第11話 貴族が揉めた時の最上の方法だと思う
さて、オルドレイク侯爵が五千の兵を出してきたことで、いよいよ状況は混迷の一途を辿ることになった。
――と言っても、状況が一方的に悪くなっているのは、オルドレイク侯爵だ。
現状は、王都を守る形で布陣する四大騎士団が約八千。しかし、彼らの本拠地である王都は目と鼻の先なので、やろうと思えばいくらでも補充は利く。
次に、四大騎士団と対峙する形になっている、傭兵団『黒鉄の虎』が五千。
一見挟み撃ちにされて絶体絶命の格好だが、実際は四大騎士団の一角、赤虎騎士団と強い繋がりがあり、また、今回の後ろ盾にマルスニウスという王族が付いているので、むしろ王都騎士団は味方ともいえる。
だが、オルドレイク侯爵軍は、数こそ黒鉄の虎と同じ五千ではあるものの、頼れる味方は遠く離れた領地にしか無く、他の貴族を頼ろうにも、まさか今の王家と面と向かって敵対しようというバカがいるはずもない。
実質、オルドレイク侯爵軍を支えているのは、これからのサーヴェンデルト王国にとってオルドレイク侯爵家が欠かすことの出来ない派閥の領袖であるという一点のみであり、それも今後の成り行き次第ではあっという間に崩れ去る危険だってある。ただし、そうなった時には、王家もまた取り返しのつかない痛手を被ることは確実なんだが。
「明日の朝まで待つ!!」という、オルドレイク侯爵その人らしき声の宣言で、とりあえず今夜は何も起きないだろうと考えた俺は、深夜、陣地を見回る黒鉄の虎の夜警を躱しながら、ある天幕に近づいていた。
……いや、別に団長のジェインに一言断れば基本どこでもフリーパスなんだが、非常時の今、夜警の皆さんの仕事を増やすのもどうかと思った結果の隠密行動だ。
「もっと質が悪い」と、俺の良心が訴えている気もしたが、そもそも俺の中で人族の良心はとっくに滅んでいるので、聞こえなかったことにして、松明の明かりの陰と陰の合間を縫うように進む。
そうして目的の天幕に来たところで、最低限のプライバシーを守るために天幕の裾を開けて隙間を作り「クルスだ、入ってもいいか?」と声をかけた後、「ど、どうぞ」という中からの許しを得て入り、敷物の上に座るハイリアの姿を認めた。
「悪いな。事態が動く前に二人きりで話そうと思ったら、この方法しかなかったんでね。お邪魔します」
「いえ、わたしも、クルスさんと一度お話したいと思ってましたから」
そう言って、座るように勧めてくれたハイリアに対して、近すぎず、かつ外に声が漏れない距離を保って座る。
「まずは……そうだな、悪かったな、気づかなくて。まさか、あの時助けた子供が、こうやって綺麗になっただけじゃなくて、オッサンの婚約者になってるなんて思いもしなかった」
「謝ることなんてないですよ、クルスさん。むしろ、お礼を言わないといけないのは、わたしの方です。旦那様との縁を取り持ってくれたのは、他ならないクルスさんなんですから。そうでなくても、あの絶望の世界から救い出してくれた恩は、どれだけ感謝してもし足りないです」
「礼なら、あの時ちゃんと受け取ってるさ。その後のことは、ハイリア自身が掴み取った未来だ。俺に礼を言う必要なんて、これっぽっちもない」
あの時、ガキンチョだったハイリアを助け出した件について、詳しく語る予定は、今も、この先もない。ただ言えることは、人族と魔族の間で複雑に絡み合っている亜人、特にその間に生まれたハーフエルフが一部の人族にどういう扱いを受けるか、全く想像できない奴はこの世にいないだろう。
そして、別の種族に対する偏見が全くと言っていいほど無いオッサンが、義憤に駆られて庇護者になったのも、美しく成長したハイリアに同情心のかけらも持たずに、そういう関係になったことも、それなりに付き合いの長い俺には容易に想像できる。
「そんなハイリアに恩を着せるつもりはないが、一つ答えてほしいことがある。もちろん、答えを拒否するのも、黙秘を貫くのも、ハイリアの自由だ。俺も二度と聞くつもりはない」
「承ります」
非常識にもほどがある俺の用件がそれ相応のものと思ったんだろう、ハイリアはやや緊張を漂わせて頷いた。
「この一件、下手をすれば、サーヴェンデルト王国全体を巻き込むほどの騒動に発展する恐れがある。もちろん俺も事態収束に向けて動いてはみるけど、上手く行く保証はどこにもない。だからこそ聞いておきたい。ハイリア、君はいざという時にオッサンの意志に反してまで、身を退くつもりはあるか?」
まるで脅しのような、性悪で胸糞悪い聞き方なのは、自覚している。
だが、その美しさを最も引き立てるような、清々しい顔をしたハイリアの答えは、俺が一番望んだものだった。
