第30話
自動拳銃用としては破格の、357マグナムに匹敵する運動エネルギーを持つ.38SuperCopmの弾頭は、
瞬時にポンプ機能を失った心臓は全身に必要な血流を維持する事が出来ず、貧血した白い顔に驚きとも自嘲とも取れる表情を貼り付けたまま、円はへたり、と野外ステージの冷たい舞台に尻餅をついた。
「婆ちゃん!」
すぐ脇にいた
この程度では、死なない。円は、思う。第一、銀特有の、焼けるような傷口の痛みも、再生を阻む嫌な感触もない。だから、それより。
「大丈夫よ、それより巴、あんた……」
血流の途絶えた肺と声帯を駆使して、円は苦労して声を出す。全てを理解し、恨み言をひとつ言おうとして巴を見る円に、巴は済まなそうに頷く。
「ごめん、婆ちゃん、あたし……」
「……ったく、若い娘ってのはどうしてこう……」
「大丈夫ですか?」
両手で持つストライクガンの銃口を円に向けたままの信仁が、そう聞きながら円に近寄ったのは、初弾命中から三十秒ほど経ってからだった。
「……大丈夫なわけないじゃない……」
体を起こそうとしつつ、円が皮肉る。あたしの、油断だ。円は、思う。完璧に騙された。巴と入れ替わったこともだけど、ルールを決めると言った時、この子は、あたしのスタート地点は決めたけど、自分のスタート地点は明言しなかった事を見落としていた。その時点で、あたしは乗せられていた。この子の計略を甘く見た、あたしの不覚だ。
円に手を貸しつつ信仁に振り返る馨と鰍の視線は、祖母が撃たれたことに対する純粋な射手への敵意と、遙かにそれを上回る、祖母が撃たれたこと自体に対する強烈な驚愕に満ちていた。
その視線を受け止めつつ、信仁も言う。
「そりゃそうですよね。すみません、撃たないと認めてはもらえないだろうって」
寸止めでは、狙いをつけただけでは、ダメなのだ。それでは、いざという時に躊躇せず首を刎ねられることを、引き金を引けることを証明したことにはならないから。万が一の時にもし
「……認めて、頂けますか?」
銃を下ろさないまま、信仁が聞いた。
「一つだけ教えて。なんでこの弾は銀じゃなかったの?」
顔色の戻った円が、座り直しながら聞いた。
「ああ、そりゃ、もったいなかったからっす」
あっけらかんと、銃を突きつけたままの信仁が答える。
「それにまあ、決着がつきゃいい話だと思ったんで。俺が撃てるって、証明出来りゃ良いんスよね?第一、これから親戚になる人を殺しちまったんじゃ、寝覚めが悪いじゃないすか」
いつもの口調だ。巴は、信仁の態度が変わっていることに気付いた。
「……あたしがゴネたら?」
円が、あえて食い下がる。にやりと、悪そうに口角を上げながら。
「二発目が銀じゃないとは、言ってませんぜ?」
円の心臓を狙ったままの信仁が、同じように悪そうな顔で返す。
「……まったく。いい度胸だわよ!」
ため息を一つついてから、左手を差し出しつつ円が言う。
その円の左手を、信仁は無言で握り、立ち上がるのを助ける。銃口は、空を向いている。
「こんな凶状持ちの一族に好き好んで係わろうなんてね……君、覚悟しときなさいよ……馨、鰍、あんた達の
「婆ちゃん!」
孫娘達の声がハモる。
「巴もグルでペテンにかけられちゃあ、勝ち目ないよ。負けよ負け、あたしの負け。好きにおし、っ痛!」
体当たり同然に巴に抱きつかれた円が、たたらを踏んで後じさる。まだ塞がらない銃創の痛みに顔をしかめつつ、円は巴の髪を撫でる。
どうしていいのか分からず、キョドって祖母と姉と、祖母を打ち負かしてしまったらしい男の顔をキョロキョロと見ていた馨と鰍に、銃を下ろした信仁が笑顔を作って、言った。
「そういう事なんで。よろしく」
「聞いてもいいかしら?」
穴が空き、血で汚れたスーツ一式をステージの影で着替えた
「その銃、どっから持って来たの?」
「コレっすか?」
屋外ステージの壁にめり込んだ.38SuperCopmの弾頭をほじくり出していた信仁は、まず声の方に振り向き、次に壁際に置いたPSG-1とストライクガンに目をやって、答える。
「俺のダチの叔父さんがアメリカでガンスミスっぽいことやってるってんで、その
「伝手ってあんた、どう見てもそれ、登録出来ないヤツよね?」
苦労して弾頭をほじくり出した信仁に、円は重ねて聞く。口径は銃刀法の規格内だが、それ以外の部分、ストライクガンの装弾数やら、PSG-1のピストルグリップやらは所持許可が降りない要因になる。
「証拠隠滅セット」と殴り書きされた、円の車のトランクから持って来たコンテナケースから速乾モルタルと記載のある小分けの袋を取り出しながら、信仁が答える。
「軍事産業にプレゼンする品物に混ぜて持ち込んで、横田基地から普通に持ち出したって聞いてます」
「……何者なのよ、あんたのダチって」
「横井製造ってとこの創業者の孫だか社長の息子だか。国防に新規参入狙ってんだそうで」
「……巴、あんたの学校、どんな生徒抱えてるのよ」
「あたしに聞かれても……ん?」
円のごもっともな質問に、勝負はともかく事後の証拠隠滅を指示され、モルタルに水を足してこね始めた信仁と、「それはそれとして、婆ちゃんをペテンにかけた罰」という理由でステージについた血痕を薬剤で拭き取らされていた巴が答えた。
答えて、あらかた血痕を拭き取って顔を上げた巴は、所在なげな妹達に気付く。
「……何よあんた達?」
「いや……ちょっと、ねえ馨お姉?」
「うん、その、あれよ、正直、戸惑ってるっていうか。いきなりこの人が
「うん、それ。それに、まさか勝つとは思ってなかったし。それに、あの、目の前でその、キスとかされると、ちょっと流石に」
「ちょ!」
「うん。目の前で肉親のラブシーンって、思ったより生々しくって、ちょと退くって言うか」
「な、……ちょ、信仁ぃ!」
瞬時に頬を真っ赤にした巴が、八つ当たりの矛先をモルタルを塗り終わった信仁に向ける。
「やー、すんません、咄嗟にあれしか誤魔化す方法思いつかなくて」
ああ、そういう事か。円は、事のいきさつに納得する。あたしを後ろ向かせておいて、信仁君と巴が入れ替わる。まんまと騙されたけど、考えたら馨と鰍はそれを見ているわけで、あの子達が何か変な気配、動揺を見せたら、後ろ向いててもあたしが気付く可能性があった。だから、目の前で口づけして、あの子達を先に違う件で動揺させておいた、そういう判断か。
「だからってあんた!あたし初めてで!びっくりして!」
「そーか。姉貴、初めてだったか」
「あ!」
思わず要らんこと口走ってしまったことを馨に指摘され、巴は耳まで真っ赤になり、
「あー!もーやだー!」
両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
「うわあ、アタシのねーちゃん、かわいすぎ……」
鰍が、その巴を見て、呟く。
「いやあ、重ね重ねすんません
その巴の肩に手を置き、信仁がすまなそうに、でも半分くらい嬉しそうに、言った。
「俺も初めてだったんで前歯あたっちゃって。俺が上手にできなくて、すみません姉さぐぅ!」
「バカぁ!」
巴の、振り返りざまの文字通りの火の玉右ストレートが、信仁の顔面に炸裂した。
以降度々目撃される、ある意味恒例の
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