怪奇図書「懐中時計」
「起立……礼、ありがとうございましたー!、着席」
委員長の号令と、皆の挨拶に被るように、聞きなれたチャイムが鳴り響く。やっと終わった。後は、帰りのショートホームルームだ。ちょうど最後の授業が担任だったから、そのまま始まるのが救いか……。
机に寝そべったまま、担任の連絡を聞く。文化祭が近付いて来たので、そろそろ何をするか決めるという話以外は、目新しい話はない。欠伸をしている間に、思いの外アッサリと終わった。
「じゃ、帰っていいぞ~」
担任の気の抜けた最後の挨拶に、みんながダラダラと解散する。
「おい、隼人、今日どっか行く?」
親友の弾が席までやってくる。
「あっ、わりぃ弾。何か乗り気になれねーし、今日は帰るわ」
「了解! じゃあ俺らはどっかよってから帰るわ」
「おう! 行ってらっしゃい~」
弾と合流して、外に出ていく他の友達にも軽く手を振りながら、俺も帰る用意をする。まぁ、用意といっても、教科書は全部ロッカーの中だから、持って帰るのはルーズリーフが入ったカバンくらいだが……。
カバンを担いで教室の外に出る。周りは今日の授業が終わった解放感からか、皆がまだガヤガヤと騒いでいて、少しうるさい。
歩く度に、ギシギシと鳴る木造の廊下を歩きながら、窓の外を見る。
目の前には、プルーシートがかけられた建物と鉄パイプで組まれた足場が見える。
確か、来年の新学期までに、新しく新校舎を建てるとか何とかで、夏休みに入る前から工事が進められていた。
俺が2年になる頃には、今歩いているのが旧校舎、向こうに見えるのが新校舎になるだろう。
「ファイ! オー! ファイ! オー!」
窓から下の様子を見る。スポーツ系の部活だろうか? 部長っぽい人物が、何人かを引き連れて走っている。
「俺も何か部活に入っときゃ良かった」
階段を下りながら、玄関口まで向かう。
新校舎が出来れば、部活に入れば、俺も何か変わるのかな?
毎日同じような事の繰り返し。親友も、友達もそこそこいるし、そいつらと遊ぶのが楽しくない訳でもない。毎日充実しているといえばいるが、何か物足りない。退屈で、つまらなく感じる。
「何か、面白い事ねーかな?」
靴を履き替え、校門へ。山白中央高等学校と書かれた看板を横目に、ダラダラと歩いていく。
少し歩くと前と右に分かれた、二股の道にたどり着く。いつもは家までに近い、前の道を通るが、今日は何となく、右を行ってみる事にした。こちら側も、家まで少し遠回りになるぐらいで、何も問題はないだろう。
それに新しい道なら、この退屈な気分を何とかしてくれるようなそんな気がした。
「うぅー、少し寒いな……。上着着てくりゃ良かった」
季節はまだ秋に入ったばかりだが、今年はいつもより寒いらしい。気休めに、体を手で擦って暖をとる。家に帰ったら、上着の洗濯を頼むか。
「あれ……? こんな所に、店なんてあったか?」
数えるほどではあるが、何度か通った道に見覚えのない店を見つける。昔ながらの駄菓子屋みたいだ。2階建てで、1階部分が店になっている。
俺から見て、左側に色々なガチャガチャが2段になって置かれていて、その右隣にベンチと、店の入り口があり、その入り口を挟んだ右側には、透明なガラスをスライドさせると、上からアイスを取り出せる冷凍庫が置いてある。
駄菓子屋の壁には、外し忘れか『かき氷あります』と書かれた暖簾が掛かったままになっていて、その横にかき氷の値段が書かれた紙が貼られていた。
気になって、入り口から少し中を覗くと、手前に机や椅子が何個か置かれていて、そこには電気ポットもある。ここからでもカップラーメンが売ってるのが見えるからそれ用だろう。
(いい感じの店じゃん! 今度、弾たち誘って来てみるか)
そう思って、店の前を通り過ぎようとした時だった。
「何だ、これ?」
足元に何かを見つける。思わず手に取って見ると、それは木彫りのコインだった。円形に縁取りされたコインは、中に帽子? らしき物が彫られている。
絵本とかで魔女が被っているとんがり帽子みたいだ。デザインも不思議だが、気になったのは重さだった。どう見ても材質は木材っぽいのに、鉄で出来てるような重味がある。
子どもが落とした物だろうか? それとも駄菓子屋の商品?