「旦那様と添い遂げると決めた時から、わたしの考えは変わりません。たとえ王命があったとしても、わたしは旦那様から片時も離れるつもりはありません。地獄までお供します」
「ハイリアの覚悟はよくわかった。任せてくれ。オッサンのためにも、地獄じゃなくてこの世で添い遂げさせてやる」
「なんだクルス、帰ってきたと思ったら、まだ野暮用が終わってないのか?」
「野暮用は済んだ。ただ、もう一つ野暮用があるだけだ」
「珍しいな、お前自ら面倒事に奔走するなんざ」
「これも夜明けまでだ。明日は、お前に働いてもらうつもりだからな」
「おいお前それはどういう……いや、今はいい」
「なんだよ、聞いておかないのか?」
「どうせ、明日聞いてもやることは変わらねえんだろ?だったら、今夜はぐっすり眠って、明日嫌な思いをした方が、寝不足にならずに済むからな」
「なるほど、そういう考え方もあるか。じゃあ明日、命がけの騎士ごっこのためにゆっくり休んでくれたまえ」
「だからそういうことを言うんじゃねえよ!!」
そんなわけで、準備しがてらの相棒との気の置けない会話で気持ちをリセットした後、再び自分の天幕を抜け出す。
ただし、今度の危険度はハイリアの時の比じゃない。
見つかればごめんで済むはずがなく、良くて袋叩き、悪くすればその場でなぶり殺しだ。
正直、冒険者になって以来、慎重すぎると言われる性格から自然と身についた隠密術がなければ、こんな真似をしようという気すら起きなかった自信がある。
だが、俺に確固たる目的があって、それを成せるだけの能力があるのだから、やるしかない。
何より、どういう形であったとしても、両者にチャンスは与えられるべきだ。
あーあ、働きたくない、働きたくない。
翌早朝、黒鉄の虎の陣地に戻ってきたオッサンに、徹夜明けで一睡もしていないこの体に鞭打ちながら、一つの案を提示した。
「その方法で、本当に侯爵の真意が測れるのか?」
「そうなるように仕込んだつもりだ。後は相手さん次第、そして、オッサン次第だな」
「……俺とて、侯爵を逆賊にしたくはない。確かに、損得勘定で動いているとは思えない侯爵を翻意させるには、有効な手だろう。だが、その損な役回りに誰を当てるつもりだ?言っておくが、王族に復帰したばかりの俺に、そっち方面でうってつけの人材はいないぞ?」
「何を言ってんんだよ、いるじゃないか。オッサンのごく身近に、『タイマンなら誰にも負ける気がしねえ!』って豪語してた奴が」
「お、お前まさか……もう少し労わってやれ。最近、あいつの扱いがひどいことは、俺の耳にすら入ってきているぞ?」
「まあ、そういうことはこの件を切り抜けた後に考えるとするよ」
「……はあ、とにかく、すべて任せた。俺もまた、お前の駒として動くことにしよう」
「任された」
そして、完全に夜が明けた頃、オルドレイク侯爵家の陣地から数頭の騎馬が進み出たと報告があり、俺達が前方に来たのを見計らったかのように、昨日と同じ声が両軍の間に響いた。
「約束の期限だ!マルスニウス様の心はお決まりか!?」
向こうの先頭に立つ、オルドレイク侯爵らしき人物から返答を迫られると、黒鉄の虎の陣地から数歩進み出たオッサンが拡声の魔道具を口元に近づけ、言った。
「オルドレイク侯爵の申し出は真に有難いと思っている!だが、侯爵が譲れぬものがあるように、私にも決して譲れぬものがある!」
「では――!!」
「だが!ここで侯爵と私が争えば、王国の威信を傷つけるだけでなく、衰退した二大派閥や他国に利するのみで、陛下の御心に背くことになる!それだけは避けないという思いは、侯爵とて同じはず!」
「ならばどうせよと言われるか!!」
今日一番の声量、それでいて叫ぶようなオルドレイク侯爵の声が平原中に響き渡り、侯爵も決してこの状況を望んだわけじゃないと改めて確信した。
「王族や貴族同士の争いごとを鎮めるなら、古式に則るのが最上!互いの騎士一名同士の決闘で、どちらの望みを通すか、決めようではないか!」
「っ……!!」
シンプルと言えばあまりにもシンプル。
だが、いざとなれば権力で――あるいは武力で一方的に黙らせることができるオッサンから、まさかフェアな方法を提示されるとは思っていなかったようで、オルドレイク侯爵軍からは兵たちの動揺から来るざわめきが、対峙する黒鉄の虎の陣地にいる俺にまで聞こえてきた。
そして、自軍の動揺が収まるのを待つようにしばらくの間沈黙していた侯爵らしき人物が、やがて意を決したように拡声の魔道具越しに言った。
「その申し出、受けよう」
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