第5話 籠城は打って出るための前段階
敵の黒幕が出てきて一触即発か、と思われるかもしれない。
だが、貴族社会って代物は、そんなに簡単な風には構成されていない。良くも悪くもな。
大抵は貴族の権利を守るために作用するその仕組みが、今回は俺達とハイリアを助けることになった。
オルドレイク侯爵の家臣とやらの訪問を受けた冒険者ギルドの対応は、端的に言うとこうだった。
「かしこまりました。それでは、ギルドマスターの予定を確認した上で、面会の日時をお知らせいたしますので、宿泊先をお教えください」
まあ杓子定規な返答もあったものだが、当然ファマウスと名乗った男は引き下がらなかった。
実に回りくどい言い回しで、しかし全てに「侯爵に逆らうのか」という意味を込めて、対応したギルドの幹部に迫った。
それに対するギルド幹部の対応も、貴族特有の言い回しを駆使したものになったが、さんざんもったいぶった挙句にギルドマスターであるナッシェルの出自――王宮派の貴族の名前を出したところで、ようやくファマウスは引き上げた。
いくら侯爵の名を出そうとも、さすがに家臣程度では貴族の子息相手に権力づくで押し切ることはできなかったようだ。
「とはいえ、あのファマウスという人物が貴族の礼儀に則って面会を申し出ている以上、居留守を使うのも限界があります。そして、実際に会えば、その場でクルスさんとハイリアさんを引き渡さねばならなくなるでしょう」
そんな感じでファマウスがいったん引き下がった後、ギルドの一室でそう教えてくれたナッシェルに、俺も頷いた。
「ですよね。それで、最長で何日くらいまでなら引き伸ばせそうですか?」
「私の実家と、オルドレイク侯爵家の力関係を考えると……二日が限界ですね」
「やっぱりそんなところですか」
俺も、伊達にS級冒険者の肩書を持っていたわけじゃない。主だった王国貴族の名と勢力図くらいは
とはいえ、先日の「政変」でその勢力図がガラリと塗り替わっているので、俺の知識はやや古い情報になりつつあるのだが、それを加味してもオルドレイクの名が今の王国でどういう意味を持つのかは、大体想像がつく。
「わかりました。明後日までに、ハイリアを連れてここを出ます。俺達のことは、そっちで言い訳が立つなら、どんな風に言ってもらってもいいです」
「それは私としても助かりますが、いいのですか?あのファマウスという人物、抜け目のない性格と見ました。おそらく今頃は、クルスさん達が逃げる隙を与えないように二重三重の包囲網を敷いているはずです」
「そこはまあ、多分大丈夫です」
「ふふっ、失礼しました。まかり間違っても、あなた方にかける言葉ではありませんでした」
「そこまで言われると買いかぶり過ぎと返したくなりますよ。ただ、街の建物を壊しちゃうかもしれませんけど……」
「それはお任せください。発展途上の街ですので修繕用の資材は十分にありますし、費用の方はあの方に請求いたしますので」
「あはははははは!」
「では、私はこれで。クルスさん達が脱出した後の始末の準備に取り掛かる必要がありますので」
俺達を襲ってくるはずの冒険者たちを処分するためだろう、ナッシェルはそう言って席を立った。
俺も、執務室に残ってハイリアの護衛をしてくれているミーシャとマーティンの二人と二日後の詳細を詰めるために、部屋を後にした。
「おい、リーダー。頼まれた仕事を終わらせてやったぞ」
「おう、お帰りパシリ君。テリスにちゃんと報酬を渡したか?」
「てめえ……もちろん渡したぜ。でも、キラキラしたもんなら何でもいい鳥人族に、わざわざ金貨を報酬にする必要があんのか?ガラス玉でも満足するんだろ?」
「騙す気満々の相手ならそれでもいいが、相手は同じ永眠の森で暮らす仲間だぞ。仲間がしっくりこないならご近所さんでもいい。お前は、ご近所さんをたかが金貨二枚のために騙して、その後の生活をやりにくくしたいのか?」
「わかってるさ、そんくらい。俺も言ってみただけだ。それで、マーティンから聞いたが、明日、一戦やらかすんだってな。久々に腕が鳴るぜ……!!」
「何言ってんだ、パシリ君。パシリ君の仕事はパシリ以外にあるわけないだろう?なあパシリ君」
「……殺す!!」
ボカスカ ボカスカ
