第109話○明貴子の考察
明貴子は立ち上がって私ではなく、朋夏の隣に立つ。そして右手を差し出すと頭を下げてこう言った。
「日向夏へべすさん!私、果肉です!昔から配信見てます!握手して下さい!」
固まる朋夏。少しして彩春が手を叩いて笑い出す。
「さすがトップクラスのVTuber!大学で仲良くなった友達が果肉とはね!」
「あ、ありがとう……。あっ、ンンッ。ありがとう!」
朋夏の声が変わった!これは日向夏さんの声だ!
「まさか明貴子が果肉だったなんて……。」
朋夏は日向夏さんの声のまま、そういうと明貴子の手を握り返した。
「日向夏さんに名前を呼んでもらえるなんて……!ほかの果肉に刺されてしまう……!」
明貴子ものすごい感動しているようだ。でも、私には専門用語が判らないので、なにが起きているのかが見えていない。
「ねえ、彩春、果肉って何?」
「そっか、未亜はあまり知らないもんね。VTuberってファンであるリスナーに特別な呼称がつくの。私は西陣織が好きで西陣つむぎって名乗ったからそのまま『織物組』って呼ばれてた。朋夏の場合、日向夏もへべすも果物だから『果肉』っていう呼称になってるんだ。つまり、明貴子は熱心な日向夏ファンっていうこと。」
「私もVTuberの世界はよく知らないけど、歌い手でも有名な人のファンには特別な呼称がつくのと同じような感じなんだね……。でも、これでなんか判った気がする。」
「ななななななにが判っちゃったのかな!?かなあ!?」
明貴子が急に焦りだした。
「春の英語のとき、一番最初の授業で朋夏が隣の席になってさ。なんとなく話し始めたら私と朋夏は割と気が合う感じだったから、そのままなんとなくランチへ行くことになったじゃない。明貴子、最初はなんか気乗りしない感じで黙ってついてきてるだけだったのに
瑠乃がニヤニヤしている。
「だから、明貴子、最初から朋夏が日向夏へべすさんじゃないかなってうすうす気がついていたでしょ?」
明貴子が朋夏の手を握ったままうつむき、決心したように顔を上げて語り出した。
「……あー、もう!この際だからぶっちゃけちゃうよ!最初からそうじゃないかって思っていたよ!」
「えっ!?本当!?」
あっ、驚いたせいか朋夏の声が元に戻った。
「配信では声色をかなり変えてるから果肉がいてもばれないと思っていたのに!」
「うん、さっきのもそうだけど、日向夏さんはボイチェン入れてない割にはかなり違うからわかりにくいとは思うよ。私も最初は気がつかなかったもん。でもランチにいって、話をしているときになんかどこかで聞いたことがあるような気がして、どこで聞いたのかをたどっていったらもうね、そうとしか聞こえなくなったの。」
「ええええっ!」
「それで、やけディナーでカラオケ行って歌を聞いたら日向夏さんの歌みた動画を観ている感覚になったのね。やっぱりそうだよなあと思ってたら、その直後の日向夏さんの配信で『チケット取れなかったから友達とカラオケ行って早緑様の曲歌ってきた』って話をしていて、やっぱりこんな偶然の一致はないよねって、感じながら聞いてたら、実は昨日じゃなくて、そのときに『早緑様』呼びが共通していることに気がついてね。これは!って考えていたところに昨日の配信を聞いていたら朋夏とすごい仲のいい彩春が日向夏さんとオフコラボしまくってた西陣つむぎさんって判ったでしょ。それでもうほぼ確信に変わったんだ。でも、最後の決め手に欠けてたの。今朝もブラフをかけてみたのにうまくかわされちゃうし。そうしたらいま日向夏さんの歌みたを聴いている朋夏が顔を真っ赤にしてそっぽ向いて恥ずかしそうにしていたから『やっぱりビンゴだ!』って。ちなみに実は配信聴いてるから瑠乃の動画が伸びた理由も知ってたんだけど、朋夏が日向夏さんだって判るチャンスかもって思って、黙ってたの。ごめんね。」
「うわあああああ!穴があったら入りたい……。」
朋夏は机に突っ伏してしまった。明貴子って、策士な上、洞察力がすごすぎる……。
「まあ、でもさ。私は果肉で居続けるけど、それはそれで、って思ってる。ここまで暴露しておいて、私が言えることではないのかもしれないけど、朋夏、これからも親友でいてね。」
「……うん!明貴子、嬉しい!よろしくね!」
「いいなあ、明貴子はいろいろと上手くいっているよね。」
「うーん、そうかなあ。」
「小説の方も順調じゃん。」
「あー、まあね。でもあれは最初の運が良かっただけだから。」
えっ、明貴子も小説家!?
