Act3-2_弾薬庫と姫君達

/オイフェミア・アルムクヴィスト

8月18日 8:03 ミスティア王国東部臨時キャンプ


 アサカ、ベネディクテとの朝食を終え本日の主目的への準備を開始する。

それはアサカと共にこの世界へ転移してきた"弾薬庫"なるものの確認作業だった。


 弾薬庫といわれても良くは分からない。なぜならそもそも私達には"弾薬"なるものの概念が存在しないからだ。


 だがアサカが言うには装備保管庫の様なものだということらしい。つまりは彼が装備していた武器なども多数あるのだろうか?


 そう、武器だ。

 彼が昨夜逸脱者最強ノルデリアを退けたのも、その武器を用いてのことらしい。

 詳しい説明は弾薬庫についてからということなので仔細は知らないが、私にとってのもっともな懸念事項はその武器についてだった。


 魔術は先天的な才能に大きく依存する。

 魔力量や魔術適正といったものは、後天的な努力で伸ばすことはかなり難しいのだ。

 特に魔術適正を後天的に伸ばすことはほぼ不可能と言ってもいい。


 仮に魔術適正を超える魔術が行使できるようになったとしても、それは才能が伸びたのではなく、ただ身体を酷使しているだけだ。

 

 無理を続ければどうなるか? 答えは単純――

 加えて言えば、無理をして行使した魔術は、才能ある者の魔術に比べ大幅に劣化したものとなる。


 残酷なまでの血統、そして才能が求められるのが魔術であるのだ。

 故に優秀な魔術師の数を揃えるのは大国であっても簡単ではない。


 だが武器であるならば話は違う。確かに弓や弩弓も先天的な才能に依存する部分は多大にあるだろう。

 しかし後天的な訓練によって練度を揃えることが可能だ。


 アサカの用いてたあのと呼ばれる武器が、そういった運用ができるのならば世界そのものが変わりかねない。


 私は多大にそれを警戒していた。兵器の進歩は同時に戦争の巨大化である。


 今後アサカとは友好的な関係を築いていきたい。だがその点に関しては慎重にならざるを得なかった。


 別に私とベネディクテがただ譲歩して、2人だけで彼の弾薬庫に向かうわけではない。情報の拡散を防ぐ為の措置なのだ。


 とはいえ、若干高揚している私がいるのもまた事実である。

知識欲の塊である私にとって、未知のものを学べる機会というのはとても嬉しいものなのだ。


 先程の朝食の会話だけでもアサカの世界は私達の世界と全く違う理で廻っていることは間違いない。

 そして兵器、武器というものはその文明の発展度合いを図る上で最もわかりやすい目安となるのだ。

 それらを通して彼の世界への知見を深めることができれば私としては願ってもいない幸運である。まるで新しい御伽噺を楽しみにする稚児のようだが、こればかりは仕方ないだろう。だって生来そういう性格なのだから。


 まあ後はそういったことを通してアサカとももっと親睦を深められればと考えている。

 別にやましい理由ではない。いやほんとに。ちょっと、ほんのすこし、若干しかそういう気持ちはない。


 私にとって、初めて助けてくれた身内以外の男性が、アサカという人物だ。言い訳がましいかもしれないが、そんな人物と好き好んで犬猿の仲になりたいはずもないのである。


 どうやらベネディクテは露骨にアサカを自分の物にしようとしているようだが、私としては徐々に友情を育んでいきたいのだ。

 ただ彼は29歳だと言っていた。私みたいな16歳の小娘なぞ眼中には無いかもしれない。


 とまあそんな言い訳をいくつも並べたが、それでも私は思春期真っ盛りの処女である。正直なところ性への関心が占める比重が大きいのは否定のしようもない。

 個人的な好みもあるのだが、29歳の美丈夫がエロくない訳がない。服や装備の上からでもわかるくらいに鍛え上げられた肉体はとても官能的だ。私はこの国で美しいと言われる細男よりも、筋肉が好きである。


 それにアサカの発言からして、私の世界と彼の世界の貞操観念は逆のようだ。つまりはそういうこと。


 自分でも何を考えているのかわからなくなってきた。

まあ兎も角。私は逸脱者たる自分自身が、男性に助けられる事になるとは思っても見なかった訳だ。

 女が男に助けられるなど、情けないと言う人物もいるかもしれない。だが昨夜の出来事は16歳の小娘の心を揺らすには十分すぎた。ただそれだけだ。


 きっとベネディクテもそうであろう。王族の長女として、強くあることを願われ育てられた彼女にとっては尚更のことかもしれない。


 この胸中の感情が、恋や愛と言えるものなのか、自分でも判断はつかない。恐らくは、まだそこまでに至ってはないだろう。どちらかと言えば、思春期の暴走した性欲と、心の何処かにあった乙女嗜好だろうか。


