第294話●新学期始まる

 さあ、今日からいよいよ新学年だ!2限の「フランス文化・文学研究」が最初の授業になるのだけど、今日は紗和さんが初めての通学となることもあって、1限を取っていない未亜と俺で大学の中をざっくり案内することにしている。

 朝の準備を終えたタイミングで太田さんから地下の車路に着いたという連絡があった。いつものようにタクシーで行こうかと思っていたのだけど、紗和さんの大学初日ということで今日は太田さんが社用車で送ってくれることになったのだ。

 連絡を貰ってすぐに外へ出てみるとちょうど紗和さんも出てきたところだった。


「おはよう!」

「おはよう、あらためて今日からよろしくね!」


 三人で地下まで行くといつもの黒い社用車が止まっている。


「おはようございます!」

「おはよう。」

「おはようございます。」

「あれ?今日は峰島さんが運転なんですか?」

「あっ、雨東先生は智沙都が運転するのは初めてだったか。この前からお願いしているの。そろそろ運転にも慣れて欲しいからね。」

「安全運転で頑張ります!」


 地下車路を出た車は白山通りを北へ向かう。いつもタクシーを降りているところは狭い道なのでこの車だと運転しづらいと考えて、白山下の交差点をそのまま直進してもらって、大学を少し過ぎたところで止めてもらい、横断歩道を渡って、6号館側から大学に入る。


「哲大の正門は反対側だけど、よくいるのはこの校舎だね。」

「へー!事前説明と試験の時とは違って、人が多いね!」

「授業が始まったばかりだからいまは多いけど、だんだん減っていくよ。あまりに減っていくんで圭司とふたりでびっくりしたもん。」

「そうなんだ。」

「サークルに入るとサークル部屋にいたりするからね。」

「あー、なるほど!」


 地下に降りて、まだガラガラの学食について説明したあと、5号館脇から地上に出て中庭へ向かう。


「ここが哲大の中心だね。どの校舎に行くにしてもここを通ることが多い。」

「雨の日は?」

「各校舎が一応地下通路でつながっているからそこを通る感じだな。」

「なんか無理矢理つないでいるせいか回り道なんだよねー。」

「そっか、なるほどね。」

「それで、校舎だけど、そこの高い建物が2号館。地下に図書館がある。その右側が1号館で、さらに向こう側に8号館と9号館、10号館がある。反対側が4号館だけど基本的にサークル棟だから1階のカフェと大学生協、本屋くらいしか使うことはないと思う。」

「わかった!」


 ざっくりと校舎の説明をしたあと、大学生協に立ち寄って、科目等履修生でも加入出来るか確認したら、哲大では科目等履修生にも学生証が発行されているので問題ないということだった。学割は使えないけど、生協には加入できるんだなあ、面白い。紗和さんに生協のメリットを説明したところ、ぜひ加入したいということだったので、その手続きなんかをしていたらいい感じの時間になった。「フランス文化・文学研究」は1号館4階なので、すぐに教室へたどり着く。最初の授業ということもあって、フランスという国の成り立ちからの説明だけど、十分参考になる話が聞けている。この授業を選択したことは間違いではなかったな、と実感しながら90分は過ぎていった。教室の外に出ると紗和さんが満面の笑みで俺たちに語りかけてくる。


