第23話 怒りファイバー
ピンポーンと音がして、玄関の扉を開けるとスーツ姿の男が作り笑顔を見せてポツネンと立ち尽くしていた。『あ、こんにちは、「フレッツ怒り」サービスを提供させていただいてるのですが、こちらで怒りファイバーのご利用はいかがでしょうか?』怒りファイバー?なんだそれは?初めて聞く言葉に私は戸惑いつつ尋ねた。『よくぞ聞いてくれました。怒りファイバーとは、透過率の高い石英ガラスや高性能プラスチックなどで構成される怒りの伝送路のこと。平たく言えば、ガラスやプラスチックなどでできた「怒りを通す繊維」です。怒りエネルギーが怒り回線の伝送路として使用されているのには理由があります。世の中理不尽なこと多いですよね。頭にくることもめちゃくちゃあると思います。こうした怒りのエネルギーを電力代わりに活かそうと考え、火力や原子力に代わり、新たな資源として使われることになった。このことが怒りファイバー最大の特徴です。』そもそも怒りエネルギーって何なんです?と私は男に尋ねた。『では少し失礼して…』といきなり男は私に強烈な平手打ちを食らわせた。『な、何を』私は怒りのあまり言葉も出てこず、顔を真っ赤にし、身体を震わせた。男はポケットから小型の測定器のようなものを出し、私に見せつけてきた。『失礼致しました。今、お怒りでしょう?御尤もです。初対面の男にいきなり理由もなく殴られたのですから…』男は平手打ちを食らわした後に猛烈に反省の態度をみせたが、私の怒りはおさまらなかった。ピーッという音がした後に、計測器を私に見せてきた。『今の怒りで5angerですね。1angerでだいたい5分ほどTVが見れたり、エアコンをつけたりすることが可能であります』angerが多ければ多いほど、電気やガスのエネルギーとして活用できるのです。どうでしょう?フレッツ怒りをお試しする気持ちはございませんか?』私は速攻で怒りファイバーの契約をし、怒りを集める為に外に出て、怒りを探し求めた。タバコのポイ捨て、行列の横入り、道路にツバを吐き捨てる若者。世の中は怒りで満ちている。たちまち計測器は80angerを記録した。『よし、よし、よーし!』まだまだ怒りのネタを探さねば、スーパーで買い物しながらネタ探しをしよう。レジに並んでいるといつの間にか私の前にガラの悪そうなおっちゃんが割り込んでいて、「注文してた○○やけど」って言って順番を抜かそうとしてきた。ちょっとムカッときて「なんで抜かすん?」と私はそのおっちゃんに言っやった。いつもなら無視して腹の中で治めるが、怒りangerを貯める為に、おっちゃんを睨みつけた。そしたら「注文しとったんや!なんか文句あんのか!!」って反対にブチ切れてきやがった。いいぞいいぞ〜!その言葉にカチンときて、「こっちも注文してるんや!順番れ!!」と言ってやった。店を嫌な雰囲気にしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、順番を抜かされるというのがすごく嫌だし、何よりも怒りエネルギーが欲しかったし、欲を言えば、店員さんから「こちらの方が先に並んでいましたので・・・」という一言が欲しかったね。ついでに店員にも怒っておこう!「店員さん、あんたもこんなふざけたおっちゃん注意せなあかんで!まったく!」いいぞいいぞいいぞ〜怒り数値がどんどんあがっていく。うまくいけば今月の電気代やガス代は、怒りエネルギーで賄えそうだ。帰り道、歩道を自転車で走る若者がいたので注意した。「あかんやん!ここ歩道やで。横の車道を走りなさい!」なんだこの野郎と若者に胸ぐらをつかまれて殴られた。一気に怒りエネルギーが増してゆく。よしよしよーしこの調子でどんどん怒りエネルギーを蓄えていこう。鼻血が出たし、鼻が折れたかも知れないけど、怒りエネルギーのためだ!辛抱、辛抱、まだまだ貯めてやるぞ〜。TVをつけたら政治家の裏金問題がニュースで流されていた。「何をしとるんや、我々の税金で無駄遣いばかりしよってからに!腹立つわ〜」またもグ~ンと怒りエネルギーが増えてゆく。ウクライナやパレスチナ問題もニュースでながれて、苛立ちを募らせてゆく。いや〜ニュース番組もいいなあ、腹立つことてんこ盛り。私はもう笑いが止まらない状態であった。しかしせっかく貯めた怒りangerも、何故か使ってもないのに減ることがあった。私は担当してくれた営業の人を呼びつけて尋ねた。「なるほど、手持ちの怒りエネルギーが、使ってもいないのに、いつの間にやら減っていると…」営業の男に言われて、私は、首がとれる勢いで激しく頷いた。「ええと、それはですね。貴方様が起こした不始末で、相手の方を怒らせてしまい、貯めていた怒りエネルギーの一部を向こうに譲渡してしまったものだと思われます」営業の男は、レシートのようなものを私に見せつけてきた。「例えば、この一昨日の出来事ですが、貴方様がタバコのポイ捨てを行った際に、見かけたお客様が、怒り、そのエネルギーがそのまま吸い取られ、20angerほど減らされてますね」営業の男は淡々と語った。「平たく申し上げますと、AがBを殴るとします。もしも二人共、怒りファイバーのお客様であれば、Bが怒れば、Aの怒りangerはBに譲渡されることになるのです。Bが激しく怒ると、そのエネルギーはかなり高く吸い取られてしまいます」いつの間にやら、私は、自分が行っていた悪事で知らぬ人たちを怒らせて、エネルギーを吸い取られていたのだ。これでは本末転倒ではないか。私はできる限り、悪事をしないように慎重に行動しつつ怒りのネタを探すことにした。いつの間にやら、怒りネタは世の中から減少し、怒りエネルギーは石油や石炭同様に枯渇性資源となった。戦争やテロもなくなり、怒りエネルギーはますます手に入らなくなってきた。ピンポーンと音がして玄関を開けてみると、やたらニコニコしたスーツ姿の男がポツネンと立っていた。「あ、こんにちは、フレッツさとりサービスを提供させて頂いている者ですが」と男は言った。
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