第45話

 それからも展開し、時には脇道にそれるマオ先生の授業をBGMに、俺は馬車に文字通り揺られた。

「べーつに無理して強くなることないんじゃないの」


 到着した馬車から崩れ落ちるように這い出た俺の後ろからミツルが顔を出した。吐くならもう少し離れたところでやれ。ここは俺が先に見つけたベストスポットだ。

「マオが十分強いんだから。苦労することはないでしょ」


「最初から育成諦めて捨てゲーするやつがどこにいるんだよ」

 俺は腕で雑に口を拭ってから言った。

「こっからお前、あれだ、なんかあれして、めちゃくちゃ強くなるから、きっと」


「ホントーにそう思ってる?」

「…………」

「割ともう投げてんじゃねーの?」

 ミツルは青い顔して座り込む。

「アーシがお情けで武器あげたんだから、もうそれで満足すれば」

 ギャルは天高く浮かぶお天道様を見てなにを思うのか――まあ何も思ってないな。


「俺は魔王を倒して世界を救う勇者だぞ」

「あほらし」

 それだけ言って、持ち直したらしいミツルは馬車の方へ戻っていった。


 あいつの言いたいことはわかるし、一理あるのだ。

 魔王討伐だの勇者だののたまっているが、それは『そういう物語』がテンプレになっているからだ。なんの因縁もない魔王倒して何になるというのか。とりあえずなんかやってます感出してるだけだ。でも、それでいいじゃないか。そういうありきたりな物語に身をゆだねて何が悪いんだ。みんな、『そういう物語』に夢中だろ。わかりやすい巨悪に立ち向かい倒す英雄。そして世界は救われめでたしめでたし。なんの問題もないケチのつけようのない素晴らしい物語だ。


 俺は到着した街を見上げる。一度も来たことはないが、既視感がある。

 宗教都市トルカ。

 トモノヒ教の総本山。


「あの、ここって」

「あれ? 言ってなかった? 俺はトルカまでの便担当」

「でも地図だと、エマスラからならもっと中央寄りのルートがいくつか」


 楽しそうな様子が一転、マオは浮かない顔で地図を開く。無理もない。荷馬車の中じゃ窓なんてないから外は見えないし。いざ次の街と降りたら、そこがトラウマのある場所じゃな。


「いつもならそれでもよかったんだけど。例の魔王討伐軍のゴタゴタでね」

「……魔王討伐のためにいくつかの街が合同で戦力を集めたという、あれでしょうか」

「ああ。それで交通網はまずズタズタ。無理な強行軍でうちの組合も馬車は取られるし流通スケジュールはめちゃくちゃ。道も荒れ放題。そこにあの〝炎獅子えんじし〟が来ちまったからな」

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