第043話●札幌公演前のあれこれ

 大阪から帰宅してからの一週間はさらに忙しい状況となった。


 未亜はテレビのバラエティ番組や音楽番組、ラジオのリクエスト番組、各種ネット配信番組などなどへの出演が続き、さらに4thアルバムの収録もあって、毎日深夜の帰宅になっている。俺の方もいろいろなところからの原稿依頼が相次いでいて、締め切りなどの関係から今週が山場となっている。未亜の方も札幌公演のあとはスケジュールに余裕が出来るようだ。二人ともいま頑張れば来週は予定を空けられるはず。もう少し分散できれば良いのだけどこればかりは難しいところ。


 そして、心に余裕がないこういうときほど、イライラしてしまいがち。同棲を始めるとき、イライラしていたら「私は今イライラしています」と発言することに決めたのは、なかなかシュールだったけど、意味のないけんかをしないためには良いルールだったのかもしれない、と本気で思う瞬間がけっこうあった。


 そんな忙しい一週間はあっという間に過ぎ去り、今日はもう札幌公演前々日だ。


 未亜と二人で11時半の飛行機に乗って札幌入り、荷物をホテルに置いたあとすぐに会場で前日のリハーサルとなる。会場は300人程度のキャパシティを持つ「Square Park」だ。ホテルは札幌駅の中にあるホテルが取られている。


 この疲労状況では、空港への移動時間をできるだけ減らした方が良いと判断して、前々日は羽田空港の中にある羽田ワードホテル東鉄に宿を取った。未亜の仕事が汐留のジャパンテレビで11時終わりだったので、先に羽田へいってホテルへチェックインする。仕出し弁当を食べたとRINEが来ていたのを見て、こちらも羽田で晩ご飯を済ませた。部屋で少し原稿を片付けて電車を乗り継いで汐留へ向かうと地下の関係者通用口で待機する。


「迎えに来てくれてありがとう。お待たせ。」


 未亜から声がかかる。


「おっ、お疲れさま。そうしたらタクシー呼ぶよ。」


 配車アプリの操作ももう慣れたもの。たまたますぐ近くで待機していたタクシーがいて、すぐに来てくれた。


「ふう、あとは羽田へ行くだけだね。」

「本当に忙しい一週間だったけど、体調大丈夫か?」

「うん、なんとかギリギリ持ちそう。札幌が終わったら火曜までオフだからゆっくりしたいけどね。圭司も相当だったけど大丈夫?」

「俺もなんとかって感じだな……。まだ少し残っているから明日と明後日で書き上げてしまうつもり。それで今のところ仕事の依頼は一通り完了かな。せまじょはかなり書きためてあるから来週は一週間オフにしたい。」

「それがいいと思うよ。あっ、レインボーブリッジだ。」

「タクシーでお台場行くときに使わない?」

「いつもは下の道だから高速で通ることがほとんどないんだよね。」


 レインボーブリッジを渡ると湾岸線、流れはとても順調だ。


「そういえば、昨日出た週KAKUの大阪公演ライブレポート見たよ。」

「おっ、どうだった?」

「自分の公演があんな感じでまとめられるのは初めてで、しかもそれが雨東先生の文章だからニヤニヤしちゃった。」

「初めてだったっけ?」

「ライブレポートってあんまり書いてもらった記憶がないんだよね。あんなふうにまとめてもらえると嬉しいね。」

「それならこの仕事を受けてよかったな。」

「やっぱり雨東先生は文章まとめるの上手いよね。私にはあんな感じでまとめられない。」

「それは大げさだよ。ちょっと練習すれば誰でも書けるようになるからさ。それに元々の内容が良くないと書きようがないから。」

「そか!嬉しいな。ありがとう!」


 そんな会話をしながらタクシーは羽田へと向かう。汐留から羽田へは20分足らずで着いた。ホテルの部屋へ入り、荷物を置くと未亜が先にシャワーを浴びる。先に寝てしまっていいよと言付けて、俺もシャワーを浴びて戻ってくると未亜はもう深い眠りについていた。よし、目覚ましを付けて俺ももう寝よう。


 翌朝は9時に目を覚ます。未亜も一緒に目を覚ました。


「圭司、おはよう!」

「体調は大丈夫そうだな。」

「うん、ばっちりだよ!ホテルを取って迎えにまで来てくれた圭司のおかげだね。本当にありがとう。」

「どういたしまして。こういうのはお互い様だよ。」

「本当にいい人と出会えたって感謝だよ。」


 洗面所でホテルのガウンから洋服に着替えて、朝食を食べに行く。部屋に戻ってきたら荷物をまとめてすぐにチェックアウトだ。泊まっているホテルは第二ターミナルだが乗る飛行機は第一ターミナルから出発なので移動しなければならない。


 循環バスで第一ターミナルへ向かい、飛行機のチェックインを済ませる。今日の飛行機はジャパンエアーの最上級クラスが予約されているので、ラウンジでのんびりして、搭乗開始とともに案内される。


「……この座席すごいね。」

「本当にすごいな。」


 国際線のファーストクラスと同じというその座席はすごかった。しかもランチに軽食まで提供され、飲み物もグレードが違う。いままで体験したことのない世界にドギマギしながら飛行機は無事千歳に着陸した。


 タクシーの出迎えがあると聞いていたのだけどどうやって落ち合うのかと思っていたら到着口を出たところに「高倉様」と書かれた紙を持っている人が立っていた。声を掛けると行き先も既に理解されていて話が早い。誘導されたタクシーは普通のタクシーでちょっとほっとする。高速に乗ってからしばらく窓の外を眺めていた未亜が満面の笑顔でこっちを向いた。


「北海道、すごいね。」

「初めてだっけ?」

「うん、北海道は初めて。」


 札幌駅に着くとあらかじめ支給されていたタクシーチケットに金額を書いて渡し、ホテルへ入る。太田さんが予約時にアーリーチェックインの依頼をしてくれているのでそのまますぐに部屋へ入れた。


「この角部屋すごい!」


 未亜が感心しているけど、確かにこの部屋はすごい。


「のんびりしたいけど、そういうわけにもいかないのが残念。リハいってくるね!」

「タクシー乗り場まで送ろうか?」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。圭司も仕事を進めて。」

「そか、うんわかった、ありがとう。気をつけてな。」

「終わったらRINEするからご飯食べようね。」


 未亜がリハーサルへと向かった。忙しい一週間だったけど特に問題はなかったな。良かった、大丈夫だ。よし、原稿を進めますか!

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