第081話●親友の正体

「『突然だけどいまエレベーターホールで出逢った人を一人連れて行きます!』って何があったんだ!?」


 未亜から突然のメッセージが届いた。あとパスタをゆでるだけだった晩ご飯はいったん中断して、慌てて適当な外出着に着替える。


 ガチャッ

「ただいまー!」

「お邪魔します……。」

「未亜、おかえ……えっ、飯出いいでさん!?」

「あっ、高倉くん!?こんばんは、えへへ……。」


 えっ!飯出さんがなぜこのマンションに!?


「朋夏、遠慮なく上がって!」

「ありがとう、お邪魔します。」


 ダイニングに座った飯出さんへコーヒーを出す。


「あっ、高倉くん、ありがとう。」


 飯出さんは少し居心地が悪そうな、でも部屋の様子に興味津々といった感じだ。そんな飯出さんを前に何を話せばいいのか、大学とは違って、会話が思い浮かばない。いろいろなことがあったから下手に話が出来ないのもある。

 間が持たない、と思っていたら、化粧を落とし、眼鏡に変えた未亜が戻ってくる。助かった……。


「おまたせ、手を洗ったりしてきたよ。」

「ああ、未亜お帰り。」


 飯出さんが待ってましたとばかりに話し始める。


「ねえねえ、もしかして、二人って実は同棲しているの?」

「まあ、見れば判ると思うから隠さないけど、そうだよ。」

「そうだったんだね!」

「大学ではあまりおおっぴらにしてないんだ。」

「わかった!二人が同棲してるっていう話は大学では絶対にいわないようにするよ!」

「朋夏、ありがとう!」


 少し考えた仕草をして、飯出さんがおもむろに切り出した。


「えっと、そのかわり、っていうわけでもないんだけど、私がいまから話すこと、大学のみんなには内緒にしておいてもらえるかな?」

「無理に言わなくてもいいよ。とりあえず、飯出さんが大崎と関わりがある人なんだっていうことはこちらも判るから。」

「うん、それはそうなんだけどね。ここに住んでいるっていうことは二人とも大崎のタレントっていうことでしょ?この先、どこかのイベントとかで逢うかもしれないから、ちゃんと話をしておきたいなって。」


 飯出さんの気持ちは確かにわかる。


「圭司、とりあえず話だけ聞こうよ。マネージャにどうするか相談も出来るし。」

「……そうか、確かにそうだね。」

「ありがとう!……あのね、実はわたしVTuberやってるの。」


 2Dや3DのCGで描画されたアバターを人が演じるVTuberは、大崎にも所属していると聞いていたけど、まさか大学の同級生にいたとは……。


「ねえねえ、朋夏ってなんていうVTuberなの?」

「日向夏へべすっていうんだけど知っているかな?」

「ヴホッ!?」


 つい変な声が出た。未亜も「あれ?どこかで聞いた記憶が……。」とつぶやいている。

 日向夏へべすは企業に所属せず、個人で活動している所謂「個人勢」の中ではトップクラスのチャンネル登録者数を誇るVTuberだ。MeTubeだけでなく、スマイル動画にも有料チャンネルを持っていて、そちらもかなりの有料登録者数になっている。

 しかも雨東作品が大好きで、何度も配信で推薦してくれただけでなく、KAKUKAWAと直談判して、朗読配信までやったことがあるのは許諾の確認が来たから知っている。

 その上、この人は早緑美愛も大好きで、前にライブツアーのチケットが全滅したっていう配信をしていたとTwinsterでツイストされているのを見た記憶がある。……って、確かに考えてみれば飯出さんそのままじゃないか……。いやでもそんな結びつかないって……。そもそも配信は数回しか見たことないし、声の感じも全然違うし……。

 それにしてもまさか、飯出さんが大崎に所属しているとは。これは太田さんに一回相談した方がいいな。


「……飯出さん、ごめん、ちょっとマネージャと相談してきていいかな?未亜も一緒に。」

「うん、高倉くん、ここで待っているね。」


 俺の部屋に入るとスピーカー通話にして太田さんへ電話を掛ける。


『先生、どうしたの?』

「実は、未亜が大学の同級生とマンションのエレベータで偶然出くわしまして、流れでいま家に来ているんですが、何でもVTuberの日向夏へべすをやっているそうで。」

『えっと、日向夏へべす……あっ、思い出した。この前担当している沢辺さわべさんと挨拶に来ていた子ね。なんかVTuberでもトップクラスのチャンネル登録者数だって。それで?』

「はい、こちらも正体をばらしてしまっていいものか、と。」

『同じ大崎のタレントだし、私が関係を把握したからOKよ。ただ、例の件があるからそこは念押しをしながらの方がいいとは思うけど。』

「判りました。二人とも説明することにします。」

『私は担当の沢辺さんに状況伝えておくわね。ところで先生、こういうときに頼ってくれるようになって嬉しいわよ。いつでも連絡してね。』

「あっ、そうですね。頼らせてもらいます。」

『うん、そうして。じゃあ、これからディナーを食べにいくから切るわ。美愛にもよろしくね。』

「はい、判りました。」


 通話を切ると未亜に一点確認する。


「たぶん、あの事件は大学で話した感じだと問題にはならないと思う。それよりも飯出さんが俺たちの熱心なファンであることの方が気になるんだけど未亜はどう思う?」

「うん、私も同じことを思ってた。変に構えられちゃうと困るよね。朋夏には引き続き、親友として付き合って欲しい。」

「じゃあそこを話そう。」


 未亜と顔を合わせて頷くと二人でダイニングへ戻る。


「ごめんね、待たせちゃって。」

「ううん、こちらこそ。」

「飯出さんの話を聞いて、マネージャにも相談した上で、こちらも素性を話しておいた方がいいと思うんだ。でも、一点だけ確認させて欲しい。いまから俺が話す内容がどんな内容でも変に構えず、今まで通り、親友として付き合ってくれるかな?」

「えっ……細かいことがよく判らないけど、私の正体も教えたわけだし、そんな関係を切るようなことはしないよ。」

「うん、そうしたらちょっと待っててほしい。」


 俺は自室へ戻り、ノートパソコンに投稿サイトの編集画面を出した状態で持ってくる。


「これを見てほしい。」

「ノートパソコン?……えっ……。」

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