第5話
「こっちに越してきたのは大体六年前、私が二十歳になってからです。さすがにほら、成人してからじゃないと、色々不都合もあったんで」
その頃のことを思い出しながら、
「学生の間はフルタイムで働けないから、高校出るまではお山のお世話になってましたけど、卒業してからは働いて独り立ちするって決めてたんです。お山にいる間に、基礎からみっちりやり直しましたし、私、自慢じゃないけど、学校の成績はギリギリだったけど、
肩をややすくめるようにして、五月は苦笑する。
「自信あったんですけど、でも、それで食べていけるって程、この仕事も甘くはなかったんですよね。いろいろしがらみとかあったし。縄張りとかうるさくて。ただ、お山にも居づらかったのは確かなんで、色々バイトも掛け持ちして、少しずつお世話になった分のお金も返して。で、二十歳になったのを契機に東京に行ってみようって。東京に出たからって何が変わるってわけないんですけど、でも、田舎でくすぶってるよりはチャンスもあるかなって。甘かったですよね、未だにやってる事、大して変わってないんだから」
キッチンから出てきた
「色々突っ張ってたんですよ、きっと。あの頃の私、すっごく意固地だったんだって、もう、今思うと恥ずかしいくらい。肩肘張ってたんです。子供だったんですよね。誰の世話にもなりたくないって。そんなの、無理に決まってるのに」
顔を上げて、五月は笑う、周りの皆に向けて。
「占いにしろ拝み屋にしろ、横の繋がりがないと、そもそも仕事にならないんじゃないんですか?そう言う話、良く聞きますけど」
どちらも他人の恥部に触れるような仕事だからこそ、新参者は疎まれる。仕事を回してもらえなかったり、嫌がらせを受ける事もある。「協会」関係者として、そのあたりは基礎知識になっている
「うん。だから、お山の周りとかだと正直色々うっとうしくって。こっち出てきてから、最低限の繋ぎは再構築したの。師匠が一つところに居着かなかったの、なんかわかるなあ、って。」
情けなげに苦笑して首を傾げつつ、五月が答える。
「結局、人付き合い、下手なのね。上手いことごまかして付き合うってのが出来なくって、何年かするとこう、どうにも意見の合わない人ってのが出来ちゃって。そういうのが煩わしくって、居着けなかったんだろうなって。自分で横の繋がりを維持しなきゃいけなくなって、私もつくづくそういうの向いてないって痛感したもの。だから、今でも同業者とは最低限のつきあいしかないの。勿論、
もう一度、五月は周りを見まわして、
「一緒に呑むようなつきあいって、ほとんどしてこなかったわ……一匹狼で通すのがカッコイイ、私はそれで良いんだって、そう思ってたから」
そう言って言葉を一度切って、五月はグラスの中の琥珀色の液体を口に含む。濃いめのウィスキーを味わって吐息をついた五月は、狼娘の姉妹が微妙な表情である事に気付いた。
あれ?なんか変なこと言ったかしら?五月は、声に出さずに問いかける眼差しで、狼娘達と、その彼氏及び保護者を見る。
「……俺が言って良いのかな?いや、一匹狼って、本来、群れを追い出された若い雄に使う言葉らしくって。この人達、そのたんびに使い方間違ってるって言うんですよ」
狼娘達の長女の彼氏である
「生物学的には、群れの血が濃くならないように、他の動物でも見られる行動なんすけどね。それでも普通は若い雄同士で集団を作るから、本当に一匹だけってのは野生では珍しいみたいですけど」
「だから、あたし達の仲間内じゃ、一匹狼って言い方は良い言葉じゃないの」
信仁の言葉を引き取って、長女の
「少なくとも、あたし達の里では、ね。他ん所もそうでしょ?」
言って、巴は視線を祖母の
「まあ、あたしの知る範囲は、ね。あたし達は、誤解されやすい種族なのよ」
言って、少し笑い、冷酒のグラスを干す。
ああ、そんな事言ってたな。
誤解されやすい、種族。
それって、きっと、辛いんだろうな。
アルコールの回り始めた、感傷的になりやすい頭で、酒井はそう、素直に思った。
「ま、何だね。何事も、一人じゃ良くないって事さね」
冷酒のグラスを傾けながら、隼子が合いの手を入れる。
「長いこと生きてりゃ、そんな経験の一度や二度はあるってもんさ。ま、あたしゃ生きてんだか死んでんだか、よく分からないんだけどね」
冗談交じりに混ぜっ返した隼子の言葉で、場の空気がほぐれる。
「それで?一人でどうにか出来たのかい?」
「えっと、はい、まあ、食べていける程度には」
隼子に促され、五月は話を戻す。
「どうにか占いの組み合いにも渡りを付けて、占いの場所も確保して。私、
「……大変なんやなぁ、働いて一人で暮らしてくって」
話しに聞き入っていた、親元で暮らす
「大変ですよ、定職がないと。ホント、サラリーマンが羨ましい。玉の輿じゃなくていいから、早く、収入の安定してる人見つけたい」
言って、ちらりと五月は視線を酒井に飛ばす。冗談めかしてはいるが、その裏に込められている意味が分からない朴念仁は、この場には居ない。
「よく聞いときなさいよ、スネかじりども。食い意地の張ってるの三人も抱えてるあたしが、ど~んだけ苦労してるか」
居並ぶ学生諸君を見まわしつつ、
「せやなぁ、おばちゃんとこも大変そうやなぁ」
どういうわけかこの中で唯一、円を「おばちゃん」呼ばわりしている銀子が、にやにやしながら即座に同意する。
「た~いへんよお。オマケにこの娘達、みんなバラバラに住んでるんだもん、まとまってくれりゃまだ楽なのに」
「え~、だってアタシ学校の寮だしぃ」
「あたし、ずっと家に居るもん」
末妹で看護学校の寮暮らしの
「え?」
黙ってこの場をやり過ごそうとしていた巴だったが、妹達に見つめられ、逆に逃げ場を失ったことに気付く。
「巴はん、滝波はんと同棲してはりますさかいなあ」
「まあ……同棲、ですの?」
「いやそうですけども。八重垣おまえ、今それ言う?」
実に少女らしい驚きと共に
「よろしやおへんか、いまさらでっしゃろ?」
にまっと笑って、環が返す。さっきいけず言うてくれはった、お返しどすえ。環の紅い瞳が、言外にそう告げている。
「同棲……すすんでるなあ」
ぼそっと、酒井がつぶやく。
「すすんでるって、酒井さん」
「その感想もどうかと、はい」
柾木と蒲田が、ほぼ同時に突っ込んだ。
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