第9話 五年前のガキンチョだった


「事の始まりは、俺の王族への復帰だ」


「あ、言うのが遅れたけど、王族への復帰おめでとう、グランドマスター」


「茶化すな、クルス。俺にそんな気がなかったのは、お前が一番よく知ってるだろうが」


 嫌そうな顔をするオッサン。


 別に茶化したつもりはない。半分は。

 人族との関わりをほぼ断った俺だが、それでも不遇をかこっていたオッサンが王宮から認められて、能力と器に相応しい地位に戻るってのは、それなりに嬉しいもんだ。


「俺としては特に働いたつもりはないし、冒険者ギルドでの待遇さえ保証してもらえればそれでよかったんだがな。陛下直々に王族への復帰と、政務への参加を命じられては嫌だとも言えん。グランドマスターの仕事との兼務を許されたのが、せめてもの救いだな。堅苦しい王宮での仕事など、市井での生き抜き無しにはやってられん」


「なんだよ、全部丸く収まってんじゃねえか。国王陛下の直々の命令だったんだろ?他の貴族の入り込む余地なんざ、どこにもねえじゃねえか」


「お前の言う通りだ、ランディ。だが役職の面ではそれで良くても、王族に復帰となれば、もう一つ、速やかに解決しておくことがある。結婚だ」


「あ、あー」


 めでたく王族に復帰したオッサンは、そこそこいい歳なんだが、未だに独身だ。

 これは何もオッサンが異性から嫌われる性格だからとかそう言うことじゃなく、オッサン自身が元王族という微妙な身分を気にして、あえて結婚しないことにしたのだそうだ。

 仮に結婚して子供ができたとして、その子孫が王族の血筋を無理やり主張したり、将来、貴族達が王族の血筋を利用して反逆を企てたり、オッサンの血筋を根絶やしにしようとするかもしれない。

 と、昔酒に付き合った時に、本人が愚痴交じりにこぼしていたことがある。


「これまでは独身を貫いてもどこからも文句は出なかったが、王族となれば話が変わってくる。ましてや、俺は先だっての政変で多大な功績を上げ、陛下の最側近に抜擢されたと、貴族社会で認識されている。この先社交界にも出る必要がある以上、妻帯せずにいることは周りが気にするし、何より陛下にご迷惑をかけることになる。だが、俺にはすでに二世を誓った相手がいた」


「それがハイリアか」


「……クルス、俺のことは呼び捨てにしても構わんが、ハイリアにはせめて、さんをつけろ」


「了解、了解。でも、さすがにそれは無理筋じゃないか?どう見たって、ハイリアさんは貴族じゃないだろ。王族に復帰したオッサンとは、結婚どころか言葉も交わしちゃいけないほどの身分差がある」


 元王族のオッサンとハーフエルフのハイリアが、どんなラブロマンスを演じて深い仲になったのかは知らない。

 まあ、オッサンほどの器と甲斐性があれば、親子ほどの年の差があっても見合い話の十や二十、簡単に集まるような世の中だ。ビジュアル面も、同性の俺から見ても平均以上であることは確実だしな。

 だが、サーヴェンデルト王国では、年の差は良くても、身分の差は絶対だ。それは、王族に復帰したオッサンが一番よくわかってるはずだ。


「別に抜け道が無いわけじゃない。もともと固辞し続けたこともあって、俺の王宮での役職は、王族特別顧問という陛下の個人的な相談役のようなものでな、公の場に出ることはまず無いから、大貴族と縁を結ばなくても特に仕事面での支障はない」


「聞いただけだと、なんだか胡散臭い役職ね。例の前侍従長と大差ないんじゃない?」


 ミーシャ、鋭いツッコミだな。俺も同感だ。

かつて、王国の黒幕と呼ばれ、良くも悪くも事態をややこしくしていた元凶の一人と同類にされて、オッサンが息を飲んだ。


「うっ、……精々、疑惑の目で見られないように立ちまわるさ。ハイリアのことも、もちろん対策済みだ。昔、とある中級貴族にちょっとデカい貸しを作ったことがあってな、ハイリアをその貴族の養女とした上で、しかるべき期間を取った後で俺の元に嫁がせるように、すでに段取りをつけてある」


 さすがオッサン、冒険者ギルドのグランドマスターの地位は伊達じゃなかったらしく、俺が心配するまでもなかった。


「そうなると、形だけでも婚儀の場を整える必要がある。俺はハイリアや側近達と相談した上で、ごく近しい親族や貴族だけに招待状を送り、内々だけの式を上げるつもりだった。そこに、これまで付き合いの全くなかったオルドレイク侯爵家から待ったがかかった」