「さて。オイフェミア、アサカ、準備はいいか?」


 阿呆な事を考えていれば、甲冑を装備したベネディクテが戻ってきた。

ベネディクテが身につけている鎧は、ミスティア王家が代々継承してきた。背負った大剣、サンクチュアリも。つまりは全身が神造兵器に固められている。

 そんな彼女は、ミスティア王国の象徴であり、誇りでもある。

 従姉妹であり、同性である私から見ても、凛々しく美しかった。


「俺はいつでもいい。オイフェミアは?」


「私も問題ありません。では向かいましょう」


 私達は騎乗する。アサカは馬に乗れないそうなので、私がタンデムすることになる。

 アサカが至極申し訳無さそうに、私の腰に手を当て掴まった。少しのこそばゆさと、得も言えぬ興奮が下半身から上がってくる。男性に触れられていることで下腹部が熱くなるのは、私が思春期真っ盛りで男性耐性のない思春期未通女だからだろうか。


「すまん。変なところ触ったら遠慮なく叩き落としてくれ」


 本当に申し訳無さそうな声色で話す彼の様子を見て、官能的な気分が薄まった。彼とは貞操観念が逆だと言うことは解っているのだが、どうにも妙な感覚である。


 ベネディクテの騎馬が駆け出す。それに続いて私も馬の腹を蹴った。その後方からは私とベネディクテの近衛隊が追従する。


「アサカ、こっちであってるか?」


 ベネディクテがそう叫びながら問いかけてくる。出発前にすり合わせは行っていたが、念の為の確認だろう。


「その通り!あの丘を越えれば見えるはずだ!」


 私の後ろでアサカが叫ぶ。

 そのまましばし馬を走らせればの姿が確認できた。

 無骨で一切の飾りっ気のない石の建物。私達の建築様式とは全く異なる物体がそこにあった。


 彼の世界の建物は全てあのような無骨な見た目なのだろうか?と考えたが、その可能性は低いだろうと結論づける。理由は彼の装備や格好から推測する文化レベルと全く釣り合わないからだ。


 ベネディクテが騎乗したまま右手を掲げ、近衛隊に停止命令を出す。


 それを見て私も次元通門ディメンション・ゲートを発動させた。

 始点を設定し、魔力を流し込む。空間が歪み、青白い光の道が開く。


「わお、すっげぇ」


 アサカの驚きの声が後ろから聞こえてくる。


次元通門ディメンション・ゲートです。2地点を瞬時に繋ぐ転送魔術ですよ」


「ああ!朝飯の時に言ってた魔術か!凄いな!」


 彼の興奮が伝わってくる。

 この魔術は最上位に分類される魔術だ。私は習得するにあたって特に苦戦はしなかったが、他の魔術師なら数年、下手をすれば一生かかるかもしれないもの。


「距離が離れるほど魔力を消費しますから、あまり多用はできませんけどね」


 そんなことを話していれば、目的の場所に到達した。

 それに伴いゲートの終点を設定する。


「これが……アサカと共に転移してきた弾薬庫というやつか?」


 ベネディクテが馬から降りながらそう問いかける。


 アサカも少々不格好になりながら飛び降りた。

 少し名残惜しい気持ちもあるが、今はそれよりも目の前の未知の物体への好奇心が勝る。


「そうだ。いま準備してくるから待っていてくれ」


 アサカはそう言うと、建物の端に付いている扉から内部へと入っていった。


 しかし見れば見るほど、この建物をどのようにして建築したのか気になって仕方ない。

 最初は岩でもくり抜いて作ったのかと思ったが、近づいてみれば違うということに気がつく。


「オイフェミア。この建物どうやって作ったと思う?」


 ベネディクテがたった今思考していた内容を問いかけてくる。きっとアサカが戻ってくるまでの暇つぶしだろう。


「最近錬金術師達が生み出した"コンクリート"に似ている感じはしますね。だけども、現状ここまで大量に用意できる物質ではありません。アサカの装備からも解っていたことですけど、彼の世界の文明レベルは我々の文明の遥か先を行ってるのでしょうね」


