第13話『危機』

 左胸に今まで感じた事のない痛みが走った。


『激痛』と言うほどのものでは無いが、チクチクするような、ザラつくような痛み……だ。


 胸の左側、乳房上内区域の中央部……この位置に、こんな痛みを伴うような臓器は無い筈だ。


 疑われるとしたら大胸筋の筋肉痛か……


『冠動脈』!


「……あ、あの……墨台……さん」


 左胸を抑えながら、墨台さんに声をかけた。


「……」


 墨台さんは私の顔を見るなり無言で竜巻部長との電話を切り、近くにあったパイプ椅子を開いて 私を支えながら、ゆっくりと座らせてくれた。 


 この日は休診日で、ドクターや看護師さんはクリニックにらず、年中無休のPCR検査センターの私たち、そしてレセプトで出勤していた事務の方が何人か居ただけだった。


 墨台さんは、手際よく片手で脈を取った後、内線で事務の方を呼んで、付き添いを頼んで部屋を出て行った。


 ……急に呼ばれて付き添う事になってしまった事務の栗田さんも、どうして良いか判らず不安げな表情で肩や背中を撫でてくれたり、ティッシュで私の冷や汗を拭いてくれたりしている。


 ゴトゴトと音がして、墨台さんと事務員さんたちが、ストレッチャーと心電計、そして『救急カート』を持って戻って来た。


 ……救急カートとは、患者さんが院内で急変した時、すぐに処置出来るように必要最低限の薬剤や物品を詰め込んだ台車で、いわゆる緊急コール『コード・ブルー』の時に使用されるアイテムだ。


「遥さん、ストレッチャーに移るよ。 皆さん、手伝って下さい」


 この時には胸の痛みは落ち着いていたので、私は支えて貰いながら、ゆっくり自分でストレッチャーに移った。


「じゃあ、心電図エーカーゲー録るよ」


 ドキッ!


 エ…心電図エーカーゲー〜!?


 ……って事は……


 墨台さんの前で……おっぱい出すの〜〜!?


 そう! 別の意味で私の身に『危機』が迫っていた💦

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