Act3-2_弾薬庫のモナーク

Date.日付01-■■■-■■■■■■■■年■月1日

Time.0800時間.08時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-Near the kingdom of Felizaria border《フェリザリア王国との国境線近く》

Duty.Confirmation任務.確認作業

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Euphemia Almqvist《視点.オイフェミア・アルムクヴィスト》


アサカ、ベネディクテとの朝食を終え本日の主目的への準備を開始する。

それはアサカと共にこの世界へ転移してきた"弾薬庫"なるものの確認作業だった。

弾薬庫といわれても良くは分からない。なぜならそもそも私達には"弾薬"なるものの概念が存在しないからだ。

だがアサカが言うには装備保管庫の様なものだということ。つまりは彼が装備していた武器なども多数あるのだろうか?


そう、武器だ。

彼が昨夜逸脱者ノルデリアを退けたのもその武器を用いてのことらしい。

詳しい説明は弾薬庫についてからということなので仔細は知らないが、私にとってのもっともな懸念事項はその武器についてだった。


魔術は先天的な才能に大きく依存する。

魔力量や魔術適正といったものは後天的な努力で伸ばすことはかなり難しいのだ。

故に優秀な魔術師の数を揃えるのは大国であってもおいそれとできることではない。


だが武器であるならば話は違う。確かに弓や弩弓も先天的な才能に依存する部分は多大にあるだろう。

しかし後天的な訓練によって練度を揃えることが可能だ。

アサカの用いてたあの"銃"と呼ばれる武器がそういう運用ができるのならば世界そのものが変わりかねない。

私はそれを多大に警戒していた。兵器の進歩は同時に戦争の巨大化である。

今後アサカとは友好的な関係を築いていきたい。だがその点に関しては慎重にならざるを得なかった。

別に私とベネディクテが譲歩して2人だけで彼の弾薬庫に向かうわけではない。情報の拡散を防ぐ為の措置なのだ。


とはいえ若干ワクワクしている私がいるのもまた事実である。

知識欲の塊である私にとって未知のものを学べる機会というのはとても嬉しいことだ。

先程の朝食の会話だけでもアサカの世界は私達の世界と全く違う理で廻っていることは間違いない。

そして兵器、武器というものはその文明の発展度合いを図る上で最も目安となるのだ。

それらを通して彼の世界への知見を深めることができれば私としては願ってもいない幸運である。

まるで新しい御伽噺を楽しみにする稚児のようだが、こればかりは仕方ないでしょう。

だって生来そういう性格なのですもの。


まあ後はそういったことを通してアサカともっと仲良くなれればとも思っている。

別にやましい理由ではない。いやほんとに。ちょっと、ほんのすこし、若干しかそういう気持ちはない。

私にとってはまさに救世主たる存在がアサカだ。言い訳がましいかもしれないがそんな人物と好き好んで犬猿の仲になりたいはずもないのである。


どうやらベネディクテはガッツリアサカの事を狙っているようだが、私としてはそんな徐々に友情を育んでいきたいのだ。

それに彼は29歳だと言っていた。私みたいな16歳の小娘なぞ眼中には無いかもしれない。

とまあそんなことを言ったがそれでも私は思春期真っ盛りの処女である。正直なところ性への関心が占めるウェイトは大きい。

だって29歳の男なんていっちゃんエロくない?服や装備の上からでもわかるくらいに鍛え上げられた肉体はとてもえっちだ。

それにアサカが言うには私の世界と彼の世界の貞操観念は逆らしい。つまりはそういうこと。


自分でも何を考えているのかわからなくなってきた。

まあ兎も角も私は逸脱者たる自分が男性に助けられることになることなぞ想像もしていなかった訳で。

女が男に助けられるなぞ情けないことこの上ないという人物もいるかもしれない。だが昨夜の出来事は16歳の女の心を揺らすには十分すぎるインシデントだったのだ。

きっとベネディクテもそうであろう。王族の長女として強くあることを願われ育てられた彼女にとっては尚更のことかもしれない。


「さて。オイフェミア、アサカ、準備はいいか?」


阿呆な事を考えていれば甲冑を付けたベネディクテが戻ってきた。

王家に代々継がれてきた装備一式を身に着けた彼女は従姉妹の目からみても凛々しいと思う。


「俺はいつでもいい。オイフェミアは?」


「私も問題ありません。では向かいましょう」


私達は騎乗する。アサカは馬に乗れないそうなので、私の後ろにタンデムした。

アサカが申し訳無さそうに私の腰に手を当て落ちないように掴まる。少しのこそばゆさと男性に触れられていることで若干濡れそうになるのは私が思春期真っ盛りで男耐性のない16歳処女童貞だからだろうか。