「だろうな。正直あの琥珀色のメガネだってどう作っているのか想像もできん。奴いわくメガネでは無く"アイガード"だと言っていたが」


「アイガード?度は入っていないのでしょうか?」


「そうらしい。目を破片などから護るための防具だそうだ。素材もガラスでは無いらしいしな」


 ベネディクテはそういって一呼吸を置いた。

 そして直後に意地の悪い笑みを浮かべて私を見てくる。

 普段貴族共から"白淡姫ビャクタンヒメ"などという異名を付けられている存在とは思えない程に低俗な笑みだ。既にぶん殴りたい衝動を抑える。


「それでオイフェミア。お前はアサカのことをどう思っているのだ?」


 やはりそれか。正直想像は付いていた。この白髪冷淡女め、普段の冷静で冷淡、まさに王族といった姿は何処へいったのだ。いまのベネディクテは脳内で花畑が咲き乱れている阿呆な思春期女である。


 私は努めて平静を崩さない様に言葉を返した。


「どうって、なにがですか」


「わかっているだろうに。正直な所、お前も"自らが男に助けられる"などと思ってもいなかったのだろう?」


「まあ……それはそうですね……」


「そうであろう?私も同じだ。自分が男に助けられるなぞ想像もしていなかった。だが実際にその立場になって、なんだ、その。こう、込み上げてくるものがあったのだ」


 このお姫様は何を言っているのだろうか。いや言っている意味はわかる。なんせその気持ちは悔しいながら理解できるのだから。だが今は早朝も早朝だ。そういう話は深夜にするものだろう。


「言わんとしてることは理解できますよ。まるで御伽噺の様な話ですからね」


「本当にな。そこでだ。もちろんこれから次第ではあるが、私としてはアサカと今後も良き関係を築いていきたいと思っている。オイフェミアも一緒にどうだ?」


「……本音は?」


「感謝なり境遇なりそういうのを全部すっ飛ばしたとしても顔が好みだ。とりあえず一発交わりたい」


「ベネディクテ。あなた普段は嫌味な程に頭がキレるのになんでこういう時はゴブリン以下の脳みそになるんですか」


 駄目だこの姫。脳髄にも花が咲きだしている。まあ私もあまり人のことは言えないと思うのだが、流石にここまで酷くはない。


 丁度その時、弾薬庫の正面が大きく開き始めた。まるで城門のように巨大な扉である。   それもスライド式。ここまで大きなスライド扉を見るのは生まれて始めてだ。

 あの扉は金属製なのだろうか?板金技術でも天と地ほどの開きがあるようだ。


「おまたせした。どうぞ中へ」


 アサカが扉の横から顔を覗かせる。私とベネディクテは、その声に招かれて中へと入っていった。


 内部は私にもベネディクテにとっても未知の物品が所狭しと並んでいる。

アサカが持っている銃のような物から、鉄の馬車みたいなものまで本当に多種多様だ。正直何もかもが私の常識からかけ離れすぎて良くわからない。


 アサカは建物の奥から布製の椅子のような物と見たことのない材質のローテーブルを引っ張りだして私達の前に並べた。そして椅子に腰掛けながら私達にも着席を促す。


「朝食をもてなしてくれたのに何も準備できなくてすまないね。時間があればコーヒーでも入れたかったんだけど、生憎とカップを見つけるには、荷物をひっくり返す必要がありそうだ」


「いや構わん。しかし凄いなこれは。私達の常識からは何もかもがかけ離れているぞ」


 ベネディクテは背に帯剣したサンクチュアリをテーブルに立て掛け、椅子へと腰を下ろす。


 私も弾薬庫内の物品から目を逸らすと、それに習った。

簡素な見た目の椅子であったが存外座り心地がいい。


「さて何から話したもんか。とりあえずそっちから聞きたいことがあれば答えていくよ」


 アサカは首から下げていた銃をテーブルへと置く。聞きたいことがあれば、と言われても聞きたいことだらけで正直どうしたものかというのが本音であった。


「ではまずはアサカが持っているその銃について聞きたい。それは何なのだ?」


 ベネディクテはそう問いかけた。確かにまずはそこから聞くのが良さそうだ。


「銃って言うのは俺の世界で最も一般的な武器だ。簡単に言うと、火薬という爆発する物質で鉛の塊を弾き飛ばす武器さ」


「鉛の塊、ですか?」


「ああ」


 アサカはそう言うと、銃の中央部を弄りパーツを外した。そしてその外されたパーツ内に格納されていた真鍮色の物体を取り出し私達へと差し出してくる。


「気をつけてくれ。衝撃を与えたりしたら暴発する可能性もある。その真鍮色の包みたいな物が銃が発射する弾丸だ。まあクロスボウのボルトや弓矢の矢みたいなものだと思ってくれ」


