第6話 報告

 猛は聞き込みの成果の報告をするために洋介の事務所があるビルの階段を上っていた。


「あら、タケちゃんじゃない。先生のとこかい?」

 上階から階段を降りてきていた小柄で背筋のピンと伸びた老女が猛に声をかけた。

 このビルのオーナーで四階の住人の奥村トキだ。

「おう、トキ婆さん。そうなんだよ、洋介に相変わらずこき使われてるよ」

「何言ってんだよ、先生はあんたの為を思って仕事頼んでるんじゃないか。文句言わないでちゃんと感謝しなさいよ」

「はい、はい。じゃまたな、トキ婆さん」

 猛はそのまま階段を上り、洋介の事務所へと向かった。


「収穫あったか?」

 クライアントとの電話を終えた洋介が、ソファでくつろいでいる猛に尋ねてきた。

「ああ、結構有利な証言が出てきたぞ」

 首だけで洋介の方に振り向き猛が答える。

「それは助かるな。菊地君にまったく非がないとは言わないが、傷害罪で起訴されることは避けたいからな」と洋介が返した。

 猛は花屋の証言を詳しく報告した。


「その証言で傷害罪は免れることができる可能性が出てきたな。過剰防衛の線も崩せるかも。こちらだって怪我してるんだし」

 実際、洋介のクライアントである菊地尊きくちたけるは看板の破片で背中に怪我を負い、十四針も縫っている。医師の診断書も提出してある。だが、被害者の怪我の程度が大きいのと、親戚に有力者がいるらしく、大手弁護士事務所のバカ高い弁護士をつけてきた。

 洋介は腕のいい弁護士だが、弁護士二人きりの小さな事務所だ。大手のように人とお金をふんだんに使う余裕などない。ときには雑用も自分でこなさなければならないほどだ。調査が得意な猛は洋介の事務所の大きな助けとなっている。


 洋介の事務所は『美咲・真木法律事務所』という看板を掲げている。名前から分かるように、洋介のパートナーは美咲という名前だ。そして、洋介より偉いのだ。

 彼女の名前は美咲涼子みさきりょうこ。洋介とは司法修習生の同期だった。涼子も洋介も最初は別々の大手事務所に就職して弁護士をしていたが、機械的に案件を扱いがちな大手のやり方に疑問を抱いた涼子が、洋介を半ば無理やり引き抜いて事務所を立ち上げた。

 誰もが振り返るような美人な涼子だが、性格は男まさりで少々がさつだ。見目の良さに惹かれて多くの男が涼子に言い寄って来るが、そのがさつで男まさりな性格に落胆して去って行く男も多かった。涼子の元旦那もその一人だ。彼は結婚に安らぎを求め、涼子は同士を求めた。結婚当初はうまくいっていたのだが、蜜月が終わる頃にはお互いが求めていることの違いに気付き始め、何とか双方にとって折り合いのつく着地点を見つけようと努力したのだが、互いの可能性を潰し合う妥協点しか見つからなく別々の道を進むべく離婚した。今では友人として上手く付き合っているようだ。


 その涼子は今日この時間、彼女の戦場である法廷で戦っている頃だ。

 

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