第76話 復讐【side:ガイアック】


死にたくない。

死にたくない。

死にたくない。


「あ――死んだわ、コレ」


俺は死を覚悟して、目を瞑る。


一瞬の出来事が、何時間にも感じられた。


これが走馬灯というやつか……。


俺が今までにやってきたことが頭の中を駆け巡る!


それは悪行につぐ悪行の数々で……。我ながら目に余る光景だ。


死ぬときになって、ようやく後悔を覚えるなんてな……。


きっと俺は地獄ゲヘナへ落ちるのだろうな。


俺がここで死んだら、病気の親父はどうなるのだろうか……。


最後まで親不孝な息子だったな……。


すまない、親父……。


俺は生きたい!!!!


そのときだった――。



――火炎小球ファイアボール!!!!



どこからともなく、そんな叫び声とともに、火球が飛来した。


火球はグリズリーを直撃し――魔物はあまりの熱さに逃げていった……。


俺は助けられたのか……? 運がいい……。


あれだけ死を覚悟したのに、まだ生を許されるなんて。


でもいったい誰が……? まあこの際誰でもいい。それが悪魔だろうが。


助けられたのは事実なのだ。感謝の思いがあふれてくる。


こんな俺が人に感謝をすることがあるなんてな……。


まあそれだけ俺が生を願っていたということだ。


俺はとりあえず、その場に跪いて頭を地面に擦り付ける。


腕が死ぬほど痛むが、お礼を言うのが先だ。


俺は腕が無くなった右肩を、左腕で抑えて、涙を必死にこらえながら、嗚咽交じりに言う。


「ど、どなたかは存じませんが……危ないところ、お助けいただき……ありがとうございます!! おおお、俺の命に代えても、このお礼は必ず……!」


我ながらみっともない姿だと思う。腕を失い、死にかけている男が、涙交じりに土下座を披露している姿……。


こんな姿、俺のことを知ってる奴に見られでもしたら、自殺ものだな……。


だが今はそんなことはどうでもいい。まだダンジョンから無事に出られると決まった訳ではないのだ。


知らない人にどう思われようが、今は我慢だ……。


そう俺が思っていたところ――。


「ガイアック……あなたにもお礼を言うことができたんだね……。まったく、普段からそうやって感謝をしていれば今頃……」


俺を助けてくれた見知らぬ冒険者は……そう言った。


は? なぜ俺の名前を知っている? まさか……!


俺はそこでようやく顔を上げ、声の主を確認する。


「……なっ!? お前は……、ぽ、ポーション師――ヒナタ・ラリアーク!?」


「そうだぜ! 俺たちがヒナタさんに救助を求めたんだ!」


ヒナタの後ろで、首狩りのトモが自慢げにそう話す。


そんなポーション師の横で、呆れた顔を向けているのは……こいつは確か……勇者か……?


でもなぜこいつらがこんなところに? いや、そうじゃない。問題はそこじゃない。



――俺はポーション師なんかに助けられたというのか……?



あの忌々しいポーション師のヒナタ・ラリアークに?


そんな屈辱的なこと、許せない……!


「くそ……俺は……、お前なんか・・・・・に助けられたというのか……!? 俺が捨てたはずのお前に……!? くそ……クソ……!」


俺は悔し涙を流しながら、その場に崩れ落ちる。


腕の痛みも相まって、涙が止まらない。体中から汗が噴き出る。


俺は一生、コイツに救われた命で生きていかねばならないのか……!?


「僕なんか・・・で悪かったね……。というか……腕がちぎれてるじゃないか……! そんな状態でよくしゃべるな……。動かないで! 今治療を……」


ヒナタは何食わぬ顔で、俺に近づきポーションを使用しようとしてくる。


こいつ……俺が憎いんじゃないのか!? 俺なんか恨むにも値しないというわけか? 舐められたものだな。


「やめろ! これ以上俺の身体を穢すな! 触るんじゃねえ!」


俺はヒナタの手を払いのける。こいつの偽善にはうんざりだ。


「いや、ダメだ。そのままだと出血で死んでしまう……!」


ヒナタは俺の腕を無理やり治療する。俺はけが人だし、空腹や疲労で抵抗もろくにできない。


くそ……。悔しい。屈辱的にもほどがある。なんでこんなやつに……!


