第071話●お互いに大切な
気がつくと窓の外が少し白みはじめていた。そろそろ日が出そうな感じだ。
ふと隣を見ると未亜が俺の肩にもたれかかって寝ている。頬には幾筋かの線――涙の跡が見えた。どうやら二人でそのまま寝てしまったようだ。
昨日はいろいろなことがあった。
消息がわからなかった
太田さんはわざわざうちに来て励ましてくれて、未亜は気持ちのこもった言葉を尽くしてくれて……。
それでも漠然とした不安と心の奥底に残っていた大きな何かは解消されなかった。こんなにもいろいろな人が励ましてくれているのにって焦りのような情けなさのようなそれとは違う何かを感じながら。
でも、その夜に甘巻さんが気持ちを込めて作った曲を未亜と
今朝起きてみるとやっぱり心の奥底にまだ何かが残っているのは変わらない。でも、漠然とした不安はもはや薄くなっている。そして、かわりにふわふわとした不思議な感覚が……。
この不思議な感覚がなんなのかいまはまだ判らない。きっと大切なものなのだろうというイメージはあるけど、初めてのことで、戸惑いの方が大きいのかもしれない。目の前の点いていないテレビに映った未亜の寝顔をぼんやりと眺めながらそんなことを思っていた。
「……圭司?」
「未亜、起きた?」
「うーん、うん、起きたよ。」
「顔を洗ってくるといいよ。」
「そだね、洗ってくるよ。」
未亜が起き上がり、洗面台へ向かった。俺は昨日入れたまま、保温状態になっているコーヒーを昨日使ったカップに入れて、もう一度ソファーに戻って一口飲む。苦さと酸味が増した、少しぼやけた味のするコーヒーが体に沁みていく。
「ただいま。」
「ああ、お帰り。」
未亜がまたソファーに座って、俺の飲んでいるコーヒーをじっと見つめてくる。
「コーヒー、まだあるよ。」
「うん、入れてくる。」
未亜がコーヒーを入れに台所まで行った。そしてコーヒーを入れて、戻ってくる。
「電源いれっぱなしにしちゃってたんだね。」
未亜がコーヒーに口を付ける。
「苦くなっちゃってるね。」
マグカップをテーブルに置いた未亜が苦笑いをしながら隣からこちらをじっと見つめてくる。それを見ていて、思わず俺も未亜のことを見つめてしまう。いままでと同じような違うような。なんだろうこの感覚は。そんな感覚に戸惑いながら。
「圭司?」
どうしたの?と戸惑った感じで小首をかしげてこちらを見つめている未亜を見ていると明らかにいままでとは何か違う感情が心の底からわき上がってくる。
さっきから感じているふわふわとした感覚にも似て、でもちょっと違っている、初めて感じるこの感情は何だろう。
湧き上がってきたこの感情のまま、その衝動のまま……。無意識のうちに自然と体が動いていた。
「……えっ、圭司?」
「……あれ、いま、俺は……。」
気がついたら未亜の頬にキスをしていた。
未亜は黙って何度も頷く。そうか「鍵が開いた」のか。
未亜が新しい涙の跡を付けた笑顔で抱きしめてきた。
「……よかった、よかったよ、圭司……。」
「未亜…………いままでごめん。」
未亜が首を振る。
「圭司は私の『相手役』だし、私は圭司の『相手役』。お互いに大切な『相手役』だよ。私はそれだけで十分。だから気にしないで。」
難しいことは何も考えない。いまの気持ちのまま、したいままに動く。
俺の顔が自然と未亜に近づいていく。未亜がそっと目を閉じる。唇と唇が触れる。しばらくそのままでいて、顔を戻す。
未亜が目を開けると俺の胸に顔を埋める。気持ちは通じている。もう、会話はいらない。未亜を抱きしめてそのまま、そのまま……。
二人で一歩ずつ進んでいける。二人だから歩んでいける。いまその手がある。いま道が見える。
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