十話 女の子の部屋なんて初めてだ・・・あれ・・・?
「ふ~む」
週末の休み。
学校のある日よりも随分遅めに起きた俺は、少しゆっくりした後部屋の鏡の前で唸っていた。
今日は七星さんの家に遊びに行くことになっている。
一人暮らしとはいえ、七星さんは七星財閥のお嬢様だ。
あまりみすぼらしい格好で行くわけにはいかない。
とはいえ、俺も服をたくさん持っているわけではない。
少ない組み合わせから一番まともに見えるものを適当に見繕う。
「やっぱ、白シャツが無難か」
黒のスラックスに白シャツ。
お洒落な人からしたらなんの面白みもない組み合わせだろうけど、安いものでもそれなりの格好に見える。
あとは……まだ涼しい時間もあるし、適当なシャツを着ていくか。
ようやく服装を決め、そのまま勉強机の上にあるワックスを手に取り髪を整える。
気付けば待ち合わせ時間ギリギリになっていた。
「……行ってきます」
静かな家にぼそりと挨拶を零して俺は家を出た。
この間から俺と七星さんが朝の待ち合わせ場所に使っている公園に着く。
ここで七星さんに迎えに来てもらう話になっている。
……そう言えば、女の子の部屋に行くのなんてこれが初めてな気がする。
契約時に七星さんに対して恋愛感情はないと誓ったが、これはこれでまた別の問題だ。
異性の部屋に行くのは相手が誰であっても緊張する。
「……あんまり露骨にしてると七星さんに不審に思われるかな」
信頼関係にひびが入ることだけは避けたい。
ここは余裕のある態度というものを徹底しなければ。
そうこうしているうちに待ち合わせ時間になった。
そろそろかなと周囲を見渡すと、国道を走るリムジンに目が行く。
「……いや、まさかな」
俺の否定に反して、リムジンは公園の前で停車する。
中から俺も知っている顔――斎藤さんが現れた。
「お迎えにあがりました、赤坂様」
「あー……」
そういえば、七星さんは「お迎えに上がります」と言っていた。
以前、初めて昼食に誘われた時のことを思い出す。
金持ちが迎えに行くと言ったら、それはリムジンで迎えに来るということなのだと、俺はこの世界の常識として受け入れることにした。
「あの、俺間違えて自転車で来たんですけど」
「問題ありません。家の者に回収するように命じておきます」
「家の者って」
「どうぞ、こちらへ」
俺の質問を躱しながら、斎藤さんは俺をリムジンへと案内しようとする。
仕方がなくそれに従うことにした。
さようなら、また後でな、俺の愛車――。
リムジンの広い車内で一人というのはどうにも落ち着かない。
昼食のレストランに向かう時は七星さんも一緒なので彼女に意識を向けて落ち着いていたが、こうして改めて車内を見ると別世界のような空間に感じられる。
L字型に置かれたフカフカのソファに、窓際にはローテーブル。その上には様々な酒に対応したグラスが綺麗に並べられている。
床にも絨毯が敷かれていて、土足で踏むことが少し躊躇われた。
話し相手がいないから静かな時間が流れる。
運転席にはカーテンがかけられていて、こちら側とは別空間となっている。
揺れも少なく、まるで家にいるかのように錯覚してしまうが、窓の外を見ればきちんと景色が後ろに流れて行っている。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、景色がずっと生垣のままなことに気付く。
一度右折したが、それでも窓の外には生垣が続いていた。
「ここって何かあったけ」
学校とバイト先のファミレス、それとスーパーや駅以外に地元を出歩くことは少ない。
この辺りはあまり来ない場所だから何があるのかいまいち知らない。
ただ、その敷地の広さからして公園のようにも思えるが、それだったらもう少し開放的になっているはずだ。
「案外、ここが七星さんの家だったりして」
微苦笑しながらぼそりと零す。
漫画とかアニメでは、こういうところに金持ちの屋敷がありそうなものだ。
とはいえ、七星さんは一人暮らしと言っていたし、それはないだろう。
俺がそんなことを考えていると、リムジンが緩やかに減速を始めた。
右手に丁度門が現れた。
門は自動で開き、リムジンが中へと入っていく。
……え。
国道と同じぐらい横に広い道の両脇には木々が植えられ、その奥には噴水なんかも見える。
そして、リムジンが進む先――そこには立派な洋館があった。
……んん?
雲行きが怪しくなってきた。
リムジンは洋館の前で停まり、運転席を開けて斎藤さんが降りる。
そして、俺の近くの扉が開かれ、斎藤さんが恭しく頭を下げてきた。
「到着いたしました」
「到着って、えっ」
流れに身を任せてリムジンを降りる。
眼下から見上げるとより一層広く見える洋館の玄関は、リムジンを降りた場所から階段で数段あがった場所にある。
そして、その玄関の両脇にはメイドさんが控えていた。
あれれ?
斎藤さんに案内されるがままに階段を上がる。
丁度玄関の前へ着くと、中から七星さんが現れた。
「赤坂さん、ようこそお越しくださいました!」
パッと笑顔を浮かべて現れた七星さん。
そんな彼女に俺は見惚れてしまった。
肩がシースルーの紺色のドレスに身を包み、長い白髪は毛先で結んで一纏めに、右肩の前に垂らされている。
紺のドレスと純白の髪が上手く調和している。
「赤坂さん?」
「っ、ああ、えっと、招待してくれてありがとう」
彼女に声をかけられて俺は弾かれたように口を開く。
こういう場で適切な言葉なのかはわからないけどひとまず挨拶を返す。
「疲れたですよね、どうぞ中へ」
……リムジンだったからまったく疲れてはないんだが。
七星さんについていき屋敷の中へ入る。
広く長い廊下の脇には高そうな壺や絵画が展示されている。
物凄い場違い感がある。
……というか家でドレスって。
自分の服装と比較したとき、あまりにも差がありすぎる。
制服で来ればよかったかもしれない。
「……というか、そうだ。七星さん、一人暮らしなんじゃなかったの?」
今更ながらに俺はその疑問を投げかける。
すると、彼女はなんでもないように答えてきた。
「一人暮らしですよ? この屋敷にはわたし以外は使用人の方たちしか住んでいませんから」
「へ、へー」
それ、一人暮らしって言うんだ。
「高校生になったタイミングで、自立するために一人暮らしを始めたんです」
「そ、そうなんだー」
自立……自立……?
俺は頭上ではてなマークを増殖させた。
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