2
観衆は、再び沈黙に逆戻りした。
咳の音すら聞こえない。空気だけが
真っ先に動いたのは、彼の
観衆がパニックに陥る暇もなく、次の弾丸が飛来した。それは黒服の男達のうちの一人の心臓を穿ち、その大男の服に赤黒い染みを作る。鈍い銀色に輝く拳銃を握る黒服の大男がその場に
千は楽に収容出来そうな大広場に、甲高い叫喚が木霊する。人々は目を血走らせて、脇目も振らずに思い思いの方向に逃げ惑い、その先にいる
これまでの狙い澄ました狙撃から一転して、まるで無差別に次々と弾丸が着弾する。大広場の灰色の石畳が砕け、火山の噴火のように破片を撒き散らす。観衆のパニックは最高潮に達した。いつ狙撃されるか分からない恐怖から人々はなりふり構わず出口へ殺到し、そこに思い遣りと言う言葉は欠片も見られない。黒服の男達も、狙撃地点を掴めずに遮蔽物の影に隠れて辺りを窺うばかりだった。とはいえ、彼らは知る由もなかったが、黒服の男達も、彼の国の法執行機関も無能ではない。彼らが見つけられないほどの長距離から狙撃する狙撃犯に、縦横に大広場を走り回る観衆一人一人を狙撃する腕はなかった。
尤も、その弾丸に貫かれた者にとっては、何の慰めにもならない。
ある人混みの中、一人の女性が崩れ落ちる。操り人形の糸が切れたように事切れた女性の腕には、まだ自力で歩くことも出来ない子供がいた。女性は最期、その子供を強く抱き締める。女性の身体が地に落下すると共に、その場にいる人々が叫び声をあげて、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った。後には、血の気の引いた女性の亡骸が、色の無い石畳の上に丸く寝そべるだけだった。
そして最早動かぬ女性の身体が、やがてもぞもぞと動き出す。女性の下から這い出てきたのは、鮮血に塗れた子供だった。子供は自らを赤く染める母の血液など気にも止めず、目の前で微動だにしない母を呼ぶ。その声は、
そんな子供の声に、応えるべき母はもう亡かった。叫び、逃げ惑う人々の喧騒の中に、子供の呼び掛けは虚しく掻き消される。母の骸に下敷きにされながらも、泣き声ひとつ上げなかったその子供は、その時初めて泣いた。世界を気にもせずに慟哭し、それも人々の狂乱に紛れ、世界に融ける。
子供はその時少年となり、少年の叫びは世界には余りにもちっぽけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます