第326話○声優の演じ方

「いろはっち?……いろはっち!?」


 無音状態に耐えきれなくなったらしい華菜恵が彩春のことを呼んだ瞬間、彩春が突然立ち上がって、目に涙を溜めながら私に抱きついてきた!


「亜香音!亜香音!亜香音!亜香音がここにいるよ!亜香音の声が私の鼓膜に実装されたよ!嬉しい!未亜、ありがとう!」

「……彩春……。」


 そこまで絞り出すと彩春は笑顔のまま大号泣した。華菜恵も私も思わずもらい泣きしてしまった。彩春は落ち着いたあと、ちょっと待って欲しい、といって、スマホでなにかを一生懸命打ち込みはじめた。しばらくすると扉を叩く音がする。彩春が扉を開けると……。


「こんばんは!」

「えっ、磨奈!?」


 彩春によるとライブには彩春も私も出ることから現地で混乱がないように磨奈は私が掛札亜香音役に決まったことを知っているんだって。なるほど、確かに当日は彩春と一緒に入ることになっていたはずだもんね。そして、その後にやってきたのは、なんと、ななかさんだった。ななかさんに関しては、彩春と同じ現場で同じようにリスケになったので、急遽大石さんの手配で、今日の入館申請が出されていたのだとか。本当はもう少し早く来たかったみたいだけど、前の収録が押してしまってこの時間になったとのこと。

 お互いに紹介しあったあと、少し緊張しながら求められるままにもう一度、亜香音のセリフを読み上げる。


「……『ええっ!ぷろぷろ、そんな怒らないでよー!』……『まこまこ、そこでおしまいな訳ないよね?りまりまもいいよね?……じゃあ、行くよ。』……終わりましたが、どうでしょう?」

「すごいすごいよ!」


 そういうとななかさんは私に抱きついてきた!


「美愛ちゃん、短時間でよくここまで仕上げてきたね!話し方も声質も全部全部!亜香音がいたよ、ここに!」

続橋つづきばしさんのいうとおりだよ!亜香音ちゃんがいたよ!びっくりした!」

「二人ともありがとうございます!」

「あの、私、いまだけ、ドルプロのいちプロデューサーになっちゃうんですけど、お三方にお願いが……。」

「なになに?」

「あの、これをぜひ読んで下さい!」


 磨奈から渡されたのは「ドルプロヒロインズ」という劇中劇のセリフ集だった。亜香音とドルプロについて調べている過程で知ったんだけど、ドルプロでは家庭用ゲーム機やソーシャルゲームの時代からアイドルが役を演じる劇中劇がいくつもあって、特に評価の高かったものは続編も出るような、そんなシステムになっている。最も評価が高いのは4年前にソシャゲ版で開催されて、いまでも続いている「時計仕掛けの記憶」というシリーズの劇中劇だそうなのだけど、その次に人気があるのがソシャゲ版から続いている「ドルプロヒロインズ」シリーズのようだ。「まりあコンビ」はその第2回にメインキャストとして抜擢されていて、担当以外の人からも全員にボイスが付いたら真っ先に実装して欲しいイベントとしていろいろなブログで書かれていた。


「あっ、『ドルプロヒロインズリベンジ』ね!きっとこれを一緒に読んだらお互いにいいレッスンになりそう!やってみましょうか?」

「ななかさんが大丈夫なら!未亜もいいよね?」

「私もやってみたいです!」


 晩ご飯が少し遅くなりそうなので、圭司に連絡したら、なんと圭司も立ち会ってくれることになり、歌唱用レッスンルームまでやってきてくれた。ななかさんと圭司を相互に紹介してから、三人の前で「ドルプロヒロインズリベンジ」を演じてみる。途中からなんか自分であって自分ではない、私自身が亜香音になってしまったかのようなそんな感覚になりながら約20分の演技を終える。


「……ありが……とう、ご、ございます!!!三人が!まりあコンビが!ここにいました!!!!ヒロインズ、早くデレライにも実装されて欲しい!まりあコンビも正式なユニット名が付いて欲しい!」

「うん、美愛ちゃん、完璧だと思う!担当として太鼓判を押しちゃう!」

「本当だよ!それとななかさんもすごかったですよ!二人とも収録頑張ってね!」

「「ありがとう!」」

「聴いていて感じたことを話してもいいかな?」

「うん。」

「ドルプロのことは全く判らないけど、なんか未亜に掛札亜香音が乗り移ったような気がした。」

「みあっちは憑依型なのかもね。」

「ああ、美愛ちゃんはそうかも。」

「憑依型、ですか?」

「雨東先生に説明させていただくと声優がキャラクターを演じるときには、演者として完全に演じきる『技術型』とキャラクターの依り代になる『憑依型』という2つのタイプがあるんです。私やいろはちゃんは『技術型』ですね。」

「あっ、私、いま演じていて、なんか亜香音になってしまったかのような感覚がありました!」

「それはまさに『憑依型』ね。」

「うん、未亜は『憑依型』なんだね。」

「なるほど。」

「そういうタイプはとにかく役の心情や状況を自分に落とし込んだ上で、役を降ろしてくるくらいの感覚になれたらはまるけど、そのためには相当な努力もいるからね。」

「でも、『赤い月と青い太陽』を見ていた感じだと美愛ちゃんは普通に演じていてもかなりいい感じだったからハイブリッドなのかも。もしそうなら今後が楽しみだなあ。」


 何か、ななかさんからものすごいお褒めの言葉をいただいてしまったような気がするけど、明日の収録を前にすごく自信になった!収録頑張るぞ!

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