二十六話 パシャリ

 室内展示を一通り周り終える頃には十四時前になっていた。

 残すところこの水族館の目玉の一つでもあるイルカショーだけとなったが、午後の部は十五時からのスタートということで少し時間がある。


 当然この空き時間はすでに考慮済みである。


 イルカショーまでの間、俺は七星さんを連れて館内のレストランを訪れていた。

 この辺りで食事をとろうと思えばこのレストランか国道沿いに並び立つ店に入るしかない。

 お昼時は相当賑わっているという情報だったが、お昼時から少しずれていることもあってか空席が目立った。


 食事の時間は予約店ではない限り少しずらすべき、というのは大河から貰った雑誌に書いてあった。

 ありがとう、大河。


 心の中で親友に感謝していると、七星さんが一歩前で壁に貼られているメニュー表を見上げていた。


「赤坂さん、見てくださいっ! イルカです、イルカ!」

「あー、ほんとだ」

「可愛いですね」


 七星さんが指差したほうを見れば、オススメとしてカレーライスが推されていた。

『イルカカレー』という商品名で、ライスの部分がイルカの形をしている。


 他にも色々なメニューに目を通そうとしている七星さんだが、明らかにイルカカレーに心を奪われているのがわかる。

 普段高級レストランで昼食をとっている七星さんが気に入りそうなものはあるか不安だったが、杞憂だったようだ。


 七星さんはイルカカレーを、俺はハンバーガーを頼み、受け取り口で食事を受け取って席を探す。

 丁度テラス席が空いていた。


 テラスに出ると、思い出したかのように潮の香りが鼻孔をくすぐる。

 遠くには海も見えてとても景色がいい。


「いただきますっ」

「いただきます」


 両手を合わせて食べ始める。

 一口かぶりついた瞬間、パンの小麦の香りとジューシーな肉汁、野菜のフレッシュな甘みなどが口いっぱいに広がる。

 正直舐めていた。

 滅茶苦茶旨い。


「……赤坂さん、どうしましょう」

「ん?」


 俺が口の中の旨味を噛みしめていると、対面に座る七星さんが深刻な面持ちで声をかけてきた。

 見ると、彼女はスプーンを手にしたまま一口も食べていなかった。


「苦手なものでも入ってた?」

「その、イルカさんを崩すのが勿体なくて食べれません」

「……………………スマホで写真を撮ればいいんじゃない?」

「……! そ、そうしますっ」


 あ、それで解決するんだ。


 七星さんはスプーンを置くと、いそいそとスマホを取り出した。

 パシャリとカレーライスをとってから、チラリとスマホ越しに俺のことを見てきた。


 その視線を不思議に思っていると、「赤坂さん赤坂さん」と僅かに上擦った声をかけてきた。


「はい、チーズ!」

「え、ちょっ」


 その声と共に、パシャリとカメラ音。

 困惑しているうちに写真を撮られてしまった。


「えっと、七星さん……?」

「えへへ、勿体なかったので撮っちゃいました」

「勿体ない……?」


 七星さんはそう言いながら自分の口元をつんつんと触った。

 まさかと思って俺も自分の口元を触ると、ハンバーガーのソースがついていた。


「教えてくれたらいいのに」


 紙ナプキンを手に取って急いで拭き取る。

 俺が少しむっとしながら言うが、七星さんはまったく気にした様子もなくにへらと笑った。


 七星さんはそれから少しの間スマホの画面を見つめて頬を緩めていた。

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