幻談録

樫亘

キツネ石

 肝試しをすると言うので、私は仏塔のある寺まで連れてこられた。

 その寺はどうやら神宮寺らしく、とある神社の上社に位置していた。山の麓にあるその神社はちょうど湖を挟んで上社と下社に分かれていて、仏塔に登れば山と湖を一望できるらしい。

「一体何が出ると言うのだね」

 来る途中で誰かがそんなことを言った。

「何ってお前さん、ここと言ったらあれしかねえよ」

 誰かが返した。

「やっぱりあれかね」

 表の石畳を歩きながらそんな会話を聞きいていたが、一体何の話をしているのか私には皆目見当もつかなかった。

 参道の両脇には木立があって夜の静寂しじまを囲んでいた。時折草木の間からカサカサと何かが這い回る音が聞こえたり、暗闇の中にキラキラ光って見えるものがあったが夜の神社では特段不思議なことではなかった。

 ただ一つおかしく思ったのは、雨が降った訳でもないのに枝の先々から何かがしきりにしたたり落ちているようなのだ。最初はしずくかと思ったが、それは灯籠の火を反射してぬらぬらとした気味の悪い光を放っていた。その光は枝からスルスル伸びてそのまま地面に落ちていくのである。これが木立のあちこちにある。をかざして目を凝らすと、それには先に赤い点が二つ付いていてその間から舌のようなものがちろちろしていた。凄まじい数の蛇が木々から滑り落ちているのである。

 しばらくすると仏塔が見えてきた。よくある五重屋根の塔で背はそれほど高いようには見えない。

「ここだよ。この塔の一番上に上ってキツネ石を取って来るんだ。簡単だろ」

 そう言うとそいつは袖から石の見本を取り出して見せた。綺麗な色をしていて、見ただけでは本物の翡翠ひすいと見分けがつかないほどだった。

 いつの間にそんなものを用意したのかと関心していると、突然背中を叩かれた。どうやら私が最初の順番らしい。

 仏塔の入り口へ来ると傍に鉄の輪が重ね置かれていた。たくさん重ねられており、はたから見ると瓶のようになっている。中を覗き込むと白蛇と赤蛙がたわむれているのが見えた。不思議なこともあるのだなと思うと同時に、その蛇は先ほどの参道にひしめいていた蛇の一匹に見えた。

 塔の中は酷く古びていて、かびと腐った木の匂いがした。さっさと終わらせたいと思った私は、急勾配の階段を早足で上がった。木製の階段は踏みしめるたびに耳障りにきしんだ。

 二階ほど上ると中央の柱の傍に台があって、そこにキツネ石らしきものが置いてあった。だが、その石は何か妙だった。色が翡翠色ではなく、鮮やかな赤色なのだ。はなはだ疑問に思い、窓かられの奴らに確認を取ろうとしたのだがそこには誰もいなかった。慌てて四方の景色を確認したが連中はどこにもいなかった。

 代わりに外に見えたのは着物を着た一人の女の姿だった。遠過ぎて顔はよく見えないが知らない人だと思った。その女は夜風に長い黒髪をたなびかせながら、じっとこちらを見上げていた。両手を前に置き、連なる峯を背に微動だにせずにいるのだ。

 少し気味の悪くなった私は急いで下った。一階、二階、三階、……、妙だ。

 私は今、何階にいるのか分からなくなってしまった。下っても下っても出入口が見えない。窓の外を見ても高度が変わっているようには見えない。そこに見えるのは風鐸ふうたくと共に髪を揺らす女の姿だけ。じっとこちらを見つめる女の姿だけ。

 途方に暮れた私は塔の中を見渡した。すると隅に一具いちぐの弓と矢があるのが目に入った。これまた古そうなもので、矢尻なんかは錆びてしまっていた。

「仕方がない」

 ため息まじりにそう呟くと、私は矢をつがえた。

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