 そう、これで話が終わるはずもない。

 話が終わるなら、そもそも俺達の出番は無かったはずだ。


「ハイリアの養子縁組の話が決まる寸前、突然オルドレイク侯爵本人が面会を求めてきてな、俺と侯爵の末娘との間に許嫁の約束があると、異議を唱えてきた」


 重苦しい表情で話すオッサンにつられてか、隣のハイリアも表情が暗い。

 オッサンも驚いただろうが、元々身分違いな上に別の相手、しかも上級貴族との許嫁がいると聞かされ、板挟みになったハイリアの心情は、察するに余りある。


「これを聞いとかないと話が進まないから聞くけどな、オッサン、本当に心当たりはないんだな?」


「あったらこれほど苦労はせんし、そもそもハイリアとの関係を進める前にきっちりと片をつける」


「だよなあ」


 オッサンだって朴念仁じゃない。ハイリアの手前言葉にはしないが、オッサンと深い関係になった女性は、俺が知るだけで三人はいたはずだ。

 だが、元王族という立場を理解しているオッサンは、後腐れない相手としか付き合ってこなかったようだし、実際、今はその全てときっぱりと関係を終わらせている。

 その内の一つの後始末に追われたこともある俺が言うんだから間違いない。


 ……思い出して来たら、なんか腹が立ってきた。

 どう見ても、S級冒険者の使い方じゃないだろ、これ。


「これが並の貴族相手なら、固辞することもできるし、必要なら権力づくで黙らせることも厭わない」


 いや、それはダメだろ。

 せっかく国王を頂点とした正常な政治ができるようになったんだから、初っ端から権力の乱用はやめてほしいと、元国民として思う。


「だが、今回は相手が悪すぎる。よりにもよって、なぜオルドレイク侯爵家なのだ……!?」


 テーブルに拳を叩きつけ、怒りを隠そうともしないオッサン。

 それを心配するハイリアの横顔は、絵画から抜け出してきたんじゃないかと思うほど美しく、助けてやりたい気持ちにもさせられるが……


「おいクルス」


 そう言ってきたランディに袖を引かれ、ふと我に返った。


「これ、俺らの出る幕じゃ無くねえか?どう見ても王族と貴族の争いで、冒険者のやり方なんて通用しねえぞ」


「わたしも同感。ハイリアをグランドマスターに引き渡した時点で依頼は完了だし、護衛なら騎士の十人や二十人、王族に復帰した今なら簡単に付けられるでしょ」


「……僕は、これ以上首を突っ込んで、フランチェスカ様の怒りを買うことの方が恐ろしいです。今の僕達は永眠の森の住人で、本来サーヴェンデルト王国の問題に関わっていい立場ではないですから」


 三人それぞれに筋の通る理由だが、特にマーティンの意見は捨てがたい。というか見過ごせない。

 これ以上この件に関わるのは、俺達にとっても、オッサンにとっても、そしてサーヴェンデルト王国にとっても、良くない結果を招きかねない。


 オッサンが遠く離れた距離にいる俺達『銀閃』にハイリアを預ける気になった理由など、謎はいくつか残っているが、それは冒険者としての「聞くべき事情」の範疇に入っていない。


 そう考えた俺は、オッサンにお暇の挨拶をするために(オッサンがごねるならボクト様の名前を出して脅すために)声をかけようとした。


「そう言えばクルス、久々の再会はどうだった?あのころとは見違えたろう?」


「再会?見違えた?何のことだ?」


 オッサンは人の上に立てる器の持ち主だし、交渉上手のやり手のグランドマスターとしての評判も高いが、別に戦闘に長けているわけじゃない。

 だから、永眠の森に帰ろうとした俺の機先を制したつもりはないだろうし、ただ単に場を和ませるための話題だったんだろうことは、この時の雰囲気でわかる。


「ハイリアのことに決まっているだろう。五年前、奴隷商人によって売られそうになったところを、たまたま単独の依頼で関わったお前が、救出した者達の中で唯一身寄りのないハイリアを俺に預けたんだろうが」


「は?え?……へ!?」


「今回、旦那様に一旦王都から離れた方がいいと言われて、それなら私を助けてくれたクルス様の元へ、と思いまして、御迷惑も考えずに永眠の森にお邪魔したのですが……もしかして、気づいていらっしゃらなかったのですか?」


「は、はあああああああああ……!?」


 さも当然の様にぶっちゃけてくれたオッサン。

そして、俺が気付いていなかったことで逆に申し訳なさそうに打ち明けるハイリアに、五年前の薄汚いハーフエルフのガキンチョの面影を今になってようやっと見た俺は、ここ数年で最も情けない声を上げることになった。

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