第092話○「早緑美愛公式チャンネルディナーショー発表」配信

 今日は、不定期にやっている生配信でディナーショーの開催を発表する。ホテルから広報の方にも出ていただけるので、ホテル側も気合いが入っていることが判る。

 圭司が打ち合わせをしている同じ時間を使って、1時間の演技レッスンを受ける。オーディションを受けた頃は棒読みしか出来なかったのに歌手としての経験のおかげか自分でも驚くくらい感情を込められるようになっている。さらにレッスンすることで上達していっていることも実感できて、とても楽しい。

 レッスンが終わり、マネージャルームに顔を出すとまだ太田さんは戻っていなかった。事前に聴いていたミーティングルームKに行くとまだ話をしているようだ。ノックをして中に入り、声を掛けながらドアを閉める。


「お疲れ様です。太田さん、雨東さんとの打ち合わせまだ続いていたんですね。」

「ああ、美愛、お疲れ様。ちょうど終わる所よ。」

「早緑さん、この前、家で相談した件は、大崎の提携先を紹介してもらえることになったよ。」

「よかった!太田さん、私からもありがとうございます。」

「いえいえ。タレントのメンタルケアも大事なマネージメントの一環だから気にしないで。あっ、そうそう、話は変わるけど、さっき、沢辺さわべさんから朗読劇の件、聞いたわよ。先生にもいったけど、面白そうね。」

「はい、日向夏さんが絶対にやるんだってすごいです。」

「沢辺さん、日向夏さんから『デジタルセクションへ一緒に来て下さい!』っていわれて、一緒にデジタルセクションに異動したから、なんかものすごい気合い入ってて。彼女が全部とりまとめて進めてくれているから私としてはとても楽だわ。」


 朋夏、そんなことまでいったのね!?


「そういえば、日向夏さんが『朗読劇の披露はどこでしよう』っていってたなあ。あれってどうなったんだろう。」

「そういえばそんなこと、RINEでいってたね。」

「多分今日あたり、沢辺さんにも話がいっていると思うけど、こんど大崎エージェンシーの所属タレントを使って、大規模な配信イベントをやることになったのよ。だからその中でやることになると思う。」

「えっ、そんな企画があるんですか!?」

「ええ。美愛は最上階にあったタレント休憩スペースをネット配信スタジオに改装しているのは知っているわよね?」


 そういえば前にそんな話を聞いたことがあったような気がする。


「ライブツアーの頃に聞いた記憶があります。」

「20階には大中小、あわせて7個のスタジオが出来て、もちろん防音も完璧よ。VTuberが増えているからVTuberを交えた配信も出来るような機材も入るし、最近は即興で歌ったりもするからネット配信OKなカラオケ設備もちゃんと整ってる。あとは南側のスタジオは窓を広く取っていて、新宿御苑の眺めがすごいきれいよ。」

「すごいですね!」

「でしょー!っていっても私が企画したんじゃないんだけどね。それで、まだ工事をしているんだけど、11月22日に完成することになってね。大崎としても気合いの入った設備なんで、大々的に対外アピールすることになった。そのためのお披露目配信の企画がちょうど動き始めているの。」

「具体的に決まっているんですか?」

「いえ、詳細はまだよ。でも大枠は決まっていて、開催日は11月26日19時~28日19時で仮のタイトルとして『大崎の所属タレントでつなぐ48時間リレー配信』ってなってる。」

「リレー配信、ですか?」

「大崎っていろいろな人が所属しているでしょ?各セクションからタレントを出し合って、30分ずつの枠を順番に配信していくっていう配信企画よ。」

「それって!」

「そう、そのうち1つの枠をあなたたちが使えば、もらった企画配信は可能だと思う。」


 なるほど、そういうことか!


「この辺は全部日向夏さんにおまかせでいいと思うよ。俺たちはそれぞれやれることを進めて、日向夏さんに見てもらうっていうのが大事だと思う。」

「先生のいう通りね。日向夏さんから直接そっちにも行くと思うけど、こちらからもちゃんと伝達されたことは流すわね。」

「お願いします。こちらも彼女から来た話は太田さんにちゃんと回します。」

「私も密に報告するようにします!」

「うん、お願い。じゃあ、配信の準備しちゃおうか。」


 圭司は太田さんといつもの中会議室へそのまま移動した。私は太田さんから衣装などを受け取り、16階の更衣室で着替えてから中会議室へ移動する。


「美愛、来たわね。みなさまに紹介します。こちらが早緑美愛です。」


 いらしている皆様にお辞儀される。そして、ホテルの方を紹介される。今日は、新宿の京高けいこうスクエアホテル、品川のプリンセスホテル品川高輪、横浜の横浜モニュメントタワーホテルと先日の横浜公演で泊まった横浜みなとみらいホテル東鉄の4つのホテルの方がいらしている。