「すまん。変なところ触ったら遠慮なく叩き落としてくれ」


本当に申し訳無さそうな声色で話す彼の様子を見てピンクな気分が吹き飛んだ。彼とは貞操観念が逆だと言うことは解っているのだが、どうにも妙な感覚である。

ベネディクテの騎馬が駆け出す。それに続いて私も馬の腹を蹴った。その後方からは私とベネディクテの近衛隊が追従する。


「アサカ、こっちであってるか?」


ベネディクテがそう叫びながら問いかけてくる。出発前にすり合わせはおこなっていたが、念の為の確認だろう。


「あってるよ!あの丘を越えれば見えるはずだ!」


私の後ろでアサカが叫ぶ。

そのまましばし馬を走らせれば"それ"の姿が確認できた。

無骨で一切の飾りっ気のない石の建物。私達の建築様式とは全く違う物体がそこにあった。

彼の世界の建物は全てあのような見た目なのだろうか?と考えたが、その可能性は低いだろうと結論づける。

理由は彼の装備や格好から推測する文化レベルと全く釣り合わないからだ。


ベネディクテが騎乗しながら右手を掲げ、近衛隊に停止命令を出す。

それを見て私も"ディメンション・ゲート"という魔術を発動させた。

ディメンション・ゲートというのは2つの地点を別次元を経由させて繋げる転送魔術である。

消費魔力量が多く、また修得難易度が異常に高いためこれを使える魔術師はかなり少ない。

アサカは突然目の前で魔術を発動させられたからか少し驚いているようであった。

『うお、すっげぇ』という声が後ろから聞こえてくる。

そして弾薬庫の前に到達した。それに伴いゲートの終点を設定する。


「これが…アサカと共に転移してきた弾薬庫というやつか?」


ベネディクテが馬から降りながらそう問いかける。

アサカも少々不格好になりながら飛び降りた。

少し名残惜しい気持ちもあるが、今はそれよりも目の前の未知の物体への好奇心が勝る。


「そうだ。いま開けてくるからちょっとまっていてくれ」


アサカはそういうと建物の端に付いている扉から内部へと入っていった。

だがしかし見れば見るほどどうやってこれを建築したのか気になって仕方ない。

最初は岩でもくり抜いて作ったのかと思ったが近づいてみれば違うということに気がつく。


「オイフェミア。この建物どうやって作ったと思う?」


ベネディクテがそう問いかけてくる。きっとアサカが戻ってくるまでの暇つぶしだろう。


「最近錬金術師達が生み出したっていう"コンクリート"に似ている感じはしますね。だけども現状ここまで大量に用意できる物質ではありません。アサカの装備からも解っていたことですけど、彼の世界の文明レベルは我々の文明の遥か先を行ってるのでしょうね」


「だろうな。正直あの琥珀色のメガネだってどう作っているのか想像もできん。奴いわくメガネでは無く"アイガード"だと言っていたが」


「アイガード?度は入っていないのかしら?」


「そうらしい。目を破片などから護るための防具だそうだ。素材もガラスでは無いらしいしな」


ベネディクテはそういって一呼吸を置いた。

そして直後にニヤニヤとした笑みを浮かべて私を向けてくる。

普段貴族共から"白淡姫ビャクタンヒメ"などという異名を付けられている存在とは思えない程に低俗な笑みだ。既にぶん殴りたい。


「それでオイフェミア。お前はアサカのことをどう思っているのだ?」


やはりそれか。正直想像は付いていた。この白髪冷淡女め、普段の冷静で冷淡、まさに王族といった姿は何処へいったのだ。いまのベネディクテは脳内真っピンクの阿呆な17歳処女である。

