第087話●友人たちと四方山話
「二人がここに住んでいるって本当にすごい偶然だよね。」
未亜がそんな話を始める。
「私は大学へ入るために盛岡から東京へ来たのと事務所に入るのが一緒でね。タワマンとかも考えたんだけど、せっかく大きい事務所に所属するなら事務所の管理している物件の方がいいかなって思って、事務所の物件を紹介して欲しいっていったの。そうしたらいろいろと物件を紹介してくれて。いまと同じ広さで負担金はもっと安いところとか逆にもっと広いところとかもあったんだけど、ここ、大学にすごい近いでしょ?どうせなら大学に近いところがいいな、って。」
「このマンション、もう少し下の階だと1DKとかもあるみたいだよ。」
「最初はその辺薦められたんだけど、高校入学と同時に一人暮らしをはじめるとき、寝室と配信部屋を分けるために2LDKを選んでいたから同じ間取りが良くて。4月の時点ではまだVだったから配信部屋は必須でね。あとは最上階が良かったんだ。それでも前に住んでいたところの家賃よりは実はかなり安いんだよ。」
「えっ、彩春って高校の時から一人暮らしだったの?」
「元々入りたかった高校が盛岡市内の学校でね。私の実家は、
「
「さすが高倉くんだね。そう、実家はまさに安比にあるの。岩手でも北の外れで、親はペンション経営しているからさすがに盛岡市内に引っ越しは無理でね。私、中学二年の頃からMeTubeで配信していて、収入はあったから盛岡駅近くのタワマンで一人暮らししていたんだ。」
「そうなんだ!」
「彩春の住んでた所、何度も泊めてもらったけど、すごい眺めが良くて広くてきれいだったよ!うちは一軒家だったからなあ。」
未亜はMeTuberとかVTuberとかに詳しくないからなんとなくピンときていないみたいだけど、MeTuberもVTuberもトップ勢はすごい金額のウルトラギフトが飛んできて、動画も再生回数がとてつもないからなあ。企業案件を考えると西陣つむぎも日向夏へべすも下手すると年収5000万円とかのレベルじゃないかな……。だから岡里さんがもともと住んでいたのって、高級タワマンの最上階とかだと思う……。
「まあ、岩手県内で一番高層のタワマンだったから眺めはね。でも、朋夏の実家も広くて快適だったよ。」
「お父さんがかなり吟味して建てた家だからね!それでね、そんな感じで最初に彩春がここに入ってね。いろいろと検討したっていったけど、実は彩春と同じマンションの隣の部屋が空いていたことが一番の理由で大崎所属を決めたんだ。」
「えっ、それが一番の理由なの!?」
「うん、彩春は同級生だけど、VTuberとしては大先輩で私の師匠だし、隣だと何かあってもお互いに安心でしょ。その上、ここ大学から一番近い物件だったからね。ちなみに彩春は1805だよ。」
「そうだったんだ!」
「うん、まさか未亜と高倉くんまで一緒の所、しかも同じ階に住んでいるとは思わなかったけどね。でも、良かった。心強いもん。」
「それはあるよね。私も朋夏だけじゃなくて、未亜と高倉くんも近くにいてくれるのは本当に嬉しい。これからも仲良くしてね!」
「もちろん、飯出さんも岡里さんもこちらこそよろしくな。」
そういえば、岡里さんはなんで大崎に決めたんだろう?
「岡里さんは、事務所はいるとき、けっこう引く手あまただったと思うんだけど、なんで大崎にしたの?」
「私の将来を一緒に考えてくれたのが大崎だけだったから。」
「将来?」
未亜がいぶかしげに岡里さんを見ている。
「うん。Vってトップのほうまで行くと企業の商品をPRするような案件とかもけっこうたくさん来るから収益がすごいのね。でも、私は趣味の延長でここまで来たからこれを一生の仕事に出来るかって考えるとリスクもあって難しいかなって思ったの。それで、高三の春くらいに朋夏とも話をして、ちゃんと大学には行こうということにしたんだ。」
「私もいまはまだやりたいことがあるから続けているけど、何十年も続けられる自信はないしね。二人でしっかり話をして、同じ大学に行って、ちゃんと普通の会社へ就職出来る道を付けておこう、ってね。」
二人ともまだ高校生だったのにすごい。でも、岡里さんは悲しそうな表情で話をする。
「それで、大学進学を前提に所属の交渉をしたら、V専門の事務所だけじゃなくて、大手の事務所まで、ちゃんとやっていけるからこのまま専業になった方がいいっていわれたんだ。高校生なりにちゃんと真剣に考えて選択したのになんかすごいバカにされた感じがして、いままでも個人でやってきたし、やっぱり事務所に入るのやめようかって思った時期まであったんだけどさ。」
そこまでいうと笑顔になって話を続ける。