 ベネディクテとその弾丸というものをまじまじと眺める。なるほど確かにこんな物が超高速で射出されれば人体など容易に破壊できるだろう。


 だが全くもってどう製造したのか想像もできない。ここまで細かな金属精錬が可能な国家なぞこの世界には存在しないだろう。

 鉱人ドワーフ達に現物を見せればなんとかするかもしれないが、大量生産は難しいだろう。


「これがそのまま飛んでいくのか?」


「いや、正確にはその先端だけ。後ろの筒部分は薬莢というんだ。薬莢の裏側に丸い円みたいのがあるだろう?そこを銃の撃鉄が叩く事によって弾が発射される」


「どの程度の速度で翔んでいくのだ?昨日見た時は私の目でもギリギリしか捉えきれない程に早かったが」


 ベネディクテの言葉にアサカはかなり驚いた様子である。私も若干驚く、と言うよりも引く。構造強化エンハンスド猫目キャッツアイを使用していたのだろうが、逸脱者であるノルデリアが(不意打ちとはいえ)被弾していた物を捉える事ができる動体視力は尋常ではない。


 アサカはテーブルに置いた銃を掴みながら返答した。


「俺が昨日使ったこの銃、M39EMRの銃口初速は毎秒850mくらいだ。個体差はあるけどな」


「毎秒……ですか?」


「そう、毎秒。弓の初速が50m毎秒から80m毎秒だって聞いたことがあるから、ざっと10倍以上の速度かな?」


 なるほど。そんな速度でこの鉛玉が翔んでくれば人は容易に死ぬだろう。そもそもそんな速度の飛翔体なぞ常人の目で捉えることができるはずもない。

 要するに弾を見てから避けていたノルデリアと弾丸を視認していたベネディクテがおかしい。


 件のベネディクテはといえば、弾薬庫にずらりと並べられた銃を見ながら言葉を発する。


「見る限りこの並んでいるのも銃なのだろう?もしかしてこれをアサカの世界では全員が持っているのか?」


「直接戦闘する軍人であればその通りだね」


 光景を想像する。いや、その必要は無かった。何故なら、昨夜アサカの心を覗き見た時に、その一片であろう光景は目の当たりにしたからだ。

 背中に冷たいものがつたっていった。


「なるほどな……。この銃を扱うには特別な技能が必要だったりするのか?」


 ベネディクテの声のトーンが下がっている。恐らくは私と同じことを懸念しているに違いない。


 それは銃の技術がこの世界へと広がることだ。そうなればどうなるか、火を見るより明らかである。


「先天的な射撃センスっていうのは勿論あるけど、クロスボウみたいに訓練で誰でも扱えるようになるよ」


 それは最も望んでいない答えであった。ベネディクテも理解している様で顎に手を当て何かを思案している。


 しばしの間の後、彼女は口を開いた。


「アサカ、その銃触っても良いか?」


「弾を抜くっていう条件ならば構わない」


「それでいい」


 アサカは頷くと銃の横についたレバーを操作して何かを確認している。その後ベネディクテへとそれを渡そうとした。


 ――バチン。

 銃がベネディクテの手に触れようとした瞬間、青い魔力が迸る。

 それはベネディクテの手を弾き遠ざけた。これは……封印魔術だ。それも相当に高度なもの。

 だがアサカの中にいるとは魔力の性質が異なる。となれば、これはとは別の存在による封印魔術か?


「うお!?なんじゃこりゃ!?」


 アサカのリアクションを見るにこの事態は想定外だったことが伺える。

 ベネディクテも少し驚いているようであったが、私に確認を込めて目配せを送ってきた。私は首を横へ振り口を開く。


「私は何もしてませんよベネディクテ。アサカ、今一度確認なのですがあなたの世界に魔術は存在しないのですよね?」


「ああ。少なくとも俺の知る限りじゃ存在していない。今みたいな現象も初めてみた。静電気……な訳もないし、あれは魔術か?」


「ええ。恐らくは封印魔術です。どうやら特定の人物にしか扱えない封印、もとい呪いのようなものかと。そんなものを扱える人物に心当たりは?」


「俺の知り合いだとオイフェミアとベネディクテくらいかな」


 ふむと口元に手を当て思考する。この封印を施したのがアサカではないとすると何者だろうか?


 そう言えば深淵より現れる魔神の装備の幾つかに、同じ様な封印がかかっていた事があるとの報告書を読んだことがある。


 だとすればこの封印は世界同士の過干渉を抑える為の安全装置のようなものなのだろうか。


 仔細は調査せねばわからないが、何にせよ良かったと安堵している自分がいることに気がつく。


 手を弾かれたベネディクテも同様のようで、心なしか表情が柔らかくなっていた。


 私達の立場では、これが誰にでも扱える武器だと判明した段階で、国の為に使わざるを得なかった。私人としての感情は抜きに、公人としてはそうせざる得ない。

 だがこれで銃がこの世界に拡散されることは防げるかもしれない。知識欲が満たされない事は残念だが、その結果流れることになるだろう何万ガロンもの血を考えれば安堵せざるを得ない。


 だがしかしだ。つまりこの銃という超強力な武器が扱える者はこの世界ではアサカしかいないということでは無いのか?