「とりあえず、確認をとってみるか」
拾ったコインを持って、駄菓子屋に振り返ると……。
「…………えっ?」
そこにあった筈の駄菓子屋は、目の前から忽然と消えていた。ガチャガチャも、ベンチも、冷凍庫も、暖簾も、紙の値段表すら何処にも見当たらない。
何故か、駄菓子屋があったその場所には、不気味な見た目の建物が代わりに建っていた。
「寝惚けてるのか?」
確かに、最後の授業は眠気と戦ってはいたが、そんな事は、今まで何度もあった。念のために頬を思いっきりつねる。
「……とてつもなくいてぇ」
自分の頬をつねる機会なんてそうそうない。想像以上に痛かった。
コインはポケットに入れ、駄菓子屋があった場所に近付く。自分でも不思議だが、目の前で起きた出来事に驚いたり、恐怖したりは全くなかった。その時の俺は、むしろ、この退屈でつまらない日常を変えてくれるんじゃ? とワクワクしてすらいた。
不気味な建物をじっくりと観察する。2階建てのそれは、三角の緑色の屋根に、壁は赤茶色のレンガで作られており、正面に一つだけあるドアは木製だった。2階部分には丸い窓がある。
元々ガチャガチャや、冷凍庫があった場所には見たことのない木の根や、草、ヤモリ? みたいな物が複数、紐で1本にまとめてそれぞれ干されていた。木で出来たドアの横には、掃除の為か、箒が立て掛けてある。
「お邪魔しまーす……うん…………開かない?」
早速、中に入ってみようと、ドアノブを回すが、押しても、引いても、ドアはびくともしない。
「何だよ、つまんねーなぁ! ふざけんなよ」
イラついてドアを蹴るが、何の反応もなかった。せっかく面白い事が起きそうだったのに、最悪だ。
その場にしゃがみこんで、嘆息する。
「……おっ?」
よく見るとドアノブの上に何かある。駅の切符を買うときに小銭を入れる投入口のような? それを囲うように何処かで見たことのある飾りが施されている。
円形で、とんがり帽子の……。
「あっ!」
ポケットにあったコインを急いで取り出す。見比べると、やはり同じデザインのようだ。
「もしかして、これ……」
緊張しながら、そのコインをドアノブ上の投入口に近付ける。サイズはぴったりと入りそうだ。意を決してコインをそこに入れてみる。
「…………どうだ?」
少し待つと、ガチャリ……と大きな音が聞こえた。ドアノブを回してみると……。
「おぉ!」
さっきまでは、ドアの向こうに巨大な岩でもあるみたいに、少しも動かなかった扉が、嘘のように開く。
中に入ってみると、大小様々な棚の上に色々な物が置かれている。明らかに体に悪そうな色のあめ玉? みたいな物が沢山入ったガラス瓶や、1秒ごとに色が派手に変わっている飲み物のような物。おかしな物ばかりかと思ったら、普通の鍵や、ただのカメラもある。よく分からなくはあるが、それはまるで、お店のようだった。
「ひっひっ! 何やら、外が騒がしいと思ったらお客さんかい?」
「うわっ!」
急に声を掛けられ、驚いて振り向くと、カウンターの向こう側に、黒いローブにとんがり帽子を被った小汚ないババアが座っていた。
「ババア、びっくりさせんじゃねーよ」
「ひっひっ! 悪いねぇ。店内を見てたから、何か欲しいものがあるのかと思ってね」
魔女のこすぷれ? という奴か、奇抜な格好をしたババアが楽しそうに話してくる。
「特には……。というかこの店は何を売ってるんだ?」
「ひっひっ! 色々あるねぇ。まずは、舐めてる間、透明になれるあめ玉。相手の髪を入れると、その人物を自由自在に動かせる人形。貴重な物で言えば、一度だけ死を肩代わりしてくれるペンダント、撮った物を小さくするカメラや、記憶を封印出来る鍵なんて物も…………」
「いや、そういうイカれた話は余所でやってくれ」
下らない話を遮り、止めさせる。ワクワクして入った場所が、頭のおかしいババアが経営するふざけた店だったとは……。最悪の気分だ。
「じゃあ俺は帰るんで」
