なつやすみ

高菜めい

1日目

午前中、病院で抜糸をした。痛かった。今までの治療の中で1番痛かった。だけどもう首の治療は何事も無ければこれで最後らしい。あとはケロイドになることを願うだけ。


明日から2泊3日でいとこや叔母夫婦、祖母に会いに行くのでその準備をしながら自室の掃除なんかをしていたら、電話が鳴った。

ほんの一瞬学校からかなと期待するのはいつもの癖だが、夏休み初日でそれはありえないので期待はすぐにやめて、受話器を取った。


社会教師だった。


うそ。うれしい。社会教師は担任じゃないから、普通は電話するような用なんか無いし。電話するのは初めて。私にかけてくれたんだ。うれしいな。そういえば今日は出勤日だって、前もらった手紙に書いてあった。

でも何の用だろう。社会教師はいつもの抑揚の無い低い声で、私が貸した本に若干折り目が付いていてもしかしたら自分が昨日バイクで帰った時に付けちゃったのかなぁと思うからごめんと話した。

そんなことはどうでもいい。わたしは物をそんなに大切にし過ぎない方だから。ちょっと使い込んである方が、愛したなぁって感じがして好きだから。


それから、終業式の日に渡した手紙のお返事を書いたから夕方渡したいと言った。

雨が降ったら車で来て、降らなかったら歩いて来るらしい。返事、書いてくれたんだ。今回はいらないってわたし言ったのに。わたしに、会いに来てくれるんだ。うれしい。


じゃ、この電話のことは内緒で、と言われたので、小声で喋ることと内緒のことばっかですね、と返したら、まぁ、今、職場だし…と言われた。

社会教師は悪いひとだ。プライベートで、しかも担任してない生徒に、勤務時間中にこっそり電話したり、外で会ったり、妻子持ちのくせに、愛してるって、書いたり。世間的に、して良いわけがない。でもわたしも日記なんかにしちゃってるので、おあいこということに、こじつけておく。だって内緒って言われたのに、読者は全員知ってるんだから。ちょっと笑えるね。


夕方。雨は降っていなかったけど、すこし怪しい天気で、社会教師は車で会いに来た。

わたしが傍に行くと、社会教師は車の窓を開けていつものように、偶然ですねと言ったので、わたしは苦笑いを返した。偶然会ったということに毎回しなくちゃならないの。社会教師は悪いひとだから。


小さい封筒を渡されて、わたしが貸した本を出し、見ると例の折り目はたぶん元からあったもので、社会教師がつけたものじゃない。ほんと気にしてないんだけどね。ほんとに。


もうここまで読んだんだよ。昨日、読みながら散歩してたら担任してるクラスの男子2人に見つかっちゃった。

そう言って見せてきた本はまぁまぁな量読んであって、なんか、わたしへの愛を感じてしまった。わたしとて決して良い人ではない。


家に家族がいるかと確認された。普通にいるんだけど。いたらマズいんでしょ。いいよべつに。わたしの家族はそんなの気にしない。仮にわたしと社会教師がやましい関係だったとしてもたぶん構わないよ。そういう家系だもん。


社会教師と別れて、自室で封筒を開けたら、いつものように2つ折りの紙が1枚入っている。文章はいつものように外国語化されていて、翻訳にかけたらドイツ語で、わたしも好きです。と書いてあった。


早くまた会いたいなと思った。


夕食の時、父がわたしを見て、「あらめいちゃん、その腕、キズキズだね。」と言った。

毎日一緒に暮らしているはずの父がなぜ今更そんなことを言うのか分からなかった。肘より下にはアームカバーをしていたから、二の腕の古いケロイドを見て言ったのだろう。


夕食は味がしなかった。


風呂の浴槽の中で、元担任のことを考えた。わたしが消えたら、きっともう一度先生は、わたしを想って泣いてくれるはず。先生に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。

切りたくなって、ここ最近は切っていないしそろそろ切りたいと思い始めて、その思考が止まらなくなったけど、明日、いとこ達に会うだとか考えるうちに気が逸れてやめた。

ああ、困ることばっかだ自傷癖。だけど自傷癖を無くすくらいなら、誰とも会わず困ることを無くす方が楽だ。


風呂から上がって脱衣場で、父と母がわたしの愚痴を言っていた。母は、もう何言ったって無駄だよと言い放ち、苛立たしげに扉を閉めた。聞こえてるんだよなぁと思った。


わたしが死んだらみんな幸せだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る