。いや、正確には皮膚が変化していた。さながら武士の面頬の様になったそれはかなりの威圧感をともっている。あれがベネディクテなどの言っていたビートルスキン硬質化とやらだろうか。


アリシアが地面を蹴る。変化していないマゼンタの瞳から煌めく光が線となり、食屍鬼へと吶喊していく。俺も彼女の行動に併せて引き金を引いた。射出された5.56mm×45mm NATO弾が暴力的な初速で飛翔していく。寸分の狂いもなく食屍鬼の頭部に命中したそれは、鈍い音を立て食屍鬼を転倒させた。その横ではアリシアが大上段から大剣を振り下ろし、食屍鬼を首筋から縦に割っている。汚い血が吹き出し、耳障りな絶叫を上げ割れた食屍鬼の身体が地面へと落ちた。

俺は自分が撃った食屍鬼に違和感を抱き、照準を向け続けていた。なんだか妙に手応えが無かったのだ。血の噴出も確認していない。まさかとは思うが…。その思考の直後、転倒していた食屍鬼が飛び起きこちらへと駆け出してくる。やはり殺せていなかった!反射的に短連射を行う。放たれた数発の銃弾の殆どが食屍鬼の顔面に吸い込まれていき、今度こそ緑色の世界に汚い華が咲いた。頭部への直撃を耐えるとは、何という耐弾性能だろうか。笑えねえ。

セーフティをロックに戻した時にカチリと鳴る音をヘッドセットが拾った。どうやら風属性魔術の効果が切れたようだ。アリシアが大剣を振り、刀身に着いた血を払う音も聞こえてくる。向こうの術の効果時間も終了したようだ。戦闘終了前に切れなくて良かった。

大剣を納刀したアリシアがこちらに近づいてくる。一件無防備そうに見えるが、周囲に警戒を怠っていないのが見て取れた。相当なベテランだ、かなり長いこと戦場に身を置いているのがそれらの所作から伝わってくる。身体能力だけではなく兵士としての能力も高いようだ。

彼女の周辺警戒が終えたタイミングで、2人だけに聞こえる小声で声をかける。


「ナイスキル、流石だな」


「そっちもね。良く仕留めきれたわね」


「一発で死ななくて焦ったよ。食屍鬼とやらの防御性能は尋常ではないな」


「そうね。特に遠隔武器への耐性は高いから、あんたは特に注意してよ?」


「了解」


マガジンを取り外し残弾を確認する。21発、まだマグチェンジをしなくてもいいだろうか。合流前でもそこそこの弾丸は使っているため、フルで装弾されているマガジンは残り2つ。グレネードも木を倒すトラップを作った時に一つ消費しているので、残りは一つ。全体的に不安の残るリソース量だが、現状これで作戦を続行する他無い。無駄撃ちは避けていくべきだろう。


「目的の廃砦まで大凡100m程度まで近づけたわ。木々で見通しが更に悪くなる、注意して行きましょうか。これ以上の魔力消費は避けたいから、妖精魔術は無しで行くわよ」


「了解、できる限りフォローはする」


再び進行を再開する。今度は先程までの速度では無く、なるだけ音の出ないように慎重に進んでいく。銃を構え、ナイトビジョンでゆっくりと移動していくこの感覚は東ヨーロッパで内戦に介入していた時期の活動を想起させた。段々と砦の外壁が見えてくる。だが違和感があった。先程まで聞こえていた戦闘音が殆どしないのだ。もしや全滅か…?とそう思考が過るが、それならば食屍鬼達の撤収が始まっているだろう。

そのまま砦の近く、20m程の茂みに潜伏し様子を伺う。流石に身のこなしだけで鎧の金属音をなくすことは不可能なようで、横にしゃがんだアリシアから金属音が聞こえた。外壁の周辺には数体の食屍鬼が何匹かのグループを構成し徘徊している。


「あー、門が破られてるわねぇ」


アリシアのささやく様な小声をヘッドセットが拾った。言われ確認してみれば確かに正門部分が破壊され、複数の食屍鬼がうろついているのが視界に入る。なるほど、突破され侵入されたから、橋頭堡部隊は何処かの一室まで撤退したのだろうか。現在食屍鬼共は砦内を捜索しているのだろう。なんとも厄介な状況に間違いない。


「どうする?」


アリシアが問いかけてくる。それは本気の相談というよりも、こちらの案を確認したいような雰囲気を伴っていた。彼女もベテランの戦士であるがゆえに、別世界の兵士の思考に興味があるのだろか。こんな極限状態でよくやるものである。長過ぎる戦場生活で感覚が麻痺しているのか、元々の性分なのか。まあそれは俺も人のことを言えたことではないが。


「なんにせよ砦内に侵入するほか無いでしょう。現状の食屍鬼の様子を見るに、救出対象は何処かの一室に隠れているものだと推測できる。手をこまねいていたら全員死ぬだろう」


