第165話●サイン会ツノハズカメラ新宿本店

 月曜日は2限から。2限からの日は少し遅く起きられるので楽なんだけど二人そろって少し寝坊してしまった。二人で一緒に寝るようになってから安心感がすごい。先生によると心が順調に回復しているからだとか。でも、寝坊はダメだよね。気をつけよう……。

 とりあえずトーストと目玉焼きを焼いて、コーヒーを入れただけのブレックファーストを食べて、いつもより少し遅い時間に二人で家を出る。と、二つとなりの扉が開いた。昨日盛り上がったメンツとすぐに再会だ。


「朋夏、おはよう!」

「朋夏さんおはよう。」

「二人ともおはよー。」

「昨日、けっこう遅かったのに未亜は朝から元気だね。」

「毎日充実しているからかな?」

「いいなあ。そういえば、大学行くときにここで会うのって初めてだね。」

「いつもはもう少し早い時間に出るからだと思うな。」

「なるほどね!」

「朋夏さんも一緒に大学行こうか。」

「いこういこう!」


 家を出ると家を出るときに呼んでおいたタクシーがちょうど着いたところだったのでそのまま三人でタクシーに乗り込む。


「こんなに近いのにタクシーなんだね。」

「未亜が太田さんからできるだけタクシー移動にして欲しいっていわれているからね。朋夏さんは歩き?」

「私はバスだよ。」

「バスなんか走ってるの?」

「うん、マンションの前にバス停があって、20分に一本走ってる。それで白山上まで行ってあとは少し歩く感じ。帰りは6号館の所にバス停があるからそこから乗って通りの向こうで降りる。ほら、定期券も持ってるよ。」

「大学行くときもリムジンだと思ってた!」

「未亜は私のことをなんだと思っているの!?」


 やっぱり朋夏さんはお金の使い方にメリハリがすごい。


「すみません、白山上の交差点を左斜め前の一通いっつうに入って下さい。」

「判りました。」

「えっ、左じゃないんだ?」

「大学の前でタクシーから降りたら目立つからね。」

「そっか!そうだね!」

「あっ、その先のT字路を左に入って、公園のところで止めて下さい。」


 いつもタクシーを降りているところで降りる。


「なるほど、ここで降りるんだね。」

「ものすごい急いでいなければ、乗るときもここに呼ぶんだ。ここは本駒込を使う学生の通学路になっていないから目立たないんだよね。」

「道も少し広いね。」

「うん、なんかここだけ少し広いんだよ。だからタクシーが止まっていても迷惑にならないというのもあるな。」

「そういえばタクシーチケットじゃなくてふつうに払っていたね。」

「大学行くのは仕事じゃないから。俺と未亜で交互に領収書を分け合ってる。」

「そうか!経費にしてるのね。」

「顧問契約してる税理士さんに回して全部お任せだけどね。」

「私も宮崎にいた頃からそうしているよー。お父さんが信金に勤めてるから、その伝手で紹介してもらって、いまでもそこにお願いしてるんだ。」

「俺も高校生の頃からだなあ。父さんの学生時代の友人に税理士になった人がいて、その事務所にお願いしてる。」

「圭司も朋夏も高校生の頃からなんだね!?」

「確定申告って本当に大変だからね……。」

「領収書と帳簿とね。青色にしているからその辺が大変で……。宮崎と東京で離れているけど、普段はWeb会議でつないで、長期休みの時に宮崎に帰省しがてら面会する感じにしているよ。でも、そろそろ東京で見つけようかなあ、とも思っているけど。」

「なるほどなあ。私は自分でやっていたけど、もうとても手が回らないんだよね。圭司の頼んでいるところを紹介してもらった方がいいかな。」

「ああ、そうだな。同棲しているからそれの方がいいかも。今度連絡してみるよ。まあ、成人したら個人事業主ではなくて二人で合同会社でも作ってしまった方がいいかもしれないけどな。」

「あー、それは私も考えてる。所得税の税率高いからね……。」

「この辺はマネージャとも相談しつつだなあ。」


 そんな話をしながらいつものルートでいつもの教室にたどり着く。今日は彩春さんが最初に着いていた。


「おはよー。昨日は楽しかったね。」

「おはよう!うん、たのしかったね!」


 いつものメンバーで授業を受けて、ランチの時間となる。


「朋夏ちゃん、昨日はありがとうね。本当に楽しかったなあ。」

「楽しかったよね。ほんとうにともっちありがと。儘田先生のボカキャラ曲は良く聴いていたからまさかあんなにいろいろと話せるなんて思ってなかったよ。」

「それは俺も一緒だよ。」

「慧一くんも会ったことはなかったんだね。」

「なかったなあ。ライブとかに招待しても欠席の連絡しか来ないっていう話だったからさ。まだつながってる歌い手連中はけっこういるけど、多分誰も会ったことないんじゃないかな。」

「あっ、慧一くん、一応内密にしておいてね。」

「もちもち。それは鉄則だよ。バイトのことも話してないもん。余計なことを話して大炎上した歌い手なんてどれだけ見てきたことか。」

「そうか、そうだね。いま名前出しちゃったけど、私も気をつけないと。」

「うん、それが一番だね。」


 ランチも盛り上がったあと、3限を受けて、俺たちは事務所へ向かう。社用車でツノハズカメラ新宿本店を訪問するとアキバの時と同じように事務所の仮設楽屋に案内される。そしてほかより早い17時に始まったツノハズカメラ新宿本店でのサイン会は途中でハプニングが起こった。


「つぎのかた、はいりまーす。」

「こんばんは!」


 あれ?この声は?


「えっ?!あっ!こんばんは!?」


 モニタに映っているのは志満さんだ!未亜はぎこちない動きをしながらサインをして志満さんへCDを渡して握手をする。


「さみあんと握手できて嬉しいです!さみあん応援しています!これからも頑張ってください!」

「あ、ありがとうございます……。」


 そのまま志満さんは剥がされていった。

 志満さん、ここで当選していたんだなあ……。さすがの太田さんも隣で苦笑いしている。その件以外は滞りなく終わらせ、事務所に帰参する。


「さっきは驚いたなあ。」

「サイン会当選したっていっていたからどこだろうとは思ってたんだけど、教えてくれなかったから、ビックリしたよ……。あ、グルチャにRINEきてる。『驚かしてごめんねー!』だってさ!もう!」

「シークレットライブはみんな来るって判っているから気楽だよね。」

「本当だよー!」


 シークレットライブは、最終的に彩春さんが大石さん手配の関係者枠に移動して、未亜の招待チケットは、朋夏さん・志満さん・明貴子さん・華菜恵さんで使ってもらうことになった。ちなみに3月のライブは6枚までOKということになったらしい。


 未亜は事務所で通常モードに戻ったので、1階のタクシーだまりから家へ帰る。


「あれ?彩春からなんか来ているね。」

「えーと、彩春さんの家で5人で話をしたい、か。」

「紗和のことかな?」

「あ、未亜も考えていたか。」

「うん、紗和から見ると慧一くんと幸大くんは圭司以外では初めて仲間に入ってきた男性だからやっぱりまだ警戒心があるのかなってね。」

「それはやっぱりあるだろうなあ。」

「どうしたら二人のことを安心してもらえるかな?」

「うーん、実は俺もノーアイデアなんだよ。」

「えっ、圭司がノーアイデアなんだ。私も思いつかないんだよね。」

「それを今日はじっくりとみんなで話すべきなんだろうな。」

「そうだね。それが一番かもしれない。」


 どんな話になるか判らないけど、紗和さんにとって、そしてみんなにとっていい方向になるようにきちんと考えよう。

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