四十二話 七星両親の圧

 ……なんだこの空気感。


 応接室のようなしっかりとした造りの部屋へ移動した俺は、室内に満ちた空気から逃げたくなっていた。


 重厚な木製のローテーブルの向こう、この屋敷でたぶん一番使われているであろう黒革のソファに座ったのは先ほど屋敷の前で出会った二人。


 一人は顎に僅かに蓄えた髭がよく似合っている壮年の男性。

 そしてその隣には、七星さんと同じ白髪を緩やかに纏め、外国人然としたその見た目とは裏腹に纏う着物がよく似合っている女性。

 七星さんのご両親だ。


 俺の隣に座る七星さんは先ほどから静かにしている。

 笹峰さんがローテーブルにお茶を置き終えると、扉の傍へと下がっていた。

 俺も一緒に下がりたい。というかどうして俺がここに。

 言われるがままに着いてきたことを少し後悔し始めていた。


 ……それにしても、七星さんのお母さん綺麗だな。

 お父さんの方が四、五十歳に見えるが、お母さんの方は二十代と言われても驚かない。

 あと、着物というのもなんかいい。


「……っ」


 そんな風に見ていたからか、お母さんの方と目があった。

 俺が慌てて背けようとするとにこりと微笑んできたので曖昧に笑い返しておく。


 ニコニコとしているお母さんと対照的に、お父さんの方は表情が険しい。

 眉間に皺が寄っていて、少し怖い。


 そんな奇妙な空気の中、七星さんがようやく口を開く。


「それで、本日はどのようなご用件ですか?」


 親子とは思えない他人行儀な物言いを咎めることなく、七星さんのお母さんはニコニコとしたままそれに答える。


「久しく会ってなかったもの。愛しい娘に会いたくなっちゃっただけよ」

「……本当に?」


 お母さんの少しわざとらしい物言いに七星さんが疑惑の目を向けている。

 すると、お母さんは懐からハンカチを取り出して目元を拭った。


「ううっ、アリスちゃんが冷たい……」

「…………それで、本当は何の用なんですか?」

「ううっ……」

「お母様! このタイミングで現れて、はいそうですかって納得できるわけないでしょう?」


 タイミング……?

 一体何のことだろう。


「……母さん。アリスをからかうのもそれぐらいにしておきなさい」

「はーい」


 鶴の一声。

 お父さんの言葉にお母さんは少し不満そうに口を閉じた。

 一々仕草が七星さんに似てるな。


 この親にしてこの子あり、ということか。


「まあ詳しい話は後でするとして。……君が赤坂悠斗くんだね」

「は、はい」


 突然お父さんの視線が俺に向く。

 ていうかなんで名前知ってるんだろ。

 七星さんが教えた?


「はじめまして。私はアリスの父、七星道夫です。娘が世話になっているそうだね」

「あー、お父さんだけずるい! はじめまして。アリスの母のアンジェリカよ。よろしくねっ」

「よ、よろしくお願いします。赤坂悠斗です」


 礼儀として一応名乗っておく。

 アンジェリカさんは嬉しそうに、道夫さんは少しむすっとする。

 というか、圧が物凄い。

 お父さん、もとい道夫さん、滅茶苦茶俺を睨んでくるし。

 アンジェリカさんの表情は柔らかいけど、それはそれでなんだか凄味がある。


「お父さん、あんまり睨まない」

「っ、す、すまない」

「い、いえ……」


 アンジェリカさんに言われて渋々と言った様子で頭を下げてくる道夫さん。

 二人に謝罪の圧に口ごもる俺。


 ……なんだこれ。


「もう! お父様もお母様も赤坂さんを虐めないでください!」

「七星さん……」


 救いの女神を見るかのような目で七星さんを見つめる。

 ていうか、やっぱり俺虐められてたんだ。

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