第16話 小人族
昭和二十年、二月十九日、日本軍と交戦中の米軍は硫黄島に上陸した。米軍司令部は「損傷、故障、燃料不足に陥ったB-29の緊急着陸先の確保」・「爆撃機を護衛する戦闘機の基地確保」・「日本軍の攻撃基地の奪取」・「日本軍の早期警報システムの破壊」などを目的として、硫黄島の占領作戦を決定したのである。いわゆる硫黄島を本土空襲の為の中継基地とするために、総力をあげて、この小さな島の攻略に望みをかけてきた。なんとその数は約七万人。島を取り囲む軍艦のおびただしい数に、我々は唖然とした。もはや逃場は何処にもないのだ。我々日本軍も総力をあげて、水際作戦を回避し、地下に陣地を作り、ゲリラ戦を挑むことに決めた。その数は栗林忠道中将率いる陸海軍約二万二千人。ここまで取り囲まれるともはや援軍や補給物資は期待できそうもない。我々は今ある食料品と水を大事に使い、あり得ないほどに大量の空爆を仕掛けてくる米兵の上陸を待ち望んだ。彼らの上陸と共に、戦場は修羅場と化した。島のあちらこちらに、米軍とも日本軍とも判断しかねる程に焼かれて傷んだ遺体が転がっていた。神がかりと言われた程に抵抗し続けた我軍も、筆頭である栗林忠道中将の殉死を聞きつけ、私は覚悟を決めて、僅かに残った水の入った水筒を抱き、地下の洞窟へと潜り込んだ。私は爆雷を握りしめ、戦車に体当たりするつもりであった。突如として、私の頭上に爆撃機からのミサイルの衝撃が襲い掛かり、あまりの振動に私は気を失ってしまった。目覚めると、砂に塗れた私の周りに親指にも満たない小人たちが集まっていた。角のような触覚が生えていて、身体はピンク色、短い尻尾もあり、産まれたばかりのネズミのような風体。その数は、百をくだらない程に多勢であった。此処はもしや、天国なのだろうかと思わず錯覚してしまった。彼らの側には模型のような宇宙船があり、彼らは全員喉が渇いていたようで、私の水筒を興味深そうに覗き見た。私は水筒の蓋を開けて、彼らに僅かな水を与えた。彼らは美味しそうにゴクゴクと水を飲んだ。百以上の人数でも、小人だけに私の水筒の量で十二分に満たされつつあった。それほど硫黄島自体が渇水していたのだ。「○☓△■」彼らは言語のようなものを放ったが、私には何一つ理解できなかった。私は彼らに「何?」と問いかけた。彼らは「ナニ?」と返してきた。これには驚かされた。彼らはすぐに私の言葉を理解したように反復した。そして小一時間もしないうちに彼らは私の国の言語をほとんど理解した。恐るべき知能である。親指サイズの身体なのに、一体どんな頭脳をしているのか興味深かった。「オンジン」彼らは私をそう言った。「オンジン」「タスケテクレタ恩人」自決を決意していた私が彼らに与えた極小の水で彼らの喉を潤したことで、いつの間にか彼らの中で私は救世主のような存在になっていたようだ。彼らはしゃぼん玉を彷彿させるような大きな泡の塊を作り出し、それが私の身体全体を包みこんだ。その瞬間、私の疲労困憊だった身体は一気に超回復をした。信じられないような気分であった。しかし敵に取り囲まれ、絶体絶命であることに変わりはない。私は爆雷を抱きしめて洞窟から外へ出た。何故か彼らは私のあとをついてきた。「おい、危ないぞ!洞窟の中に隠れていなさい」私は彼らに洞穴を指さして戻るよう指示した。しかし彼らは戻ることなく、私のあとにぞろぞろついてきた。彼らを巻き込みたくない私は、米軍の戦車を見つけると、猛然と駆け足で戦車に体当たりを仕掛けた。ドーンと雷鳴のような音が響いた。そこには粉々に砕かれた米軍の戦車と、身体に傷一つない私がいた。「これはどういうことだ?」私を見つけた米兵が、私に向けてマシンガンを発砲したが、私の身体はそれを撥ね返した。痛みは全く感じなかった。銃刀を抜き取った米兵が私に襲い掛かってきたが、刀が私の身体に触れた瞬間、ポキリと折れてしまった。やはり痛みは全く感じなかった。私は彼らの不思議な能力により不死身になったのだ。念じれば空を飛び、戦車を軽々と片手で持ち上げて、島の海岸に停泊している戦艦に投げつけた。不死身だけでなく、信じられないほどのパワーと超能力を手に入れた。私は劣勢の日本軍を救うべく、島に停滞する米軍たちを壊滅させた。これに驚いた上層部たちは、私を大東亜戦争の切り札とし、小人族たちと共に、アメリカ本土に送り込まれ、ありとあらゆる手段で、彼らの国を壊滅状態に追い込んだ。その年の八月に彼らは降伏宣言をした。私は我が国の英雄となり、その勢いで、中国やソ連、ヨーロッパ諸国を併合し、地球全体が大日本帝國で統一された。しかしながら国家は救世主でスーパーマンとなった私を腫れ物のように扱い、悪を抹殺する私の存在が疎ましくなったのか反ゲリラ組織のようなものまで立ち上げ、あげくには機動隊や自衛隊、核ミサイルまで使用して私を排除しようとしたが、もとより私にとっては蚊が刺したほどにも感じなく、身体はピンピンしていた。私に逆らう奴らや悪者は皆殺しにし、壊滅させてきたのだが、私は段々と自分の存在意義がわからなくなり虚しくなってきた。私は彼ら小人族の宇宙船を名だたる科学者たちを集め、彼らの星に再び戻れるように修理を施した。そして私自身も、地球を捨てて彼らの星で暮らすことに決めた。棺桶のような窮屈なサイズではあるが、私と小人族との宇宙船は完成し、私は小人族の故郷へ向けて宇宙船は出向した。元来閉所恐怖症である私には宇宙船の狭さは本当にストレスであったが、この先の未来のことを考えると高揚感の方が遥かに勝っていた。そして地球を離れて3年後にようやく彼らの故郷の星へ辿り着いた。小人族の星は信じられないほどに小さく、半径50メートルほどの小さな星に彼らはひしめき合って暮らしていた。到着した瞬間に私は彼らから大歓迎を受けた。心からこの惑星に来てよかったと私は思った。私はこの惑星で骨を埋めたい、帰化して小人族と共に生きていきたいと思っていたが、破局は唐突に訪れた。私一人を養うがゆえに、小人族たちは一日千人以上が飢えに苦しんでいると聞いた。私は彼らの為に自決をすることに決めたが、私はもはや死ぬことを選択することも出来ない不自由な身体になっていた。私は再度、狭い宇宙船に乗り込み、彼らの星を離れることに決めた。行くあてなどどこにもない私は自身の正義から大勢の命を奪った罰として、この棺桶のような宇宙船で未来永劫、寿命が尽きるまで宇宙空間を彷徨い続けることを決めたのだった。
完
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