私は極めて平静を崩さない様に言葉を返した。


「どうって、なにがですか」


「わかっているだろうに。正直な所お前も自らが男に助けられるなどと思ってもいなかったのだろう?」


「まあ…そうですね…」


「そうであろう?私も同じだ。自分が男に助けられるなぞ想像もしていなかった。だが実際にその立場になって、なんだ、その。こう、込み上げてくるものがあったのだ」


このお姫様は何を言っているのだろうか。いや言っている意味はわかる。なんせその気持ちは理解できるから。だが今は早朝も早朝だ。


「言わんとしてることは理解できますよ。まるで御伽噺の様な話ですからね」


「本当にな。そこでだ。もちろんこれから次第ではあるが、私としてはアサカと今後も良き関係を築いていきたいと思っている。オイフェミアも一緒にどうだ?」


「……本音は?」


「感謝なり境遇なりそういうのを全部すっ飛ばしたとしても顔が好みだ。とりあえず一発ヤりたい」


「ベネディクテ。あなた普段は嫌味な程に頭がキレるのになんでこういう時はゴブリン以下の脳みそになるんですか」


駄目だこの姫。脳内がピンク色に侵食されきっている。まあ私もあまり人のことは言えないと思うのだが、流石にここまで酷くはない。

丁度その時弾薬庫の正面が大きく開き始めた。まるで城門のように巨大な扉である。それもスライド式。ここまで大きなスライド扉を見るのは生まれて始めてだ。

あの扉は金属製なのだろうか?板金技術でも天と地ほどの開きがあるようだ。


「おまたせしたね。どうぞ中へ」


アサカが扉の横から顔を覗かせる。私とベネディクテはその声に招かれて中へと入っていった。

内部は私にもベネディクテにとっても未知の物品がズラリと並んでいる。

アサカが持っている銃のような物から鉄の馬車みたいなものまで本当に多種多様だ。

正直何もかもが私の常識からかけ離れすぎて良くわからない。

アサカは奥から布製の椅子のような物と見たことのない材質のローテーブルを引っ張りだして私達の前に並べた。

そして腰掛けながら私達にも着席を促す。


「朝食をもてなしてくれたのに何も準備できなくてすまんね。時間があればコーヒーでも入れたかったんだけど、生憎カップを見つけられなくて」


「いや構わん。しかし凄いなこれは。私達の常識からは何もかもがかけ離れているぞ」


ベネディクテは腰に帯剣したサンクチュアリをテーブルに立て掛け椅子へと腰を下ろす。

私も弾薬庫内の物品から目をそらすとそれにならった。

簡素な見た目の椅子であったが存外座り心地がいい。


「さて何から話したもんか。とりあえずそっちから聞きたいことがあれば答えていくよ」


アサカは首から下げていた銃をテーブルへと置く。聞きたいことがあればと言われても聞きたいことだらけで正直どうしたものかというのが本音であった。


「ではまずはアサカが持っているその銃について聞きたい。それは何なのだ?」


ベネディクテはそう問いかけた。確かにまずはそこから聞くのが良さそうだ。


「銃って言うのは俺の世界で最も一般的な武器だね。簡単にいうと火薬という爆発する物質で鉛の塊を弾き飛ばす武器さ」


「鉛の塊、ですか?」


ああ。アサカはそう言うと銃の中央部をいじりパーツを外した。そしてその外されたパーツ内に格納されていた真鍮色の物体を取り出し私達へと差し出してくる。


「気をつけてくれよ。衝撃を与えたりしたら暴発する可能性もあるからね。その真鍮色の包みたいな物が銃が発射する弾丸だ。まあクロスボウのボルトや弓矢の矢みたいなものだと思ってくれ」


