第15話「取り調べと動揺」


「まさか、逃げた被疑者を一人で捕まえるなんて、流石鷹見警部です!」


「いや、わたしは何もしてねぇよ。協力者のお陰だ」


「協力者ですか……?」


「後でチキンにも紹介するよ」


「誰がチキンですか!? お願いします」


 とはいえ、向こうは既に二和の事を知っているという不思議な状況ではあるが……。

 わたしも二和もこの事件の担当になった以上、これからまず間違いなく力を借りる事になるだろう。

 だからこそ、話せる範囲で情報を共有しておいた方がいい。


 まぁ、今はそれよりも……。


 取調室の中で自分のアゴを摩る林道を窓ガラス越しに見ながらため息をつく。


 正直、逃げ出した手前捕まえるしかなくなったが、どう事件と関与しているかまだ何も分かっていない。

 証拠も何もない以上、今日中に林道は釈放されるだろう。


 そもそも何故こいつは急に逃げ出したのか?


 相田利奈の話を聞きにきたと言ったわたしから逃げ出すことが、自分の首を絞めることになる事くらい考えれば分かると思うが……。


「で、林道について何か分かったことは?」


 今ここで悩んでいた所で、答えが出るわけではない。とりあえず少しでも情報を頭に入れよう。


「あっ、はい。名前は林道誠二。林道総合病院の院長の次男で、その院長の息が掛かっているからか、林道はあのクリニックの院長を任されていたみたいです」


「なるほど。他には?」


「かなり金遣いが荒く、遊び歩いていたみたいですね。いい噂もあまり聞かない、まさしく金持ちのイヤな息子って感じだったと。少ない情報収集の中でも複数の証言があったので相当だと思います」


「すげぇな。もうそこまで調べたのか」


「今時SNSでも何でも、情報を収集する為の手段はいくらでもありますからね。特に林道に関しては金をばら蒔いて遊んでくれるって感じで、一部では有名人扱いでしたし」


「短い時間だったのに助かった。ありがとう。じゃ、行くか」


 前回と今回、2つの事件の資料を持って、林道が待つ取調室の中に入る。

 調書を取る為に、二和もわたしの後ろに続いて入り、先に席へと座った。


 こいつが事件の犯人か、それとも協力者か、もしくは関係する情報を何か握っているのか、今はまだ分からないが、この取り調べで手掛かりだけでも掴みたい。


 ゆっくりと林道の対面に座り、話を始める。


「林道誠二さん、あなた何で逃げたんです?」


「お、俺は何も知らねぇ」


「なら、何でわたしから逃げる必要があったんですかねぇ?」


「そ、それはたまたま……」


「たまたまぁ? たまたまであんな逃げ方しますか?」


 不安か、はたまた焦りからなのか、林道の視線は定まっていない。わたしの事は見もせずに、取調室の中をあちこち見ている。

 こんな分かりやすい奴、他を探しても中々いないぞ。とりあえず色々見せて反応を伺うか……。


「まぁ、とりあえずその事は今は置いておくとして……。これを見て貰えますか?」


 1人目の被害者と、2人目の被害者相田利奈の遺体の写真を資料から取り出して見せる。

 遠目に撮ったものだが、どういう状況なのかはハッキリと分かる物を選んだ。さぁ、どう出る?


「ひっ! 何だよこれ?」


 わたしの手元の写真を見て、短い悲鳴を上げる林道。


「最近起きた2つの事件の写真です。こちらが相田利奈さんの写真」


「え……利奈ちゃん? ?」

?」


「…………あっ! な、何でも……」


(今こいつは何て言った?)


 確か、わたしがクリニックに行った時、最初にこう伝えた筈だ。

 相田利奈さんが一昨日亡くなったと、だから話を聞きたいのだと。

 なのに、その話を嘘だと思っていた? それなら何で逃げる必要が?


(………………いや、待てよ?)


 わたしはある結論に辿り着く。

 相田利奈さんが亡くなっている話を嘘だと思いながら、わざわざ逃げ出す理由……。


(はぁ……。これはこの取り調べ自体が、無意味で終わる可能性が出てきたかもな)


 思い当たる理由は1つしかない。

 それはこの林道という男が、わたしたちが調べている2つの事件とは関係ない、警察に見つかるとまずい別の何かをやっていたという事だろう。

 急にクリニックにやって来たわたしを見て、その事がバレたと思ったこいつは、わたしの話を嘘だと決めつけて逃げ出した……。

 まだ、確証がないとはいえ、今の反応を見る限り可能性は高いと思う。


 それが何かは分からないが、林道と2つの事件との関係性を調べるという意味では、この取り調べからは何も得られないかも知れない。


 林道はこちらを出来る限り見ないようにしているのか、わたしと目が合うことはない。

 だが、視線が落ち着きなく定まらないのを見るに、どうやってこの場を乗り切るか必死に考えているんだろう……。


(とりあえず、これも見せるか)


 そうだ。まだ分からない。

 被害者2人の少ない共通点にあのクリニックがある以上、その院長である林道なら、何か知っている可能性はある。


「これ、何か分かりますか?」


「……は? うちの診察券だろ?」


 1人目の被害者が持っていた診察券だ。

 材質は紙で、表には山白美容クリニックの名前と、被害者の名前、他にはクリニックの住所や、電話番号なども記載されている。


「これは1人目の……」


(……うん? 何だ?)


