第80話 ガイディーンの過去【side:ガイディーン】


私は死の間際、病床から息子に語りかける。


少々酷な話かもしれないが、最後に伝えておくべきだと考えた。


それが間違いだったかどうかは、まだ私にはわからない。


いや、そもそも……あの時の・・・・私の決断が間違っていたのかどうか……わからない。


少なくとも私は、息子を持てたことは嬉しく思う。


たとえそれが……どんな人物であっても……。





あれは、私が軍医として戦争に参加していたころのことだ――。


私はまだ若かった。医術に青春のすべてをつぎ込んだ。


そのせいで、いまだに恋愛というものがわからない。だから結婚もしなかった。


そんな私が、息子との生活というささやかな幸せを得られたのは……ある事件がきっかけだ。


「例の捕虜はどうなった……?」


「ダメです。全然よくなりません……」


「そうか、もしダメだったら殺してしまえ……」


「そんな! ダメですよ! 彼女にはお腹に子供もいるんですよ? それに、敵国の者とはいえ、捕虜の虐殺は認められていません!」


私は、無謀にも上官に食ってかかった。


戦争中とはいえ、人の命が軽んじられることを許せなかったのだ。


「まあいいが……それともお前、あの捕虜の女に惚れたのか?」


「な!? そんなわけないじゃないですか! 彼女はあくまで患者です」


「まあ、敵国の捕虜一人につかえる物資も時間もないんだ。せいぜい入れ込み過ぎないようにしろよ?」


「はい……わかっていますが……」


彼女の名前はオーウェーン――敵国の捕虜として、軍事施設に捕えられていた。


異国の女性というものはあまり見たことがなかったのでよくわからないが――といっても、そもそも自国の女性ですら私は免疫がないが――綺麗な女性だったと思う……。


そんな彼女は、妊娠していた。捕えられたときにはわからなかったが、彼女はなんと身ごもっていたのだ。


捕虜としてとらえられたものは栄養状態も、衛生状態も悪く、そんな彼女が病気になるのに、それほど時間はかからなかった。


もともと、傷口からの感染症もあって、彼女の容体はどんどん悪くなっていった。


「すまない。オーウェーンさん。捕虜の健康管理は、軍医である私の仕事なのに……」


「いいんですよ先生。私は敵国の女なのですから、先生は十分親切にしてくださっていますわ……」


私は彼女に、隙を見ては食料を運んだ。妊娠中の彼女には、とにかく栄養が必要だった。


だが限られた物資と時間のなかで、彼女はどんどん悪くなった。


私は深く責任を感じた。どうしても、彼女だけは救いたかったのだ。


もっと私がしっかりしていれば、もっと私が上の立場であれば、もっと私が優秀な医師であれば――彼女を救えたかもしれない。


彼女は、その小さな命を産み落とした直後――それと引き換えるようにして、息を引き取った。


私は深く後悔した。そして、運命を恨んだ。


運命はなんと残酷なことだろう。


この小さな異国人の赤子は――敵国の軍事施設で孤独に産まれ、母の顔すら見ることなく生きていくのだ。


せめて私にできることはなんだろうか……。私は考えた。


この子にはなんの罪もない。ただ、産まれた場所が戦争中の敵国の領土内であっただけだ。


もし上官に預けても、さすがに赤子を殺すことはないだろうが……。


軍の管轄の施設に預けられ、兵士として育てられるのだろうか。


そうすれば、ゆくゆくは生まれ故郷の人々を殺す、殺戮マシーンになるのだろう……。


そんな残酷なこと、私は許せない。ただでさえ残酷な運命のもとに産まれたこの子を、そんな目にあわせたくない。


幸い、私は独身だ。それに、結婚の予定もない。


私の夢は自分の医術ギルドを設立し、それを大きくすることだ。


そして大勢の人間を救うのだ。そこを、息子に継いでもらいたい。


「安心してくださいオーウェーンさん。この子を軍人にはしません。立派な医師に育ててみせます。そして、あなたのような人をなくせるように……。たくさんの人を救えるように……!」



――私はその子供に、自分の名前からとって、ガイアック・・・・・と名付けた。





「以上が……お前の生い立ちだ……。今まで黙っていてすまない」


「……………………」


ガイアックは長い間、沈黙を貫いた。


「私はお前に苦労はさせまいと、甘やかしすぎたのかもな。大学も、私のコネで一番いいところに入れた……。それに、若くしてギルドを任せたしな……。そんな、私の教育が、間違っていなかったらいいのだが……」


「……………………!」


「あ、おいっ!」


ガイアックは、急に家を飛び出て言ってしまった。


ショックだったのだろうか。


今は、そっとしておこう。


一人で考える時間が必要だろうな。


もしかしたら戻ってこないかもしれない。


だがそれもいいだろう。


その時は、私はこのままここで、一人死ぬだけだ……。


「ガイアック……お前の母を救えなくて、すまなかった……」


私の頬を一筋の涙がすべり落ちる。


ああ、これが私への罰なのだろう……。


彼女を救えなかったことへの罰。


身勝手に、他人の子供の運命を変えてしまった罰。


そして、彼の人生をよきものにしてやれなかった罰……。


どうか彼の行く末が、平和なものでありますように……。





ガイディーンの唐突な告白に、困惑し部屋を出ていったガイアック。


彼は何を思い、どこへ向かうのか。


そして、ガイディーンは報われるのだろうか……。


次回、ガイアックがガイディーンを救うためにとった行動とは――!?

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