 台本とホテルのパンフレットに目を通しながら配信開始まで時を過ごす。


 配信自体は始まってしまえば台本の通り、特に問題はなく進んだ。ホテルの方も広報を担当されている方がいらしているおかげで特に緊張をされることもなく、和やかに進んだ。


 配信の最後にはディナーショーの日程紹介とともに予約は開催日の一ヶ月前から各ホテルでの直接受付になること、宿泊プラン付きもあるので遠方の方でも問題ないことを説明して配信は無事に終了した。


 終わったあと、圭司とタクシーに乗って帰宅する。二人同時にスマホの通知が光る。


「なんだろう?あっ、朋夏からだ。」

「そうだね。……このあと時間あるかって書いてあるけど、別に問題ないよね?」

「明日はここなちゃんのライブがあるからあまり遅くまでは無理だけど、少しお茶するくらいとかなら大丈夫だよ。」

「じゃあ、大丈夫って返しておくよ。」


 家について、今度は私からRINEをするとこちらへ来たいということだったので、来てもらうことにした。我が家にやってきた朋夏はとても気まずそうな顔をしている。なんだろう?


「ごめんね、時間もらっちゃって。」

「ううん、問題ないよ。突然どうしたの?」

「うん、週刊スクープの件が落ち着いたらって思っていたことがあってね。」


 そういうと朋夏はポシェットから「東京友菱井銀行」と書かれた封筒を取り出した。


「これを二人に。」

「えっ、これは?」

「この前、週刊スクープの件で抗議配信したでしょ。マツノキ出版の抗議配信はウルトラギフトがぜんぜんこなかったから、今回も問題ないだろうって油断していたら、なぜか今回はものすごい金額が飛んできてしまったんだ……。MeTubeのアーカイブとスマイルは個別に収益切っておいたんだけど、MeTubeのライブ配信は個別に切れないから収益が入ってしまって……。だからこの預金小切手を受け取って欲しい。」

「知名度トップクラスの日向夏さんが配信してくれたからこそ、あれだけの人が集まって、最終的にあの結果に結びついたんだ。配信をして応援してくれたこと、それだけで俺は十分。未亜はどう思う?」

「私もそれは同じ気持ち。親友が頑張ってくれた。私はそれで十分だよ。」

「でも……。」


 圭司が封筒をそのまま朋夏の前に戻す。


「二人とも同じ思いだからこれは受け取れない。」

「でも!でも!二人の不幸をだしにしてお金を稼いだみたいになって、私はどうしてもいやなの!だからこれを受け取って欲しい!」


 朋夏はそういうとうつむいて泣き出してしまった。

 朋夏の気持ちもわかるけど、私としては朋夏にそんな気を使って欲しくない。横目で隣を見ると圭司は腕を組んで目をつぶって考えている。


「判った。」

「受け取ってくれる!?」


 朋夏が泣きながら顔を上げた。


「いや、別の方法を考えた。」

「別の方法って?」

「これを使ってみんなで何か楽しいことをしよう。今すぐ何をするか決められないから、しばらく飯出さんの方で預かって欲しい。」

「えっ……。」

「私も賛成!朋夏ももちろん参加ね。」

「……私は……。」


 そういうと朋夏はまたうつむいてしまう。


「朋夏、私はその気持ちがとても嬉しいよ。」

「うん、そうだよ。普通はそこまで考えない。ここまでちゃんとしてくれたっていうことは、飯出さんは俺たちのことをお金には換えられないとても大切な親友だと思ってくれているっていうことだよ。その事実だけで本当に十分なんだ。だからこのお金で親友たちみんなが楽しいことをしたい。それでもっともっと仲良くなれたらいいと思う。どうかな?」


 朋夏は顔を上げると泣きながらも嬉しそうな顔になっていた。


「……そこまでいってくれるんだ。うれしい……。」

「それにお金を稼ぐために俺たちの不幸を使うっていうのは週刊スクープみたいな奴らのことをいうんだよ。飯出さんの場合は俺たちの不幸を救おうとしてくれた結果、たまたま日向夏さんへお金が入っただけ。全然違うよ。」

「朋夏がそこまで考えてくれて本当に嬉しいし、ありがたい。朋夏と知り合えて親友になれて良かったっておもう。だからそれは一時的に預かっておいてね。楽しいこと考えるからさ!」

「……うん、ありがとう。じゃあ、これは預かる。何をするか決めたら教えてね。」

「わかった!飯出さん、よろしくね。」

「朋夏、ちなみにそれ、いくらって書いてあるの?」

「317万円。」

「ええっ!?」

「そんなに!?」

「飛んできたウルトラギフトの収益がだいたいこれくらいだったから、細かい端数は切り上げて、こんな感じ。一時間の配信でこんな額飛んできたのは初めてだよ。あっ、一応MeTubeのきまりで本当は細かい収益を公表しちゃいけないことになっているから内緒にしておいてね。」

「判った。それにしてもそんなにあるならなんかいろいろと楽しいこと出来そうだな。時間はかかるかもしれないけど、二人で考えるよ。」

「うん、よろしくね!」


 朋夏は本当にすごい。ここまでしっかりといろいろなことを考えて動けるのは尊敬する。こんなすごい人と親友でいられるなんて幸せなことだよね。

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