 こちらをちらりとも見なかった林道が、わたしの手元にある診察券をじっと見ている。


(今、向こうから見えてるのは診察券の裏面だよな? 何をそんなにじっと見ているんだ?)


 確か、診察券の裏には、次回の予約日や時間をペンで書き込めるように、枠が用意されていたくらいだったと思うが……。


 わたしの目線に気付いたのか、林道は何事もなかったかのように、視線を逸らして、わざとらしく口笛まで吹き出し始める。


直ぐに診察券を裏返して確認する。


(やっぱり書いてあるのは診察予定日やその曜日、時間くらいだが……)


 注視するような何かが書かれていたようには見ええないが、どういう事だ……?

 きっと直接聞いた所で、答えてはくれないだろう。とりあえず……。


「それでなんですが、これは1人目の被害者、飯田果歩さんの……」

 そう被害者の名前を出した瞬間――ガシャンと大きな音が取調室に響いた。


「…………なんだ? どうした?」


 音の原因は、林道が椅子からいきなり転げ落ちたからだ。

 立ち上がって近付いて見ると、何故かその顔は驚くほど青ざめていた。


「……い、今なんて……? それ誰のだって?」


 林道は震える声でわたしにそう聞いてくる。


「これは1人目の被害者、飯田果歩さんの物です」


「………………」


 わたしの答えを聞いた林道の顔は、先程よりも青ざめて見えた。


「飯田果歩に、利奈ちゃん……。何で……?」


 林道は被害者の名前を呟いている。

 定まらなかった視線が、今は一点を見つめていて、その顔には恐怖が見て取れた。


(この反応……)


 まだ証拠がある訳ではないが、今までの反応を見るに、こいつが2つの事件の犯人だとは到底思えない。

 だが、林道は殺された2人の名前を聞いて、いきなり怯え始めた。

 もしかすると……。


「林道さん、あなた」


「……な、なんだよ……?」


「2人が殺された理由に何か心当たりが?」


「し、知らねぇーよ!」


 そうやって叫ぶ林道の声は震えている。

 結局その後も色々と質問をしたが、有益な情報を引き出すことは出来なかった。

 ただ林道は、取り調べが終わるその時まで、ずっと何かに怯えている様子だったのが、とても気になったが……。


 そして、林道は手続きが終わり次第、釈放される事になった。






「あの反応、何を隠してるんでしょう?」


 林道のいなくなった取調室で二和が首を傾げる。


「さぁな。だが、思ったより成果はあったな」


「成果ですか?」


「あぁ。元々こうなる事は分かってたしな。捕まえはしたが、問い詰める為の情報すらなかったんだ」


 改めて最初の事件の資料も目を通してはいたが、状況は芳しくなかった。

 2つの事件はどちらも目撃者がおらず、共通点と言えば、その殺害方法とクリニックの診察券、そして真道北斎の名刺くらいしかなかったからだ。


「だけど、この取り調べのお陰で新しい手掛かりを得られたんだ。これは、とんでもない成果だろ」


「手掛かりなんてありました?」


「あぁ。今回、分かったことは大きく分けて2つだ」


 疑問そうな顔をする二和に対して、説明していく。


「1つはクリニックで逃げ出した事と取り調べでの様子、その両方を鑑みて、林道が警察に知られたくない何かをしている事」


 まぁ、これに関しては2つの事件とは関係ない可能性の方が高い気はするが……。


「もう1つは林道が、2人の被害者の共通点……もしくは殺害された理由について何かを知っている可能性があるって事だな」


「あんな狼狽してる被疑者初めて見ましたよ」


「わたしもだ。まぁ、まだあいつが事件の犯人って可能性もあるにはあるがな。とりあえずわたしは林道を尾行して、張り込んで、何を隠しているのか突き止める。チキンも来るか?」


「誰がチキンですか!? いえ、僕は調べたい事があるので、後で合流出来そうなら合流します」

 

「分かった。あっ、そういやチキン、クリニックで通話中に、最後わたしに伝えたい事が1つあるって言ってなかったか?」


「えっ? そうでしたっけ?」


「あぁ、言ってたと思うぞ」


「うーん……。まぁ、忘れるぐらいだから大した話じゃないかもです」


 二和は首を傾げながら、考えるような素振りをするがどうやら思い出せなかったらしい。

 こいつ優秀なんだが、こんな風に抜けてる所がたまにあるんだよなぁ……。


「うん? そうか。また思い出したら教えてくれ。じゃ、尾行と張り込み行ってくるわ」


「はい! 鷹見警部お気をつけて」


 わたしは二和に軽く手を振った後、釈放される林道を尾行する為に、山白警察署から急いで出る。


「待ち合わせはここの筈だが……っと、いたいた! おーい!」


 警察署の入り口から直ぐの場所に、金髪のメイドと青髪の少年が見える。


「待たせて悪かったな」


「……問題ありません」

「大丈夫ですよ!」


「じゃ、行くか」


「……畏まりました」

「はい! よろしくお願いします」


 そして、警察官とメイドと少年……おかしな3人での尾行が始まった。

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