日曜日

第339話 あくまで予定

「卵液をそっと、少しずつゆっくりでいいよ。薄い膜ができる感じで」


 日曜日。

 ミオンの家で玉子焼きの調理実習?

 そんな難しいこともないと思うんだけど、ミオンはお嬢様だし、料理とかしたことないんだろうなあ……


「こぅ?」


「そうそう、うまいうまい」


 慎重に慎重に卵液を入れるミオン。

 ボウルを持つ手がふるふるしてるので……手を支えてあげる。


「ぁぅ……」


「っと、ごめんごめん」


 何も言わずに急に支えたら力加減変わるよな。

 まあ、多少形がいびつでも、味は変わらないし。

 それよりも、


「椿さんも少しは料理の練習した方が良くないですか?」


「なかなか上達しないものを練習するのは、今の時間でなくても良いかと思いますので」


 そう言ってビデオカメラを構えている……


「ショウ君」


「ん、おっけ。フライ返しで剥がして、こう手前にぱたんと」


「こぅ?」


「そうそう」


 手前に巻いていくだけの簡単な……最初は難しかった気がするな。こういうのは慣れだと思うけど。


 ………

 ……

 …


「今日も美味しかったわ。ごちそうさま」


「お粗末さまです」


 肉と玉子の炒り付けと玉子焼き、あとせっかくなので、茶巾むすびを作ってみた。具は肉たまでちょっと余った豚肉をしぐれ煮にしたもの。

 ミオンや椿さんが驚いてたけど、海苔の代わりに薄焼き玉子で巻いただけだしなあ。


「お茶をどうぞ」


「どもっす」


 食後のお茶は椿さんが淹れてくれたほうじ茶。

 お茶を淹れるのは上手なのに、なんで料理はダメなんだろう……


「椿。澪のお仕事の話は進みそうなのよね?」


「はい。こちら側の条件は全て承諾していただきました。こちらが提示した金額が新人の額だったことに驚いていましたが」


 自分の娘だからって、特別扱いはしないってことかな?

 でも、普通の新人アイドルの金額ってどれくらいなんだろ……


「最初のお仕事の内容は?」


「次のアップデートのプロモーションムービーだそうです。お嬢様に登場いただいて、セリフを朗読していただくことになります」


 へー、内容ってもう来てるんだなとミオンの方を見ると、ふるふると首を振っている。

 あ、知らなかったんだ。


「すいません。まだ詳細な内容が来ていませんし、先方からも『予定であって確定ではない』とのことで……」


「この業界ではよくあることよ。二人ともそういうものだと思っておいてね」


「はい」


 答える俺と頷くミオン。

 多分、現時点では「こういうのにしようかー」ってぐらいなんだろう。ただ、気になるのは、


「収録時期っていつ頃なんでしょう。テスト前とかぶるのはちょっと……」


「ご安心を。テスト明けでお願いしてありますので」


 それを聞いてほっと一安心。

 バイトして成績悪くなったりしたら、絶対にヤタ先生が……うん。


 ………

 ……

 …


「ワフッ!」


「っと、おはよう、ルピ」


 ベッドを降りたところで飛び込んできたルピを受け止めつつ、ミオンへの限定配信をオンに。


『ショウ君、ルピちゃん、こんにちは』


「ようこそ、ミオン」


「ワフ〜」


 ご飯の後、椿さんからチャンネルの収支について説明を受けた後にIROへ。

 デザート作りはまた今度にして、夜までに一度ログインして確認しておきたいことが。


「よかった。返事来てる」


 机の上の魔導転送箱。水晶が点滅してて着信を表している。

 ルピをおすわり台に下ろして箱を開けると、中には手紙が一枚入っているだけ。

 中身は……


『今日の夜9時からでいいんでしょうか?』


「うん、それでいいってさ。アズールさんの手紙、オッケーってことと名前しか書いてないよ……」


 普段のアージェンタさんの手紙が律儀すぎるんだけど、それとの落差が酷い。

 まあ、フレンドリーなのはいいことだと思っておこう。


『港の方へ行く準備ですか?』


「そうなんだけど……ルピ、ちょっとスウィー呼んできてくれる?」


「ワフン」


 そうお願いして玄関扉を開けると、勢いよく飛び出していくルピ。

 そして、慌てて追いかけていくレダとロイ。


『スウィーちゃんに何かお願いするんですか?』


「うん。例の洞窟の崩れた場所を直すのにいろいろと持ち込みたいんだけど、持っていくと重いでしょ。だから、先に道具だけ置いてこれないかなって」


『あっ!』


 木材とかは向こうでも調達できるだろうけど、斧やらなんやらとか、金具の類は先に向こうに置いておきたい。

 工具とかをセルキーたちが使うって話なら、渡しちゃって新しいのを作ればいいし。


「〜〜〜♪」


「クルル〜♪」


「スウィーにラズ、おはよ」


 そういえばラズはテイムしたけど、神樹の自分の寝床に帰ったんだな。

 いや、特に何か頼むこととかもなさそうだし、全然いいんだけど。


「スウィー、ちょっとお願いがあるんだけど」


 というわけで、二人にドライグレイプルを渡しながら、神樹を使って荷物をトゥルーのところに置きに行きたいことを説明。

 もしゃもしゃとドライグレイプルを食べながら、うんうんと頷いてくれるスウィー。


「〜〜〜♪」


「さんきゅ。じゃ、ちょっと準備……の前にご飯にしようか」


「ワフン!」


 昨日収穫した小麦、コハクで何か作りたいところだけど、パーンに預けちゃってるし、戻ってきてから……


「あ、パーンのところに行って石臼を渡しておいた方がいいかな」


『そうですね。パーン君たちに、他にも何か欲しい道具がないか聞いてみてもいいかもです』


「だね」


 ………

 ……

 …


「ふう」


 盆地の森の神樹を通り、セルキーの里に大工道具を置き、ウリシュクの集落で石臼を渡してきた。

 ちょうどそろそろ帰らないとって時間になったのでログアウト。


『おかえりなさい』


「うん、ただいま。っと」


 持たされていた枕を落としそうになって、慌てて抱え直す。

 落ち着くからって渡されてるんだけど……確かにちょっと落ち着くかも。家でも試してみるかな……

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