ベネディクテとその弾丸というものをまじまじと眺める。なるほど確かにこんな物が超高速で射出されれば人体など用意に破壊できるだろう。

だが全くもってどう製造したのか想像もできない。ここまで細かな金属精錬が可能な国家なぞこの世界には存在しないだろう。

鉱人ドワーフ達に現物を見せればなんとかするかもしれないが、大量生産は難しいだろう。


「これがそのまま飛んでいくのか?」


「いや、正確にはその先端だけ。後ろの筒部分は薬莢というんだ。薬莢の裏側に丸いポチみたいのがあるだろう?そこを銃の撃鉄が叩く事によって弾が発射される」


「どの程度の速度で翔んでいくのだ?昨日見た時は私の目でもギリギリしか捉えきれない程に早かったが」


ベネディクテの言葉にアサカはかなり驚いた様子である。私も若干驚く、と言うよりも引く。エンハンサー構造強化のキャッツアイを使用していたのだろうが、逸脱者ノルデリアでさえ被弾していた弾を視認するこの女の動体視力はどうかしていると思う。

アサカはテーブルに置いた銃を掴みながら返答した。


「俺が昨日使ったこの銃、M39EMRの銃口初速は毎秒850mくらいかな。個体差はあるけども」


「毎秒…ですか?」


「そう、毎秒。弓の初速が50m毎秒から80m毎秒だって聞いたことがあるから、ざっと10倍以上の速度かな?」


なるほど。そんな速度でこの鉛玉が翔んでくれば人は用意に死ぬだろう。そもそもそんな速度の飛翔体なぞ常人の目で捉えることができるはずもない。

要するに弾除けをしていたノルデリアと弾丸を視認していたベネディクテがおかしいだけ。

件のベネディクテはといえば弾薬庫にずらりと並べられた銃を見ながら言葉を発する。


「見る限りこの並んでいるのも銃なのだろう?もしかしてこれをアサカの世界では全員が持っているのか?」


「直接戦闘する軍人であればその通りだね」


光景を想像する。背筋がぞわりとした。こんなものが普及している世界の戦争はどれだけの地獄なのだ。


「なるほどな…。この銃を扱うには特別な技能が必要だったりするのか?」


ベネディクテの声のトーンが下がっている。恐らくは私と同じことを懸念しているに違いない。

それは銃の技術がこの世界へと広がることだ。そうなればどうなるか、火を見るより明らかである。


「先天的な射撃センスっていうのは勿論あるけど、クロスボウみたいに訓練で誰でも扱えるようになるよ」


それは最も望んでいない答えであった。ベネディクテも理解している様で顎に手を当て何かを思案している。

しばしの間の後、彼女は口を開いた。


「アサカ、その銃触っても良いか?」


「弾を抜くっていう条件ならば構わない」


「それでいい」


アサカは頷くと銃の横についたレバーを操作して何かを確認している。その後ベネディクテへとそれを渡そうとした。

―バチン。銃がベネディクテの手に触れようとした瞬間、青い魔力が迸る。

それはベネディクテの手を弾き遠ざけた。これは…封印魔術だ。それも相当に高度なもの。


「うお!?なんじゃこりゃ!?」


アサカのリアクションを見るにこの事態は想定外だったことが伺える。

ベネディクテも少し驚いているようであったが、私に確認を込めて目配せを送ってきた。

私は首を横へ振り口を開く。


「私は何もしてませんよベネディクテ。アサカ、今一度確認なのですがあなたの世界に魔術は存在しないのですよね?」


「ああ。少なくとも俺の知る限りじゃ存在していないよ。今みたいな現象も初めてみた。あれは魔術かい?」


「ええ。恐らくは封印魔術です。どうやら特定の人物にしか扱えない封印、もとい呪いのようなものかと。そんなものを扱える人物に心当たりは?」


「オイフェミアとベネディクテくらいかな、っていうのは冗談で全く心当たりはないね」


ふむと口元に手を当て思考する。

この封印を施したのがアサカではないとすると何者だろうか?

そう言えば異世界より現れる魔神の装備の幾つかに同じ様な封印がかかっていた事を思い出した。

だとすればこの封印は世界同士の過干渉を抑える為のセーフティのようなものなのだろうか。

仔細は調査せねばわからないが、何にせよ良かったと安堵している自分がいることに気がつく。

手を弾かれたベネディクテも同様のようで心なし表情が柔らかくなっていた。

これでこの技術がこの世界に拡散されることは防げるかもしれない。知識欲が満たされない事は残念だが、その結果流れることになるだろう何万ガロンもの血を考えれば安堵せざるを得ない。


だがしかしだ。つまりこの銃という超強力な武器が扱えるものはこの世界ではアサカしかいないということでは無いのか?