「でも、大崎だけはちゃんと受けて止めてくれた。マネージメントでは大学へ通うのも配慮するし、総合事務所だから途中で女優とか声優とか歌手とかそういう道へ行きたければセクション移籍オーディションっていう社内制度もあるからフォローもするってね。卒業のときに芸能人としてやっていくのが厳しいと思うならトップVとしての希有な経験を裏方としていかせるように大崎の社員として働く道も特約として用意しておくっていってくれて。」
「当時、その話聞いて、大崎ってすごいなあって本当にびっくりしたよ。彩春にそこまでいったのがいまのマネさんなんでしょ?」
「うん、大石さんだね。」
「日本で知らない人はいない五大事務所の一つがそこまでいってくれるのってすごいね。確かに私も大学へ通うためにスケジュールとか、かなり配慮してもらっているよ。私も結果的にいい事務所のオーディションに合格できたんだなあ。」
未亜が感心したようにつぶやく。でも、本当にそうだと思う。
「確かに俺の身に起きた一件も役員や顧問弁護士さんまで出てきて協力してくれてるもんなあ。」
「確かに圭司の件は会社全体で全面支援してくれているよね。」
俺の一件は太田さんや二階堂さんがすごくて例外的に尊重してくれたんじゃなくて、大崎っていう会社自体にタレントの意思を尊重して、その将来を一緒になって真剣に考えるっていう文化がきちんと浸透しているからこそのあの対応だったんだなあ……。
紅茶を飲みながらそんな雑談をしているとスマホに着信ランプが光る。何だろうと思って見てみたら太田さんからのRINEだった。未亜と二人に同報されている。
{もう知っていると思うけど儘田先生が今日から二人の隣に越してきたの。]
{いま多分1803で日向夏さん、岡里さんと食事をしていると思うけど、良かったら儘田先生をふたりに紹介して欲しい。]
{儘田先生も隣室の人とは顔を合わせておきたいといっているのだけどどう?]
太田さんが段取りしてくれているならと思っていると未亜が話し始めていた。
「隣の1802号室に今日入居した人が実は私の曲を書いてくれている人でね。私たちと同じ太田さんがマネージャなんだけど、良かったら二人にも紹介しておいて欲しいって。呼んでもいいかな?」
「えええっ!!!!!早緑様の曲を書いている人!!!!!もちろん大歓迎!!!!!」
「朋夏がいいなら私は問題ないよ。」
「じゃあ、ちょっと呼んでくるね。」
未亜はそういうと立ち上がって外へ出て行った。すぐにインターホンが鳴る。飯出さんが玄関を開けに行った。
「テーブルを六人用にしておいて良かったよ。」
「すみません、お邪魔します……。」
俺が一つ席をずらして、未亜が真ん中、甘巻さんが未亜の左隣に座る。
「そうしたら、私から紹介するね。早緑美愛の『主役』という曲を書いてくれた
「儘田です。よろしくお願いします。」
「えええええええええっ!!!!!」
人一倍大きな声を出したのはもちろん飯出さん。岡里さんもなんか眼をキラキラさせている。なんだろう?
「『主役』とかボカキャラ曲とかの儘田先生ですか!あっ、私はVTuberの日向夏へべすです!先生のボカキャラ曲も良く聴かせていただいています!」
「ママダP!その節はお世話になりました!VTuberの西陣つむぎをやっていた、いまは新人声優の岡里いろはです。」
「あっ、西陣さん!まさか知っている人がいたなんて!」
「えっ、彩春、どういうこと?」
未亜が怪訝な声を出して岡里さんへ質問をした。
「私が西陣つむぎで活動していたときに自主制作でCDを出したことがあるんだ。そのときにママダPにどうしても曲を書いて欲しくて依頼して書いてもらったの。お目にかかるのは今日が初めてだけど、メールとかチャットとかではかなり突っ込んだやりとりを何度もしていたんだ。」
「あらためて、西陣さんの歌、本当に素敵でした。」
「ありがとうございます!」
「二人にそんな関係があったんだねえ。」
「VTuberさんにもけっこう曲書かせていただいているんですけど、全部西陣さんのCDきっかけなんですよ。」
「えっ、そうなんですか!?」
「西陣さんのCDを頒布うけた方々が私に連絡くださって。」
「まさか、そんなことになっていたなんて!」
「私のボカキャラ曲を知らなかった人も多かったので、本当に世界が広がりました。その節はありがとうございました。」
そういうと甘巻さんは頭を下げる。
「そんなそんな!頭を下げないでください!私はママダPのボカキャラ曲が大好きで依頼しただけなので!」
「私も儘田先生に曲作って欲しいなあ。沢辺さんに相談してみようかな。私の配信に早緑様に出て欲しいし、知り合ったからやりたいことがたくさんあるよ!」
思わぬ人間関係がつながって面白い。俺がみんなに助けてもらっているように甘巻さんもここから新しい一歩を踏み出す手助けをしたいなあ。
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