第28話 さわやかのハンバーグ
店内は家族連れからおひとり様まで客層は幅広く、地域住民から愛される店を体現したような空間だった。
テーブル席に通され、メニューを開く。
1ページ目に、看板メニューのげんこつハンバーグがデカデカと記載されていた。
イメージ画像でもめちゃくちゃ美味しそうだ。
おっ、でもステーキも美味しそうだな。
気分的にはステーキかもしれ……。
「まさか、ここにきてステーキを頼むだなんて言わないわよね?」
「殺し屋の目かな?」
今からアツアツのハンバーグを頬張ると言うのに、背筋に冷たいものが走る。
ステーキを注文しようものならナイフで頸動脈をサクッとやられそうな気がしたので、大人しくハンバーグランチを注文することにした。
注文後、すぐに食前のスープがやってきた。
野菜やキノコが具沢山のスープにほっこりしていると、すかさず熱々の鉄板がやってくる。
ああ、これはあれだ。
死ぬほど美味いやつだ。
「待ちなさい、高橋くん」
早速フォークとナイフを取ろうとすると、七瀬にストップをかけられた。
「料理を目の前にして食べさせないという新手の拷問か?」
「違うわよ、わかっていないわね。ここから店員さんがハンバーグを切り分けてくれて、中の生の部分を鉄板で焼いてくれるのよ。というわけで、まずは焼き加減を伝えなさい」
「俺より詳しくなっていて草」
そんな俺たちのやりとりを微笑ましい様子で眺める店員さんに、七瀬は迷いのない声で「ミディアムレアで」とオーダする。
俺は通っぽく「レアで」とか決めそうになったが、生焼けはなんとなく怖い気がしたので「……同じのを」を陰キャに相応しいテンションでオーダーした。
死にたい。
その後、七瀬の言う通り店員さんがハンバーグを切り分け、赤い面を鉄板で焼いてくれた。
オニオンソースの香りとじゅわじゅわ音が食欲を刺激し胃袋がきゅっと締まった。
「ごゆっくりどうぞ」
良いものを見たと言わんばかりの笑顔で店員さんが一礼して去ると、いよいよ実食だ。
……。
…………。
……………………うま。
あまりにも美味しいと、ボキャ貧になってしまうのは割と共感できる現象だろう。
夢中で、ハンバーグを食す。
食感は独特で肉肉しく、噛めば噛むほど肉の旨味がじゅわりと口内に広がる。
オニオンソースは程よい酸味と甘みで、あっさり目の赤み肉と奇跡のマッチングを果たしていた。
少なくとも俺の知っているファミレスのハンバーグのレベルじゃ無い。
これは行列も納得である。
一方の七瀬は一見すると平常な鉄仮面だが、よく見ると至福の感情が漏れ出ていた。
「はむ……んぅ……」
いや、よく見なくても漏れ出ているな。
緩んだ頬、はふはふと口の中でハンバーグを転がす仕草がなんともあどけない。
ドライで冷酷なイメージが強い七瀬だったが、ここ数日でその認識は改められつつあった。
いつもそれくらい感情を動かしていた方がとっつきやすいのにな。
なんてことを考えていると、スマホが震え始めた。
ディスプレイを見やると、「母」の文字。
俺は電源を落とした。
「誰から?」
「俺の遺伝子の起源」
「親じゃない。いいの? 出なくて」
「良いんだよ」
一応、後で生存報告LIMEくらいは送っておこう。
そう考えてると、俺をジッと見つめる七瀬の視線に気づいた。
「どうしたんだ?」
「……別に」
妙な間があったが、七瀬は再び黙々とハンバーグを突き始めた。
「ありがとうございましたー」
店員さんの気持ちの良い笑顔に見送られて退店後、七瀬が一言。
「まあまあだったわね」
「ソースを口につけてるの気づかないくらい夢中に食べてたのに、まあまあ?」
「嘘っ? また私……」
ぐしぐしと口を擦る七瀬に言う。
「まあ嘘だけど」
ゴツっ!
「食べたての腹にグーパンはダメだろ!」
「ふざけたこと抜かすからよ。……でも、そうね」
七瀬が顔を背けて言う。
「今まで食べたハンバーグの中では、上位にランクインする一品だった事は認めるわ」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
いつか、七瀬に「美味しかったわ」と唸らせたいものだ。
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