「えっ、明貴子って何か小説書いているの?」
「うん、この際だから暴露しちゃうけど、
朱鷺野澄華って、なんかどこかで聴いたことがあるような……。それにしてもまさかこんな所にも作家さんがいたとは!
「えっ!『てんあく』の朱鷺野澄華って明貴子なの!?」
彩春がものすごい反応している。その名前で思い出したことがあるから話しておこう。
「そういえば、朱鷺野澄華さんの本って前に柳内くんが升谷くんに貸していたよね。」
「うん。前に目の前で柳内くんが出してきたときは焦ったよー。気がつかれないようにするのが大変だった。『転生した悪役令嬢も楽じゃない件について』と柳内くんが貸してた『愛しのあの人は黒猫になった』以外にあとは20作くらい書籍化しているかな。2.5次元の舞台化したのとかもあるよ。」
あっ!そうだ!大山さんが音楽の演出したっていう舞台作品の原作者だ!えっ、そこがつながるんだ!?
「明貴子って本当にすごいよね……。私も歌手になりたくて歌ってみたはじめたり、オーディション受けたりしているけど、なかなかだよ……。」
「まあ、こういうのは運もあるから。でも、今回、かなり伸びているからどこかのレーベルの人が見つけてくれるかもよ。」
「だといいんだけどねー。」
思わぬ話になったぞ。これは圭司には伝えておきたいなあ。
「ねえ、この話って、圭司にもしてもいいかな?」
「どの話?」
「今日聞いた、果肉?の件とか小説の話とか歌ってみたとか。」
「私はかまわないけど、明貴子と朋夏はどう?」
「高倉くんなら問題ないよ。彼氏に秘密とかいやだろうし。朋夏は?」
「私も問題なし!」
「ありがとう。うん、なんか自分一人で抱えるのは大きすぎる話で。」
帰ったら圭司に話してみよう。そのあとは授業のこととかで雑談が進んで、だいぶいい時間になったので帰ることにして三人で二人の家を出る。
「ちょっとびっくりだね。」
「うん、まさか瑠乃が歌手志望で、明貴子がWeb小説家だったとは。」
「
「そういえば、入学してからVTuberのオフコラボで聞いて知ったんだけど、シャイニーズカンパニーでたくさんの男性アイドルユニットを成功させた元プロデューサーが非常勤講師で今年からマーケに来ているんだって。」
私は朋夏のいう、その元プロテューサーは知らなかった。
「そんな人いるんだね。」
「うん、2年以上で取れるマーケティング特講Bの一つを担当している。競争倍率がすごかったらしいよ。」
「私も取りたいなあ。」
なかなか難しそうだけどね。彩春が私の顔をのぞき込んでくる。
「なんかいろいろな話が出たけど、明貴子の件は高倉くんに話してOKになって良かったね。」
「うん、帰ったら圭司にいろいろ話をしておこうと思う。」
「そうだねー。それが一番良いよ。」
RINEを見たら圭司はもう帰ってきているみたいだ。ご飯の用意を始めてくれているみたいだから食べ終わったら話をしてみよう。
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