「ひっひっ! そう言わず、せっかく来たんだし、何か買っていったらどうだい?」
「結構です」
こんなヤバい奴がいる所からは直ぐに出ていきたい。そう思って、ドアに向かった時だった。
「…………おっ?」
視界の端に映った、それに目が奪われる。木の棒が何本もつけられた棚。そこにはペンダントなどのアクセサリーが引っ掛けられていた。その中に1つ気になった物があった。
金色の円形に、突起が付いている。その部分に穴が空いており、そこに鎖が通っていて、首などに掛けられるようになっていた。突起を押し込むと蓋が軽く開いて、文字盤があるのが見える。
懐中時計……? という名前だったか。手に取って見ると、しっくりくる。掌に収まる大きさも扱いやすい。
蓋の表面には、何かの花の絵が彫られていて、幾つかの花びらがオレンジ色に塗られている。
「ひっひっ! それはマリーゴールドの花じゃよ」
「ふーん……」
正直、何の花かはどうでも良かったが、そのデザインがとても気に入った。
「これいくらだ?」
「ひっひっ! それは大した物でもないからね。1000円じゃよ」
思っていたより、安い。こんなババアがやってる店だから、もっと高額を要求されるかと思ったが……。
「じゃ、買います」
「ひっひっ! これを?
「はぁ……?」
何を言ってるんだ? 店の場所は知ってるんだから、もし、他に欲しいものがあったら、いつでも買えるだろ。やっぱり、このババアおかしいな。
「買いたいんで、早くして下さい」
「ひっひっ! まぁ、あんたみたいな日常の大切さを理解してない子にはちょうどいいかもね」
説教か? 俺の事を、よく知りもしないのにうるさいな。
「ひっひっ! それで、その時計の効果じゃが……それはあんたの……」
「そういう話はもういいから」
イカれたババアの、馬鹿げた話には付き合ってられない。カウンターに1000円を置いて、懐中時計を受けとる。そのまま直ぐに入り口まで向かう。そういえば、気になってた事が1つあったので試しに、それだけ聞いてみる。
「ここ元々、駄菓子屋じゃなかった?」
「ひっひっ! さて、何の事かのう?
「まぁ、もうどうでもいいわ」
懐中時計を手に店を出る。離れる際に、何度か振り返って確認したが、何度見てもそこにはババアの店しかなかった。どういうトリックか、それとも俺がおかしかったのか、まぁ、二度と来る気は起きないだろうし、気にした所で仕方ない。
「ただいま~!」
「隼人、おかえり」
玄関で靴を脱ぎ、家の中に入る。
「少し寒くなってきたし、秋用の上着の洗濯お願い」
「分かったわ。あっ、お風呂入るときにはちゃんと籠に服入れといてね」
「はい、はい」
自分の部屋に荷物を置いて、風呂場に向かう。さっさと服を脱いで、籠に服を放り込む。投げ入れたせいでズボンがはみ出してるが、あれぐらいはいいだろ。お風呂で体を温める。
お風呂から出て直ぐの事……。
「隼人、あんた面白いもの買ったね」
「えっ? …………あっ、勝手に触るなよ!」
母の手に握られた懐中時計を見て、取り返そうと近付くが、伸ばした俺の手は空を切る。母はニッコリと笑いながら。
「あんた籠に服ちゃんと入れてなかったでしょ? 戻した時に見つけちゃった」
鎖の部分を持って、懐中時計をぶらぶらさせながら母が言ってくる。
「買ったばっかなんだから、雑に扱うなよ!」
「ちょっとぐらい、いいじゃん? でもこれ面白いね」
「面白い? 何が?」
自分が触った時には、特に楽しい要素はなかったと思うが何の話だ。
「これよ、これ」
母は懐中時計の文字盤の部分を指差す。買った時には気付いていなかったが、時計をよく見ると真ん中に、周りの時間を示すのとは別の数字が、幾つも並んでいた。嬉しそうな母は無視して、母が手に持つ懐中時計を覗き込む。
数字は上下に分かれており、上の段の左から順に0、5、3、少し隙間が入り、2、4、5、ここから下の段で、左から2、3、また隙間が入り、4、1と表示されている。これ、何の数字だ? そう思って数字を見ている間に、最後の1が0に切り替わった。よく分からん。
