第二十章 友達のために

第318話○『私とあなたの200日』アニメアフレコスタート

 一昨日昨日と出演したきださんのコンサートはお客様もあたたかくて本当に嬉しかった。ちなみに初日は「円山町の夜に」、二日目は「主役」を歌わせていただいたけど、「主役」のイントロが流れたときのどよめきと歌い終わった後の歓声はすごかったなあ。きださんのお客様にも喜んでもらえるなんて、紗和には本当にいい曲を書いてもらえたって思う。ちなみにCD発売の件はきださんのコンサート二日目が終わった後に公表予定だったらしく、初日に舞台袖へ下がったら太田さんが慌てて各方面へ連絡をしていた。その後、なんとか手配できたらしく、急遽翌日の朝一でニュースリリースが出ていたのは少し笑ってしまった。


「もう、きださんってそういうところがあるのよね!絶妙にギリギリばらされても問題ないラインを突いてネタばらししてくるのよ。」

「そういえば太田さんのご主人と一緒に曲作ったって話してましたね。」

「うん、私もきださんとは面識あるんだけど、プライベートで飲んでいてもおちゃめでね。憎めないからこそ、本当に困っちゃうわよね。」


 まあ、本当にまずいことをばらすような人ならこの世界ではやっていけないもんね。インパクトを狙いつつ、そこはずらさない、みたいな感じなのかなあ。


 そして今日からいよいよアニメ『私とあなたの200日』のアフレコがスタートする!明貴子の強い思いが込められたキャスティングだからね、いつも以上に気合いを入れて頑張らないと!ここに向けて、特に声優としての演技トレーニングを頑張ってきたけど、それがほかの収録にも生きて、結果としてドルプロの役が決まったり、本当に嬉しいことが多い。

 太田さんと江戸川橋のエンペラーレコードさんへ顔を出すとすぐに少し離れた所にあるエンペラーレコード江戸川橋スタジオへ案内される。今回のアニメはエンペラーレコードさんが主幹事で制作委員会が出来ているので、エンペラーレコードさんの自社スタジオでの収録ということらしい。普通ならブラジリアさんに所属している私がここで何かを収録するということはまずないので、少し緊張する。


「おはようございます、今日はよろしくお願いします。」

「おはようございます!よろしくおねがいします!」


 アニメプロデューサーの大槻さんが早速声を掛けて下さった。そしてその後ろから大物声優さんが姿を見せる。


「おはようございます。初めましてね。よろしく。」

「は、はじめまして!よろしくお願いします!」


 声を掛けて下さったのは神宮じんぐうひかりさん。彩春のマネージャを務めている大石さんの奥様だ。お目にかかるのは実は初めて。話し方がけっこうきつい感じなのだけど、彩春によるとものすごく優しくていい人らしい。神宮さんが若手の声優さんと話したいということで、大石さんが担当している3人の声優さんで大石さんの家を訪問したときには、手料理でもてなしてくれたんだとか。「そこでものすごい意外な一面を見てガラッと印象が変わった」そうなんだけど、どんな感じなのかなあ。


「美愛、私はここなの方に回るから。迎えは華菜恵が来るからよろしくね。」

「わかりました!」

「ひかりさん、あとはお願いします。」

「受けましたよ。じゃあ、ほかのみんなも来ているからこちらへどうぞ。」

「はい!」


 控え室に入ると既に彩春と朋夏は到着していた。ほかにも出演される声優の皆さんがそろっている。簡単な台本の読み合わせをしてからスタジオに入り、収録はスタート。「赤い月と青い太陽」の時は完全にできあがったものを見ながら収録したのだけど、「私とあなたの200日」はほとんど線しか書かれていない!えっ、これで声当てるの!?今日は1カ所しかセリフがないからいいけど、みんなこれで良く声を当てられるなあ……。その唯一かつ1話目のオーラスを飾るセリフ「なんですか?あなた誰ですか?」を当てたところで今日のアフレコは終了となった。特に大きな演技指導もなかったから皆さんの演技をやり直しさせなく済んで良かったなあ。

 収録が終わったことを華菜恵にTlackDMをして、控え室でそのまま待機させてもらう。彩春も朋夏も「一緒に乗っていく!」といって控え室にいるのだけど、二人で一緒に監督さんのところに何やら話をしにいった。ほかの皆さんはどうやら次の現場へ行かれたようで、私一人でぼんやりしていたらいきなり声がかかる。


「早緑さん、驚いた?」


 声を掛けて下さったのは別室から控え室に入ってきた神宮さんだった。


「はい、正直ビックリしました。」

「中途半端だけど絵があるから朗読劇とかボイスドラマとはまた違うもんね。」

「そうなんです。でも、皆さんの演技を見ていて、線しか見えないはずなのにキャラクターが生き生きと動いている様子が見える感じがしたので、最初のセリフは上手く皆さんに引っ張ってもらえたと思います。」


 神宮さんが目をまんまるにして驚いた顔をしている。なんだろう?


「早緑さん、普段はアイドルなのよね?」

「そうですね。アイドルがメインです。」

「そうよね……。ごめんなさいね、なんかアイドルっていうんでちょっと偏って見ていたわ。」

「えっ?」


 神宮さんは急に小声になると耳の近くでささやかはじめた。


「えっとね、前に有名な人をとにかく集めるっていうアニメに出たことがあったんだけど、そこに来ていたアイドルは『私、本職じゃないんで』みたいな感じでまあひどかったのよ……。」


 そこまで話すと普通に戻って、話を続ける。


「だからね、同じ感じかな、と思ってたんだけど、違ってたわ。『キャラクターが生き生きと動いている様子が見える』って、なかなか感じないものよ。大石が早緑さんのことを『声優としてもやっていける』っていってたんだけど、納得だわ……。」


 ええっ!?大石さん、そんなこといってたの!?


「私の演じているトミラーノは、早緑さんの演じるアミールとは絡みも多いからよろしくね。何かあったら相談して。いくらでもアドバイス乗るから。」

「ありがとうございます!」

「あっ、ちょっとごめんね。」


 そういうと神宮さんは通知が来たらしきスマホで何やら確認をはじめた。どこかからなにか連絡でも来たのかな?と思って眺めていたら……。


「よっしゃあああああああ!!!くぅぅぅぅ!!!村下!!!ナイスさよならスリーラン!!!!!」


 えっ!?なになに!?


「美愛は初めてだよね。」


 いつの間にか戻ってきていた彩春から声がかかる。


「う、うん。なにが起きたか判るの?」

「うん。神宮さん、東京プロポリティクスペンギンズの熱狂的なファンなの。」

「ええっ!?」

「芸名が『神宮』なのも本拠地の渋谷神宮球場から採ったんだって。」


 まさか!野球!これが彩春のいっていた「意外な一面」か!これは確かに印象が大きく変わるね!?負けた日とかは気をつけないと!

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