「はあ、はあ……というのは冗談で、お前には街の外に出てもらって――」
「――ゼエ、ゼエ、そう言うことは先に言いやがれ。あと、二度とパシリって言うな。なんか斥候としてのプライドが傷つくんだよ」
「直ちに前向きに検討して、最大限に善処する」
「それ、絶対にやらねえ奴のセリフじゃねえか」
そして、ナッシェルがファマウスと約束した面会日当日。
この二日でそれなりに打ち解けたハイリアと俺の姿は、冒険者ギルドの裏口の一つの前にあった。
「いいか、最後にもう一度だけ確認するぞ。今から、前回と同じように俺がハイリアの手を引いて外に出る。ハイリアにやってほしいのは二つだけだ。絶対に手を離さないこと。俺の方だけを見てついてくること。できるか?」
「はい。最初にクルスさんに言った通り、全てお任せします。私を守ってください」
「任せてくれ。必ず君を王都まで送り届ける」
緊張と不安に身を震わせながらも気丈に言うハイリアに、俺は深く頷く。
「じゃあ行くぞ。1、2、3!!」
合図と共に手を繋いだまま外へと飛び出す、俺とハイリア。
冒険者ギルドの中でも最も目立たない出入り口を選んだのだが、やはり俺達の動きを予測されていないわけがなかった。
「出てきたぞ!」 「こっちだ!」 「手の空いてる奴は集まれ!」
ファマウスに雇われたと思える冒険者達が、わらわらと俺達の前に集まってくる。
その掟破りの冒険者の数およそ二十人。おそらく、このエドラスの街だけじゃなく、近隣の冒険者にも片っ端から声をかけないと、とてもじゃないがギルドを襲おうなんて無謀な真似をするバカどもの計算が合わない。しかも、護衛対象のハイリアを含めたたった二人を捕らえるには過剰すぎる戦力だ。それだけに、ファマウスの本気度と、奴の主の力の大きさが推し量れるってもんだ。
「ク、クルスさん……」
絶体絶命のピンチと思ったか、俺の手を強く握ってくるハイリア。
だが、舐めてもらっちゃ困る。俺だって伊達にいくつもの修羅場を乗り越えてきちゃいない。
俺の動きを予測した冒険者のことを、俺が予測しないわけないがない、ってことだ。
「今だ、やれ!!」
「待ってました!行くわよマーティン!」
「は、はい!『聖術障壁』!!」
「からの~、『ショックボルトレイン』!!」
バリバリバリリ ドオオオォォォン!!
俺とハイリアが今出てきたばかりの冒険者ギルド、その二階の窓から顔を出したのは、別行動していた魔導士のミーシャと回復術師のマーティン。
まさかの出来事に思わず動きを止めた冒険者。
その隙を突いて間髪入れずに発動したマーティンの聖術障壁が真下にいた俺達を半球状に包み込むと、一呼吸遅れるタイミングで詠唱を終えたミーシャの非致死性の電撃の雨が、冒険者ギルド前で炸裂した。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
一瞬の黄色い閃光の後に残ったのは、マーティンの聖術障壁のお陰で五体満足な俺とハイリアの二人と、
「アババババ」 「シビビビビビビビビ」 「ダダダズズズゲゲゲデデデデデデ」
死なない程度に威力を弱めたミーシャの雷撃で全身がマヒした、冒険者ども全員が倒れ伏す無残な光景だった。
「ちょっとマーティン!もっと障壁の幅を広げないとあぶな――ちょっとクルス!こっち見んな!!」
「大丈夫だ。角度的に見えてないから」
「そういう問題じゃない!!」
敵の無力化を確認したマーティンが設置した聖術障壁の半透明の階段で、スカートのすそを引っ張りながら直接窓から降りてくるミーシャが姦しいが、あいにく今はそんなことにはかまけていられない。
――たとえ、鮮やかな薄ピンクの何かが見えたとしても、だ。
「それよりもさっさと移動するぞ。今の閃光を見た他の冒険者達が集まってくるのは時間の問題だ」
「わ、わかってるわよ!」
「先頭は僕が行きます。急ぎましょう!」
「よし、それじゃ行こうか、ハイリア」
「は、はい!!」
そう言って先を行くマーティンに従う形で、ハイリアの手を握った俺は、敵だらけのエドラスの街を進み始めた。
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