二章

五十五話 衣替え

「……ふむ」


 球技大会が終わると、示し合わせたように制服が冬服から夏服へ移行する。

 俺はこの半年間お世話になった冬服をハンガーにかけ、クローゼットの取っ手にかけて、満足げに頷いた。


 これは今日バイトに行くときにでもクリーニングに出そう。


 そんなことを考えながら夏服に着替える。

 冬服と比べると薄く、通気性の良いズボンに、半袖のシャツ。

 ネクタイを締めなければならないのが不満だが、とても動きやすくて涼しい。


「――っし、行くか」


 気合を入れる声と共に鞄を手にして部屋を出る。

 奥から盛大ないびきが聞こえてきた。


「今日は休みか。……クリーニングは明日でいいな」


 今日は学校からバイト先へ直行しよう。

 そんなことを考えながら家を出た。


 夏の気配を感じる青々とした空を時折見上げながら自転車を走らせ、目的の公園に着く。

 夏服は体が軽い。

 服の隙間から風が吹き込んできて心地が良かった。


 七星さんが来るまでの間そそくさとおにぎりを取り出す。

 食べ終える頃に七星さんが現れた。


「おはようございます、赤坂さんっ」

「おはよう」


 現れた七星さんは、勿論夏服だった。

 涼し気な純白の制服。

 女子も男子も夏服は少し開放的になっていて、服の隙間から以前までは見えなかった肌色が覗く。

 スカートも少し薄手のもので、キラキラと光を透かしていた。


「今日から夏服ですねっ」


 早速、七星さんはその話題を切り出した。


「そうだな。なんだかんだもう夏だしなー」


 返事をしながら自転車をこぎ出す。

 今までは会話を切るタイミングが中々掴めなくてこの場で暫く会話をすることが多かったのだが、最近はなんとなく感覚がつかめるようになった。


「この後は夏休みまで期末考査ぐらいしかイベントもないしな」


 ゆっくりと自転車を走らせながら話の続きをする。

 七月は最も暇な月とされている。

 夏休み明けには文化祭や体育祭、一年生なら校外学習などとイベントが目白押しだが、七月は対照的に本当に何もないのだ。


 どうせ夏休み遊ぶんだから今月ぐらいは勉強しろよというメッセージを感じるのは、たぶん気のせいじゃない。


「……? どうかしたか?」


 信号待ちの間、ふと七星さんの方を見ると彼女は俺を見つめていた。

 俺が訊ねると、パッと顔を背けた。


「い、いえ……その、夏服が新鮮で」

「あー、そういうのって女子でも思うんだ」


 こういう男女の衣替えに感慨を抱くのは男だけだと思ってた。


「お、思いますよっ。普段は見えていないところが見えているんですから!」

「例えば?」

「……腕、とか。って、何言わせるんですか!」


 顔を真っ赤にして睨んでくる。

 何も恐ろしくないどころかむしろ微笑ましい。


「腕なんて見て楽しいのか……?」


 自分の腕を見てみるが、腕だ。当たり前だが。

 別に全く何も思わないが、女子はこういうところに新鮮さを感じるのか。


「その、赤坂さん、意外と筋肉質だったので驚いて……」

「まあバイトしてるからな。重たいものを持ち上げることも多いし」


 冗談混じりにふんっと力こぶを作ると、七星さんがそっと手を伸ばしてきた。


「ほ、本当ですっ。凄く硬いですね!」

「……っ、ちょっと、くすぐったいんだが」

「ご、ごめんなさいっ」


 七星さんの白く細い指が俺の力こぶをそっと這う。

 くすぐったさとは別に妙な気分になる。

 あと近い。


 俺の指摘に七星さんはパッと距離をとる。

 今し方の自分の行動の大胆さにようやく気付いたのか。

 耳まで真っ赤にして俯いていた。


 信号はまだ赤だ。


 ふと、七星さんの白い腕が目に留まった。


 ……なるほど。男も女も見るところは別に変わんないな。


 七星さんの白く柔らかそうな腕から俺は慌てて目を背けて、早く変われと信号機を睨んだ。

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