そうすると彼の戦略的な価値が途端に跳ね上がる事になる。逸脱者ですら殺せる可能性のある武器を使える唯一の人間なのだ。当然である。

ベネディクテはどうするつもりなのだろうか。私は所詮彼女の相談役だ。決定権は全てベネディクテにある。


「とりあえず銃についてはわかった。封印についてもまあ今は良いだろう。次はアサカ、お前自身のことについて教えてくれ」


「俺自身?」


「そうだ。先程からこう話してはいるが、私達はお前という個人の事を殆ど知らん。できればお前という存在を教えてほしいのだ」


アサカは後頭部をかきつつ何から話そうと思案しているようだった。

それを急かすことはせず、彼からの言葉を待つ。


「じゃあ改めまして、俺は朝霞日夏。日本という国の軍隊に所属していた兵士だったんだけど、色々あって2年前に退役した。その後はPMSC民間軍事企業…国を跨いだ傭兵団みたいなものに所属して世界各地を転戦していたんだけど、とある任務中に吹き飛ばされて死んだと思ったら弾薬庫と共にここにいた。その後は知っての通りって感じかな」


「なるほど。失礼ながら傭兵というのは詭弁だと思ってました」


「厳密には傭兵じゃなくて武力を商品とする会社の社員なんだけどね。多分オイフェミアとベネディクテに伝えるなら傭兵っていうのが一番しっくりくるかなと思って」


苦笑いしながらアサカはそう応えた。その表情には自嘲を孕んでいる。あまり深入りしないほうが良さそうだ。


「話してくれて感謝するアサカ。そしてその話を理解した上で聞いてほしいことがあるんだが良いか?」


ベネディクテがそう言葉をかけた。どうやらアサカをどの様に扱うかを決めたようだ。


「構わない、なんだい?」


「今後のお前の処遇についてだ。正直な話私はお前を配下に付けたいと思っている。それは勿論戦力を考慮した打算的な計算も絡んだ上だが、それ以上にアサカに興味があるというのが本音だ。だが異世界人かつ男を直接の配下につけるとなれば法衣貴族連中からの大反発が起きるだろう。一応これでも王族なのでな。故にお前には傭兵という体をとってほしいのだ」


アサカは少し驚いた様な顔を浮かべていた。私としては想像の範疇である。そしてあわよくばアサカを愛人、というか抱きたいというベネディクテの下心も見え見えである。

だが良い落とし所では無いだろうか。どうせ関わった時点で見ぬふりをするという選択肢は存在しないのだ。であれば国としても最大限の利益を上げつつ私人としての欲を満たすこの案は悪くない。

問題は女王陛下と王家臣下の貴族共だが、そこは次期女王のベネディクテの強権でゴリ押すことはできるだろう。勿論ベネディクテがそうすると言うならば私も反対はしない。

アルムクヴィスト公爵家も賛成するとなれば反発する貴族なぞ容易に抑えつけることが可能だ。叔母である女王陛下に関してもアサカの有用性を説明すれば納得してくれるに違いない。


「それは正直願ってもいない話だ。どうせ俺にあるのは培ってきた武力だけだし、その提案には乗りたいと思う。まあ銃が無ければ只の人間だけどな。だがそちらに迷惑がかかるのではないのか?」


「お前を迎え入れるメリットに比べれば些細なことよ。それに謙遜するな。いくら銃が優れた武器とはいえ、あの精密狙撃は誰でもできることでは無いだろう。封印がある限り銃の技術を研究することも難しいだろうしな」


彼の顔に多少の安堵が浮かぶ。明確な後ろ盾が得られたのだ。張り詰めていた緊張がほぐれたのだろう。


「では改めてよろしく頼む。ベネディクテ、オイフェミア」


「こちらこそ、アサカ」


「ええ、よろしくおねがいしますね」


彼とは未だ出会ったばかり。お互いのことを知っていくのはこれからであるが、何にせよ良き出会いとなりそうで安堵した。

とはいえこれから面倒くさいことも山積みであろう。法衣貴族共をどうやって黙らせるか思案しつつ、とある夏の日の早朝は過ぎていくのだった。

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