たまたま起きた奇跡

 偶然とはかくも恐ろしいものである。


 普段は歩かない街を、たまたま歩いていたとき。

 初めて訪れた街の、初めて歩く通りで、別れて以来一度も会うことのなかった元彼を見つけてしまう。

 一億人以上の人がいる中で、この広い日本の中で、たまたまここで二人出会ってしまう奇跡。


 しかも私は昨日彼氏と別れたばかりの絶賛傷心の身の上。

 神がかった何かを感じる絶妙のタイミングである。


 通りの向こう。

 彼が顔を上げた。

 私に気付いた。

 私に向けて手を振った。


 私は反射的に手を上げた。

 彼の顔に笑みが浮かぶ。

 こんなに素敵で柔らかい笑い方をする人だったっけ。

 私の胸が暖かくなる。

 目頭が熱くなる。

 彼の名前を呼ぼうとした。

 そのとき。


 私の少し前を歩いていた女性が、小走りで彼の方に駆け出した。

 彼の顔が一層緩む。


「会いたかったよ」

「私も」


 私は、上げた手を下げるタイミングを計りかね、しかし恥ずかしさから顔をそむけた。

 そのとき。


 私の上げた右手に反応し、タクシーが路肩に止まり、扉を開いた。

 

 そう。私は最初からタクシーに乗るつもりだったのだ。

 そう自分に言い聞かせ、タクシーに乗り込んだ。


 まさかそのときのタクシーの運転手と、数年後結婚することになるなんて。

 本当、人生何が起こるか分からないものである。

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