第8話 部活動
オタクとしてフッ軽な土花、部活掛け持ちの白鬼先輩、友人との関係もある愛雲、神出鬼没の淀見さん、バイトをしている俺と、アニメ同好会の部員全員が揃うことは珍しい。
が、ないことでもない。
アニメ同好会が大きく進展しようとしていたその日に全員が集まっていた偶然を運命と呼びたくなるのは、何かと二次元展開にしたくなるオタクの性だろう。
「みなさん、我々が活動するときが来ました!」
「いや、別に聞こえてないとかじゃないから。意味がわからないだけだから」
もっと言うとわかりたくない。
活動? 布教でもするのか? 恥ずかしいから是非ともやめてほしい。なぜ自ら趣味嗜好性癖を晒さなければいけないのだ。
俺含め、どうせいつもの奇行だろうと興味なさげな面々に、土花は再び声を上げた。
「アニメ同好会は、今年の文化祭に参加します!」
そうかそうか、文化祭ね。うんうん。
「はっ?」
愛雲はスマホをいじる手を止め、白鬼先輩はポカンと口を開け、淀見さんはあわあわと視線を彷徨わせていた。皆、動揺していた。
「……一から説明を頼む」
「先程、顧問の先生に呼ばれたんです」
中略。
順序立てて話し始めた内容を要約すると、こうだ。
「つまり、廃部になりたくなきゃ公式の活動記録を残せと?」
「はい。なので文化祭で出展します」
なぜさも決定事項かのように言う。俺らに決定権ないのか。
けど、いつかはくるだろうなと思っていた。むしろ、日がな一日好き勝手し始めて一年、何も言われなかったのが不思議だ。何してんだあの顧問は。
「文化祭以外にもやりようがあるだろ?」
「例えば、何かありますか?」
「淀見さん、何かないか?」
「わっ、わたしですか……? えと、ええと……! あっ、と、図書室にラノベを置いてもらうとかどうですか?」
「すでに置いてますから、活動と呼ぶには薄いですね」
「演劇部と合同でアニメを脚本にするとかどうかな?」
「案としてはありですが、演劇部としての活動もあるでしょう」
「いっそ廃部になったら? 部がなくなったって理由なら強制の効果もないでしょ」
「設立の苦労を忘れたのですか!」
「いや知らないし……」
「学外のイベントに参加するとかじゃダメなのか?」
「せっかくの高校生活なんです。高校生らしいことをしたいじゃないですか!」
二次元展開を現実に求めてはいけない。
ハーフの金髪碧眼美少女が転校してくることも。
裏では暗殺業に加担している女子に目をつけられることも。
ヒロインと幼馴染と先輩と後輩のハーレムが起こることも。
ない、断じて。
……と、言い切れないのが土花加古という女子だ。
二次元展開は起こらないなら自分で起こせばいいじゃない、と。
何処ぞの傲慢王妃のパロディみたいだが、理屈は通っている。だがしかし、物理的には可能でも、精神的な躊躇があるゆえに誰もしないのだ。だから結果として、現実で二次元展開は起こらない。
しかし、それを可能にしてしまうのが土花だと、俺は身をもって経験している。
「じゃあなにするんだ?」
待っていましたとばかりに、土花はドヤ顔を浮かべた。
「ボイスコミックを作ります!」
「あれか、漫画に声優さんが声当てしてるやつ」
「その通りです!」
なに言い出すかと身構えたが、意外に現実的な案だった。
偶然にも、偶然すぎることにも、アニメ同好会には様々な分野に特化したオタクが集結している。なんか裏で操っている悪役がいそうで怖いんだが、大丈夫だよな。
して、ボイスコミックとな。
脚本は土花。
漫画担当は淀見さん。
声当ては白鬼先輩。
「俺と愛雲は?」
ただのオタクとオタクですらない陽キャが一人ずつ。
「まとめ役です。部長として私がやってもよかったのですが、書き始めると周りが見えなくなるので、仕事のない二人が適任かと」
そうだろうな、周りどころか常識も倫理観も見えなくなるもんな。
「何か質問はありますか?」
「やっぱり、手間がかからないか? 文化祭で一枚噛みたいなら他にも、」
「質問は受け付けていますが、異論は受け付けてません」
「うちの部、こんな部長権限強かったか?」
「部長ですから」
「質問です部長」
「なんですか、下っ端A」
やっぱり格差社会が!?
「他の方々はどうですか?」
「うん、面白そうだし僕はいいよ。演劇部との兼ね合いになるけど」
「副班長的な仕事なら楽そうだし、夏津にやってもらうからオッケー」
「え、えっ……わ、たしは……!」
一斉に集まった視線に縮こまる淀見さんは、圧力に負けるように小さく頷いた。
「では、決定です。次回に脚本の案を幾つか持ってくるので、来れる日時をグループに送っておいてください」
それで、その日は解散になった。
真っ先に愛雲が去り、練習があると白鬼先輩が続いて、土花はいつの間にか消えていた。
淀見さんはどうするのかと振り向くが、姿がなかった。
「せ、先輩ぃ……」
と思ったら、床に頽れていた。
「どうしたそんな死にそうな声で」
「どうしましょう……」
「ボイスコミック、やっぱり嫌だったか?」
「嫌とか嫌じゃないとか以前に……できないんです」
「できないって、どうして?」
「だってわたし、はっ、はだ、はだはだはだだだだだ……っ、……あううううう……!」
「落ち着いて、落ち着いて淀見さん!」
涙をボロボロ流し出す淀見さんを必死に宥める。
そうだ。そうだった。
淀見さん全裸しか描けないんだった。
さすがに十八禁コミックを文化祭で頒布するわけにはいかない。
「やっぱり、内容変えてもらおう」
「わたしの都合で、廃部にさせるわけには……」
「いや他に方法いくらでもあるから」
「でも皆さんやる気でしたし……」
たぶん、周りが許しても自分で自分を許せないタイプなんだろう。
しかし、そうなるとどうすればいい?
十八禁コミックなんて頒布したら即指導、下手すりゃ停学処分だ。
考えていると、服の袖をくいくいと引かれた。
立ち上がった淀見さんの顔が少し近くなる。
「その、お願いが、あるんです」
「なんだ?」
細い喉がこくりとなる。握りしめた手に力を入れて、意を決した様子で顔を上げた。
「つ、付き合ってくださいっ!」
「えっ?」
「えっ?」
お互いに沈黙すること数秒。淀見さんの顔が真っ赤に染まった。
「………………あ、ちち違います! そのっ、買い物に、です!」
「あ、ああ、なるほど」
当たり前だ、今のどこに告白だって思う要素があったんだよ。
「服、買って、勉強します……なので、そのための買い物に」
こうして、淀見さんとの初デー……じゃなくて、買い物が決定した。
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