「オーライ。侵入方法は?」


「ラペリング装置…鉤縄みたいなものを持っている。あの二階部分の窓からそれを使って侵入しよう」


アリシアがニヤリと笑った。やっぱりこちらの能力を図っていたようである。全くこの状況でとんでもない奴だ。まあ実力は確か、どころか俺よりも遥かに格上の身体能力と戦闘能力を持っている事は間違いない。そして実戦経験も同列に感じる。故に別に文句は無かった。


「私は金属甲冑だけど、紐の強度大丈夫?」


「問題ない。金属製のワイヤーだから千切れることは無いと思うよ」


「金属製のワイヤー…?」


疑問を抱いていそうな顔をアリシアは浮かべつつも、俺達は行動を開始する。食屍鬼のいち団が通過していったタイミングを見計らって、素早く城壁へと取り付いた。月光の影に隠れ、なるべく発見されないように立ち回る。とはいってもこの世界の魔物やらリカントやらやたら暗所での視界に優れているので気休めでしか無い。そのままスライドするように窓の直下へと移動し、ラペリングワイヤーを上へと投げた。城壁の縁へとワイヤーの返し部分が引っかかり、それを何度か引っ張って強度を確認する。問題ない、そう判断し壁を蹴って城壁を昇り始めた。アリシアはその間身をかがめ周辺警戒を行っている。全くもって共同しやすい彼女が今回の相棒で助かった。


窓を避けながら一度上部へと上がり、身体の上下を反転させる。所謂逆さラペリング状態となって、窓の上部から部屋内を確認した。そして目に入ってきた光景に、思わず眉を歪める。

そこに広がっている光景を表すのならば、猟奇的の一言であった。食屍鬼の一体が、バラバラにした人族の死体を貪り食っている。顔の半分がなくなり、苦痛に歪んだ表情の生首と目があった。


この状態で銃で撃ち殺すのが一番楽な方法であるが、サプレッサーで減音できる銃声にも限度がある。この静寂な環境で音を立てるのは些か下策だろう。故にナイフを引き抜く。アリシアの話では刃武器は食屍鬼に効果が薄いらしいが、別にナイフの使いみちは武器としてだけではない。あの凶悪な爪から身を守る為の防具にもなる。そして眼下へと目を向ければ、丁度アリシアもこちらを見上げていた。ハンドサインでこの部屋に食屍鬼が一体居ることを伝える。すれば彼女も了解の意志を返してきた。


準備はできた。さて、腹をくくって行くとしよう。

身体をもう一度反転させ、その後壁を蹴り窓へと突入していく。そのままの勢いを利用して食屍鬼の顔を蹴り上げた。即座にラペリング装置を解除し、部屋の中に着地する。通常の人間であれば先程の蹴りで昏倒するだけの威力を伴っていたのだが、食屍鬼は即座に身体を起こしこちらへと向かってきた。胸へ繰り出される爪を肩甲骨を振って上体を捻り回避する。そのままカウンターで食屍鬼の上腕部を捻りあげ、肩の関節を破壊した。ごきりと気味の悪い音が聞こえ、食屍鬼の右腕から力が感じられなくなる。続けて首をロックし、脊髄をへし折ろうと背後へと位置を移動させる。だが首を折ろうと力をいれた瞬間、食屍鬼が身体を前面に倒す様に転がり、俺の身体が宙へと舞った。地面に叩きつけられ肺の空気が一気に逃げ出し一瞬呼吸が止まりそうになる。だがギリギリの所で受け身を取れた為致命傷を免れる事ができた。即座に足払いを行い食屍鬼を転倒させる。そのまま転がった背後から食屍鬼の首元に腕を当て、今度こそ首の骨を圧し折った。食屍鬼の四肢の力が緩んでいき、最後には何の抵抗もなく床面へと投げ出される。危ない所だったがなんとかなって良かった。この化け物の膂力、想定以上である。自分よりも小さい人型であるが油断ならない。


呼吸を整え、部屋を確認する。周囲に他の敵性存在が無いことを確かめた後、窓下を覗いた。眼下のアリシアにサムズアップをした後、ラペリングワイヤーを投げ落とす。彼女はそれを掴み器用に城壁を駆け上がってきた。引っ張り上げる事を想定していたのだが、本当に予想外の身体能力である。地球ならば一流のサーカス団での華形すら足元にも及ばないだろう。改めてこの世界基準で考えれば俺の身体能力は劣っているのだと理解し、苦笑が零れ出た。


「グッキル。食屍鬼を格闘戦闘で斃すなんて、流石だね」


「マジで死ぬかと思ったけどな…。兎も角侵入はできた。橋頭堡部隊の捜索に移ろう」


ニヤリと笑ったアリシアは、地面に転がる人族の死体を一瞥した後に部屋のドアをゆっくりと開いた。ここからはモンスターパニック映画の様な状況になるだろう。精々気を抜かず死なないようにするとしようか。

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