 そうすると彼の戦略的な価値が途端に跳ね上がる事になる。逸脱者ですら殺せる可能性のある武器を使える唯一の人間なのだ。当然である。


 ベネディクテはどうするつもりなのだろうか。私は所詮彼女の相談役だ。決定権は全てベネディクテにある。


「とりあえず銃についてはわかった。封印についてもまあ今は良いだろう。次はアサカ、お前自身のことについて教えてくれ」


「俺自身?」


「そうだ。先程からこう話してはいるが、私達はお前という個人の事を殆ど知らん。できればお前という存在を教えてほしいのだ」


 アサカは後頭部をかきつつ、何から話そうかと思案しているようだった。

それを急かすことはせず、彼からの言葉を待つ。


「じゃあ改めまして、俺は朝霞日夏。日本という国の軍隊に所属していた兵士だった。だけど色々あって3年前に退役した。その後はPMSC民間軍事企業……国を跨いだ傭兵団みたいなものに所属して世界各地を転戦していた。けどとある任務中に吹き飛ばされて死んだ、と思ったら弾薬庫と共にここにいた。その後は知っての通りって感じだな」


「なるほど。失礼ながら傭兵というのは詭弁だと思ってました」


「厳密には傭兵じゃなくて武力を商品とする会社の社員なんだけどね。うちの会社の場合は、武力だけが商品じゃないけど。多分オイフェミアとベネディクテに伝えるなら傭兵っていうのが一番しっくりくるかなと思って」


 苦笑いしながらアサカはそう応えた。その表情には自嘲を孕んでいる。あまり深入りしないほうが良さそうだ。


「話してくれて感謝するアサカ。そしてその話を理解した上で聞いてほしいことがあるんだが良いか?」


 ベネディクテがそう言葉をかけた。どうやらアサカをどの様に扱うかを決めたようだ。


「構わない、なんだい?」


「今後のお前の処遇についてだ。正直な話、私はお前を配下に付けたいと思っている。それは勿論戦力を考慮した打算的な計算も絡んだ上だが、それ以上にアサカに興味があるというのが本音だ。だが異世界人かつ男を直接の配下につけるとなれば貴族連中からの大反発が起きるだろう。一応これでも王族なのでな。故にお前には傭兵という体をとってほしいのだ」


 アサカは少し驚いた様な顔を浮かべていた。私としては想像の範疇である。そしてあわよくばアサカを愛人、というか抱きたいというベネディクテの下心も見え見えである。


 だが良い落とし所では無いだろうか。どうせ関わった時点で見て見ぬふりをするという選択肢は存在しないのだ。であれば国としても最大限の利益を上げつつ私人としての欲を満たすこの案は悪くない。


 問題は女王陛下と王家臣下の貴族共だが、そこは次期女王のベネディクテの政治力の見せ所、というところだろうか。勿論ベネディクテが決めたことならば、私も反対はしない。


 アルムクヴィスト公爵家も賛成するとなれば反発する貴族なぞ容易に抑えつけることが可能だろう。叔母である女王陛下に関しても、アサカの有用性を説明すれば納得してくれるに違いない。


「それは正直願ってもいない話だ。どうせ俺にあるのは培ってきた武力だけだし、その提案には乗りたいと思う。まあ銃が無ければ只の人間だけどな。だがそちらに迷惑がかかるのではないのか?」


「お前を迎え入れるメリットに比べれば些細なことよ。それに謙遜するな。いくら銃が優れた武器とはいえ、あの精密狙撃は誰でもできることでは無いだろう。封印がある限り銃の技術を研究することも難しいだろうしな」


 彼の顔に多少の安堵が浮かぶ。明確な後ろ盾が得られたのだ。張り詰めていた緊張がほぐれたのだろう。


「では改めてよろしく頼む。ベネディクテ、オイフェミア」


「こちらこそ、アサカ」


「ええ、よろしくおねがいしますね」


 彼とは未だ出会ったばかり。お互いのことを知っていくのはこれからであるが、何にせよ良き出会いとなりそうで安堵した。

 とはいえこれから面倒くさいことも山積みであろう。

 まずは貴族共をどうやって黙らせるかだ。

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