「大学の授業って面白いね。すごいためになる。」

「目的意識があるといろいろと有益だよね。」

六号館地下ろくちかは押さえてあるから座れるって。」


 おっ、未亜が彩春さんとやりとりしてくれていたのか。空いていて良かった。


「さっきと違って人がいっぱい!」

「去年の流れで行くと秋学期にはだいぶ減るけどね。」

「座れないときはどうするの?」

「大学の前にソコスファミレスがあるからだいたいそこだね。」

「これはどうすればいいのかな?」

「フードコート形式なので食べたい店に並んで注文するんだけど、もう席は取ってくれているから先に探そうか。」

「どの辺か判らないね。」

「本当だね、私は背が低いから未亜に任せるよ!」

「よし!任された!」


 しばらくキョロキョロしながら歩いたけど見つからない。おかしいな。


「おーい、ここだよ!」


 突然、横から声がかかったと思ったら朋夏さん。おっと、通り過ぎるところだったんだな。


「あっ、そこか。ありがとう声を掛けてくれて。」

「いえいえ!」


 席を見ると彩春さん、朋夏さん、慧一、明貴子さん、志満さんが既に到着して、料理をテーブルに置いていた。


「5人は早いね。」

「私たちは食堂のそばにある6B12だったから。」

「明貴子さんと志満さんはすぐそばだったのか。」

「彩春と慧一と私は3限からだから!」

「なるほど、それで彩春からあのタイミングで場所を取れたって連絡来てたんだね。」

「いま瑠乃と磨奈と幸大くんが買いに行っているから三人も買ってきちゃうといいよ。」

「ありがとう!普通のフードコートと同じだよね?」

「そうだよ、紗和。」

「じゃあ、行こうか。」


 三人それぞれ食べたいメニューのある店に並んで料理を注文、いったん席に戻ったあと、呼び出しブザーが鳴った順番で受け取りにいく。最後に戻ってきたのは紗和さんだった。


「おまたせ!」

「紗和と学食でこうやってあうとなんか嬉しいね!」

「3限は明貴子と一緒の授業だからよろしくね。」

「こちらこそ、よろしく!」


 未亜と俺は月曜日の3限は専門科目の企業論を取っているので、そこは紗和さんとは一緒ではない。


「あらためて、紗和ちゃん、よろしくね!」

「こちらこそ、よろしく!磨奈!」


 食事会を経て、個人的にやりとりもしたみたいで、紗和さんと磨奈さんがけっこう親しくなっているようだ。例の話もしておきたいというのでOKしておいたらすんなり受け入れてくれたようで、本当に良かったなあ。


「ねえねえ、金曜日の早緑様と雨東先生のラジオ良かったよね!」

「すごい良かった!」

「やっぱりあの二人はすごい気が合っているよね!」


 新学年になっても朋夏さん、志満さん、明貴子さんは本当にぶれないなあ。ラジオは俺の精神にも来るんだけど、ここは変に突っ込まずに耐えきるぞ!そういえば、未亜はけっこういわれているからそろそろ慣れ……あっ、いつものように固まっている。

 心頭滅却して三人のべた褒め攻撃に耐えようかと思っていたら三人が盛り上がっている様子を見ていた磨奈さんが彩春さんに話しかける。


「ねえねえ、彩春ちゃん。1月はまだ知り合ったばかりだったから特に気にせずこのやりとり見ていたけど、けっこうきわどいこと話していたんだね。」

「まあ、これは定番のやりとりだからね。みんながみんな、こういうやりとり好きだからさ。」


 いや、本当だよな。よくやるよ、全く。ん?磨奈さんが華菜恵さんと目線を合わせてにやっとしたぞ!?なんだ!?


「そういえば、華菜恵ちゃん!一昨日の土曜ワイドドラマ見た?」

「もちろん見たよ、まなっち!」

「あのサスペンスドラマ、朱鷺野先生の原作ですごいおもしろかったよね。」

「うん!ものすごいおもしろかった!さすが朱鷺野先生っていう感じだよ!」

「!?」


 あっ、朱鷺野先生への攻撃が二倍になった!明貴子さんも固まったぞ!磨奈さんは、仲間になったのが遅かったから、去年は華菜恵さんが朱鷺野先生をべた褒めするのを見る機会がなかったけど、この前の食事会で華菜恵さんも朱鷺野先生の大ファンだって判ったもんなあ。そして華菜恵さんは一人ツッコミから晴れて二人でのやりとりになったから、そりゃ嬉しいよね。って、感心していたら今度はなんか慧一と幸大がニヤニヤし始めた?


「彩春さん、金曜日の日向夏さんの配信ゲスト、よかったよ!」

「うん、さすがにしつむと日向夏さんっていうやりとりだったな!」

「日向夏さんは相変わらず機転が利くよなあ。」

「にしつむのいいところも引き出せるしなあ。日向夏さんってやっぱすごいよな。」

「ええっ!?」

「まあ、私も話していて楽だよねー。やっぱり長い付き合いっていうのもあるのかもね。」

「彩春!?」


 今度は朋夏さんに!すごいな3人が織りなすこの波状攻撃は!


「そういえば、この前、彩春ちゃんと未亜ちゃんに貸した、『鎧しまった』の薄い本、どうだった?」

「ああ、磨奈、初めてああいうの読んだんだけど、結構面白いね。」

「うん、彩春のいうとおりだったね。もっとどぎつい感じかと思ってたよ!」

「でしょ!ギャグの要素も多くて、読んでいて楽しいんだよね!」

「ええっ!?私も!?」


 今年はついに志満さんにまで!これは新しいかもしれない!そして、未亜がいつの間にか復活していた!


「くぅぅ、でも負けない!」

「私も負けない!」

「同じく!」

「朋夏さんも明貴子さんも志満さんも誰と戦っているの!?」


 あっ、思わずつっこんじゃった!


「ねえねえ、瑠乃。」

「なに、紗和?」

「みんな、大学ではいつもこんな感じなの?」

「うん、こんな感じ。」

「そっかあ!みんなと一緒に大学来られるようになって良かったなあ、楽しい!」

「紗和!?」


 ……やっぱり音楽家というのは感性が独特なのかな!?

 相も変わらずな感じでランチも盛り上がり、それぞれの教室へと散っていく。よし、2年生も頑張るぞ!

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