第7話 業界用語は難しい

「眠い。ふぁ」


 朝のギルドを前にティアがあくびを盛大にします。


「企業戦士は眠いなどと言ってはならないのです。ナノマシンをフル稼働させなさい」


 私もナノマシンに活を入れようと思います。

 タイムカードよ来い。

 おー、皆勤が続いています。

 この調子で何年でも皆勤を続けますぞ。


 体にナノマシンが満ちていくのが分かります。

 ティアは相変わらず眠そうです。

 ナノマシンの恩得がないのでしょうか。


「ティアさん、ナノマシンを体の隅々まで、行き渡らせたりはしないのですか」

「ふぁー、えっ、魔力を循環させろって事。そんな事できる訳が……あれっ、できる。何で?」

「ティアさんは良い先輩に恵まれなかったようですね。仕事スイッチを入れれば、企業戦士は無敵なのですよ」

「確かに魔力の循環なんて教わってないけど、こんなに簡単に出来るなら、みんな知っているはず」


 ティアはぶつぶつ言って納得してないようです。


「薬草採取に行きますよ」

「ええ、眠気も魔力の循環で覚めたわ」


 まずは、大剣の換金です。

 カウンターに辛うじて載りました。


「換金お願いします」

「あなたの事をますます好きになりそう。分析アナライズ。魔力がこもった良い剣ね。これは溶かして魔剣の材料かしら。金貨80枚でどうかしら」

「それでお願いします」


 剣の換金は終わりました。


「半分も分け前をくれるなんて、ちょっと罪悪感が」

「現場監督なんて立っているだけの人ですが、給料は人一倍もらいます。かれらは責任を背負っているのです。昨日のあなたも仕事の責任を背負っていたでしょう」

「まあね。命を賭けて臨んでいるわ。昨日も逃げ出す気はなかったわよ」

「それなら胸を張っていいのでは」

「そうね」


 薬草の依頼書を取っていつも通りマニュアルを確認します。


「なにっ? 手引書なんて物があったの。こんなのがあるなんて」

「マニュアルは大抵用意されてます。ただ言わないと出て来ないのですよ。担当者が秘匿している事もあります。そういう場合は酒で口を軽くして、色々と弱みを握ればこっちのものです」

「あなた、なんというか危ない人なのね」

「仕事の効率化に手段は選べません。雑談は歩きながらでも出来ます。さあ、行きますよ」


 歩きながら色々な仕事のノウハウを聞き出します。

 なるほどパスワードの種類は沢山あるようですね。

 メモ帳を手に入れないと。

 売っている場所はティアも知らないようです。

 そう言えば、文書作成のアプリはないのですか。

 ナノマシンに記憶させておけば問題ないと思います。

 それをメモ代わりに使えないでしょうか。


 それと、ナノマシンを付箋代わりにできないのでしょうかね。

 何かやり方があるはずです。


 森に着くとさっそく緑の人がお出迎えです。


「ゴブリンね。倒すわよ。半分お願い」

「地域住民の方ではなかったのですか」

「説明は難しいわ。あれっ、ゴブリンを倒すのはなんでだっけ。そうよ、こいつら人食いだから」

「そういう、地域住民の方ではないのですか。人食いは褒められた文化ではないですが、地域によっては存在してたらしいですから」


 分かりました彼らは遺伝子改造の失敗作ですね。

 この国では色々な遺伝子改造が行われているようです。


「変ね。襲ってこないのは何故かしら」

「彼らとは分かり合えたのです」

「もしかして、テイムしたの」


 また知らない業界用語です。


「どうでしょうか」

「命令すれば、はっきりするわ」

「では、整列」


 ゴブリンという方々が整列します。


「あんた、テイマーだったの。それにしてはおかしいわね。従属紋がどこにもないわ」


 また業界用語です。

 おっさんはついて行けそうにないです。

 ここで根掘り葉掘り聞くのは素人です。

 分からない事があったら本などで調べてから、人に尋ねるというのが玄人です。


「それは勉強してからという事でひとつ」

「まあいいわ」


「そうだお土産があるのでした。さあお上がり。順番ですよ」


 収納バッグから露店の食べ物を出して手渡していきます。


「何だ、餌付けしてたのね。でも、凄いわ。この状態まで行ったなら簡単にテイムできそう」

「検討して答えを出したいと思います。一時社に持ち帰らせてもらいます」

「そうね。よく考えないとね」


 食べ終わった彼らの一人が赤いあの石を渡してきました。

 前のより大きさはだいぶ小さいですが、鉱脈があるのでしょうか。


「魔石を持って来させるようにテイムなしで調教したの。あなた変態ね」

「彼らの善意なのですよ」


 それよりまた業界用語です。

 魔石ですか。

 調べる事が増えました。


 薬草を一本見つけたら、なんとゴブリンの方々が手伝ってくれました。


「ほんと変態だわ。ゴブリンに薬草採取仕込むなんて、信じられない」

「これも自発的な行動です。ゴブリンの方々は有能ですね。下手な新人より使えます」

「まあ、これだけ仕込めばね」


「時間がだいぶ余りました。私は仕事関連の書籍を調べたいです」

「それなら本屋ね。道を教えてあげる。私は宿に帰って休むから。あんたについて行くのは大変だと分かったわ」


 門の所で彼女と別れました。

 彼女の姿が見えなくなったと思ったら駆け足で引き返してきます。

 何事でしょう。


「あなたから離れたら、魔力の循環が物凄いし辛くなったのよ」

「ええと私のやる気が伝染したのでは」

「何か出してるに違いないわ。きっと変態エネルギーね」

「社畜エネルギーと呼んで下さい」


「呼び名はどうでもいいけど、あなたを研究したい気分だわ」

「休まなくていいのですか」

「そうね。さっき循環が切れたらどっと疲れが出て来たわ。よく眠れそう。じゃ、墓場の警備で」

「ええ、お疲れ様でした」


 ナノマシンの循環とやらをすると疲れないようです。

 私は催眠学習で知らず識らずのうちにしていたようです。

 彼女にやる気が伝わったのは、ナノマシンを介して私の意思が伝わったのかも知れません。

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