「よし、これでとりあえず血は止まったかな……」


「もうやめてくれ! 俺をほっといてくれ! そんな目で俺を見るな!」


こいつらが俺に向けているのは、憐れむような目だ。ホームレスになにか施してやるような、そんな目だ。


明らかに俺を見下し、保護しようとしている。そんなの、まっぴらごめんだ。


俺はガイアック・シルバ――気高く生き、気高く死ぬ男だ……!


こんな中途半端な生きざまは……クソだ!


俺は命が助かり安心したのか……そこで一旦意識を失った……。





【side:ユーリシア】


私とヒナタくんは――非常にしゃくに障るが――ガイアックを助けにダンジョンへやってきた……のだが……。


まったく、このガイアックという男は……。ぜんぜん反省しないな。


さっきからヒナタくんが助けてやっているというのに……お礼を言うどころか文句ばっかりだ。


「なあヒナタくん……こんな奴、もうほっといてさっさと帰ろう。本人もああいってるんだ」


ガイアックの今の姿ときたら……まるで駄々っ子だ。


「そうもいきませんよ……。気を失ってしまっているようだし……このまま置いてはいけない」


まったく、ヒナタくんのお人よしにも困ったものだよ……。


困った人がそこにいれば、それがどんな悪人でも、放っておけないのだろうな。


私なんかよりよっぽど勇者にふさわしい人格の持ち主だ。


「大丈夫ですよヒナタさん。あとは俺たちが何とかします。俺たちが責任をもってこいつを家に連れ帰りますよ。ヒナタさんは勇者さんとゆっくり帰ってください」


そこで声を上げたのが――首狩りのトモだ。元はと言えば、これはトモとゲインとガイアックの問題なのだから、当然のことだ。私とヒナタくんは、関係ない。


それにしても、この男……なかなか気が利くじゃないか。私の思いを察して、ヒナタくんと先に、2人きりで帰らせてくれようとするなんて。


「そうですか? じゃあお願いします」


よかった。ヒナタくんがすんなり受け入れてくれて。


「よし、じゃあぼくとヒナタくんは先に失礼するよ」


ガイアックの顔なんて、これ以上見ていたくもないしね。





帰り道、私はヒナタくんに問いかける。


「どうしてガイアックを助けたんだ……。ぼくはいまだに、ヒナタくんの行動がわからない。そりゃあ、ぼくは勇者だし、ぼくでも彼を助けたとは思う……よ。でも……ヒナタくんは別だ。君が彼を助けなきゃいけない理由なんて、どこにもないんだよ?」


ヒナタくん……君は……これにどう答える?


「彼をまだ死なせるわけにはいきませんよ。彼にはまだやることがある……。親父さんを、ガイディーンさんを独りにさせるわけにはいきません。それに、ガイアックにひどい目にあわされた人たちがたくさんいる……。彼に償いを期待するわけではありませんが……とにかく、まだ死んじゃいけない」


なるほどね……。ガイアックがいくら死を望んでも、ガイアック被害者たちがそれを許さないだろうというわけか。


たしかに、あんなひどい男、死なんかでは生ぬるいのかもしれない。


死は一種の救済ともいうしな。まだまだ彼は現世で苦しむ必要があるのかもしれないね……。


私はそう思うことで、自分の気持ちに折り合いをつけた。きっとヒナタくんも似たような感じなのだろう。


きっとガイアックにとっても、ヒナタくんに助けられるということは、死よりもよっぽど屈辱的なことだろうし……。


ある意味、ガイアックを助けたことで、ヒナタくんの復讐は成ったのかもしれないな。


ギルドを出る前、過去と決別すると言ったのはこういうことだったのかな。


「これがヒナタくんなりの復讐というわけだね……」


「さあ、どうでしょう? まあ、僕には直接彼をどうこうしてやろうなんてのは似合いませんしね……。今回のことで、彼が少しでも丸くなればいいんですけどね……周りの人の為にも」


「まったくヒナタくんにはいつも驚かされてばっかりだよ」


まあガイアックが改心するところなんて、私は想像もつかないけど……。


でもヒナタくんはそれさえも信じているんだろうね。


彼はいつも前向きで、人のことを決して悪くとらない。


そんなところに私も……惹かれたんだ――。

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