「これの、何が面白いんだ?」
「いや、それがね、最初は別の数字が表示されてたんだけど、私がこの時計を持った瞬間に、全部の数字が一斉に変わったのよ! それが、もー派手でね! もう一回見たいんだけど、どうやるの?」
「知らねーよ。いいから返せよ」
母から、無理矢理懐中時計を奪う。あのババアはそんな話してなかったし、俺に分かるわけがない。蓋を閉じて、ポケットにしまう。結局その日は、飯を食べて、漫画を読んだり、ゲームをしたりするだけで終わった。
――――ジリリリリ……と鳴り響く目覚ましを止める。ゲームで夜更かししたせいか、めちゃくちゃ眠い。
まぁ、今日は最初の授業が確か担任だったし、その時に寝りゃいいか。あいつ、チョロいしな。教科書立てとけば気付かないだろ。
歯磨きして、顔洗って、朝飯食べて、制服に着替えて、カバンを持って登校する。今日もいつもと何ら変わらない、退屈な日常の始まりだ。
いや、違うか。昨日と違うことが1つだけあった。ポケットから、懐中時計を取り出す。表面の花の飾りを撫でながら、突起を押し込んで、蓋を開く。
「あれ?」
そう言えば、昨日はあの後時計を確認していなかった。改めて見てみると、母が持っていた時とは別の数字が表示されている。
「何でだ?」
左上から、0が3つ、隙間が空いて0が3つ。左下から、0が2つ、また隙間が空いて、0、5と続いている。母が持っていた時とは大きく数字が変わっていた。
「結局、これ何の数字なんだ?」
学校帰りに、またあのババアの店によって聞いてみるか?
「おっ、もしかしてこれって」
ある事に気付く。時を刻む、懐中時計の秒針が0になった瞬間、真ん中に表示されている数字の、最後の5という数字が4に変わったのだ。
どうせ、学校には直ぐに着く。一旦立ち止まって、時計を観察する。やっぱりだ! 秒針が0を通ったと同時に、4が3に変わった。確認も終わったので、改めて学校への歩みを進める。
今が、7時52分だから、この数字が示してるのは、7時55分から56分の間って事か。これ、結局、何の数字なんだ? そんな事を考えている間に3が2になった。
もしかして、何か特別な音楽が流れるとか? 気付けば、学校までもう直ぐだ。いつも通る横断歩道で赤信号が変わるのを待つ。周りには通勤に向かう大人や、登校途中の学生たちが集まっていた。2が1に変わると同時に、青信号を知らせるピヨピヨという音が辺りに響く。もう直ぐだ。俺は変わった信号は無視して、その場で0になるのを待つ。
「あと少し、残り10、9、8……」
周りにいた人たちは、横断歩道を渡り終えて向こう側に行ってしまった。信号はまた赤になったが、今はそんな事はどうでもいい。
「……3、2、1、0!!」
数字が1から0になり、時計の針が、7時55分を指した。懐中時計をじっと見つめて、何か起こるのを、今か今かと待つ。
「…………」
ずっと見つめているが、懐中時計には何の変化もない。一度、蓋を閉じたり、表面の花を触ったり、裏返してみたりしたが、何処にも変わった箇所はなかった。
「何だよ! 期待した…………」
悪態をつこうと顔を上げたその時、周りの異変にやっと気付く。いつの間にか、また赤信号が変わるのを待っていた別の人たち――――近くにいた学生や、大人が何かを見て叫んでいた。ずっと懐中時計を見てた俺も、皆の視線の先を確認する。
そこには、猛スピードで人を跳ねる軽自動車の姿があった。既に何人も轢いたのか、車の周りには血塗れの人間が数人倒れている。
それでも、軽自動車は全く速度を緩めず、信号待ちをしている俺たちの所に、勢いよく突っ……………………。
タイトル:懐中時計
年代番号:U
管理番号:1
管理ジャンル:フ
危険度:緑
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