【コミックス2巻発売!】追放された聖女ですが、実は国中から愛されすぎてて怖いんですけど!?【3巻発売中】

榛名丼

第1話.私は嫁き遅れだそうでして

 


「イヴリン、お前はもう不要だ。即刻この国から出て行け」



 その言葉の意味を理解するまで、数秒を要したと思う。

 つまり数秒の間、私はけっこう間抜けな顔をしていたんだろう。


 そう冷たく告げた第一王子――アレックス殿下は、口端をにやにやと吊り上げていたし……そんな殿下と腕を組む私の妹のメアリは、噴き出すのを堪えるためか片方の頬をまんまるく膨らませていたし。

 そんなふたりのアホ面を見て、さすがに私も無表情を取り戻したけど――でも、騒ぐ心臓の鼓動は治まりそうになかった。


 私が五歳の頃から住んでいる大神殿。

 大がかりな儀式や祭祀の際にのみ使われる神聖な空間である大広間で、こんな言葉を言い渡される日が来るとは思ってもみなかった。


 何とか声が震えないように気をつけて、私は殿下に訊く。


「……出て行ってもらうとは、どういう意味ですか?」

「どういう意味も何も――自分でも理解しているんじゃないか? お前の魔力は日に日に弱まり続けている」

「…………」


 その指摘に、私は思わず黙り込む。

 そう。私自身、感じてはいたのだ。


(以前は日没まで、祈りに集中することが出来ていたのに……最近は、それが難しい)


 その数時間前になると、酸欠状態というか――ふらついて、まともに祈りの姿勢を組むこともできなくなるのだ。

 私が沈黙したからか、アレックス殿下はますます調子づいたようだった。


「お前はすでに、聖女としての能力を失いつつあるということだ。そしてお前の代わりに、メアリが聖女の役割を引き継ぐ。異論無いな?」

「メアリが……?」


 もともと、私とメアリの生家であるサフカ家は、聖なる力を持つ女性が生まれやすい家系とされる。

 だけどメアリの魔力は生まれつき、あまり強くはないと聞いたことがある。


 そう思って視線をやると、私にとっては年の離れた妹であるメアリは――怯えたようにわざとらしくアレックス殿下の背中へと隠れた。


「怖いわお姉様。そんな風に睨まないで!」

「やめろイヴリン。メアリが怖がっているだろう!?」

「アレックス様っ、恐ろしい姉からあたしを守ってくださいますか……?」

「当たり前だろう。君こそオレの愛する人なんだから!」


 ……目の前のこれは何かのコントなのだろうか。

 もはや溜め息も吐けない。


 だが、かれこれ二十三年間ほど聖女として生きてきた以上――訊くべきことは、訊いておかなければならない。


「メアリ、あなたはこれから聖女としてこの国を守っていくのよ。その覚悟はあるの?」

「……お姉様が何を言ってるか、よく分からないわ」

「それじゃ困るのメアリ。あなたは責任ある立場の人間として――」

「そこまでだ、イヴリン」


 しかし私の言葉はアレックス殿下によって遮られた。

 何のつもりかと見れば、殿下は肩を大きく竦めて……私のことを、虫でも見るような目で見下ろしていた。


「魔力が弱まったあげく、嫁き遅れ……優れた妹に嫉妬しか出来ないとは、何とも哀れな女だ」


 私は絶句した。

 アレックス殿下の言い草があまりにひどかったからだ。


 確かに、この国の女性の適齢期は十五歳から十八歳ほどではあるけど。



(嫁き遅れって……それ、昨年あなたが私との婚約を破棄して、妹と婚約したせいですよね?)



 決して、円満な婚約解消ではなかった。

 というのも、ある日唐突にアレックス殿下に呼び出された私は、彼の部屋へと赴き――そこで、口づけを交わしているふたりの様子をまざまざと見せつけられたのだ。


 そしてその場で、嗤いながら婚約破棄を告げられた。

 あれほど屈辱的な思いをしたことは、他に無かったと思うほどに。


(私には一度だって、触れたこともなかった)


 所詮、政略的な婚約関係だった。

 そんなことは分かっているし、アレックス殿下に特別に好意を抱いていたわけでもない。

 だけど……傷ついたのは事実だ。


 気がつけば、私は周囲から傷物扱いを受けるようになっていた。

 当たり前だ。王子と聖女の婚約が破棄されるなんて、過去の国の歴史を振り返っても一度も無かったことなのだから。


 それに神職に就いている以上、私に婚約を申し込める人物は――その気のある人物が居たかは別として――かなり限られるのだ。

 基本的には王族のみ。それも未婚の人間に限定される。


 辛いことがあっても、聖女の役割に邁進することでどうにか乗り越えてきたが……その役目も奪われた以上、もう私には何も残っていない。

 そんな私に追い打ちをかけるように妹のメアリがヒステリックに叫ぶ。


「お姉様、お可哀想……! これからもひとりで惨めに生きていくなんて!」

「メアリは優しいな。こんな姉にも同情してやるなんて」


 もはや、この場でふたりのコントを聞いている心の余裕が私には無かった。


「それでは失礼します」


 まだ後ろでアレックス殿下とメアリは何か言っているようだったが、聞こえない振りをして立ち去る。


 一度、部屋に戻ろうかとも思うが……私には、私物らしき私物が無い。

 そして聖女には賃金の類は発生しない。つまり無一文ということだ。

 戻ったところで時間の無駄のように思えたし、またあのふたりと出くわしたら堪らない。


 そう思った私は、大広間を出てそのまま大神殿の出入り口へと向かって歩き出した。


 より正確に言うならば、そのとき私には冷静な判断力というのがまるで無かったのだと思う。

 頭の中が熱されたように、思考はグルグルと空回転していたし、目の前の景色は歪んでいたし、それにいつまでも――浴びせられた言葉が、反響している。



(……『お前は不要』、『嫁き遅れ』……か)



 知らず知らずのうちに。

 瞳からは涙がこぼれ落ちていた。


 ようやく気がついた私はそれを、服の袖で慌てて拭う。


(良かった、誰にも見られてない)


 アレックス殿下が人払いしたのか、廊下に神官の姿がひとりも無いのは不幸中の幸いだった。

 出入り口にさえ人気がないのは不安だったが、恐る恐ると外に出てみると――私の心情などどうでも良いと言わんばかりの青空が広がっていて。


 ちょっとだけ笑えてきて、でもうまく笑い声は出なかった。



(……さて、これからどうしよう)



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