神頼み

 漫画家の卵である夫が、ようやく週刊雑誌に読み切りを載せてもらえることになった。

 夫はここが正念場だと鼻息を荒くし、作業部屋に籠りきりで奮闘している。

 私はその邪魔にならないよう、また重圧プレッシャーを与えないよう、細心の注意を払って様子を見ていた。


 締め切り前日のある朝、夫は部屋から飛び出してきて、こう言った。


「ベレー帽を買ってくる」


「ベレー帽?」


 全く意味が分からず問い返す私に、夫は充血した目を見開き、詰め寄る。


「俺の原稿が上手くいかないのは、きっと先人への敬意が足りないからだ。ベレー帽を買ってくる。そうすれば天才漫画家になれるはずだから」


 私が言葉を失っている間に、夫は家を出て行ってしまった。

 取り残された私は一人、深い深い溜息を吐いたのだった。

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