第25話 信じたい

 翌日、僕と綾夏はいつも通り部室に集まり、文集の執筆作業を行っていた。

 でも、昨日までとは違うことがある。


 それは――文集作成に対する思いの強さだった。


 これまでは綾夏が作りたいと言っていたからそれについて行くだけだったけれど、昨日の一件で、全てが変わった。

 やるべき理由が、目標が、全てが確かなものとして固まった。


 ――綾夏がこの世界に存在していたという証のために。


 もちろん、その真相を告白した綾夏自身もずっと真剣にノートに向かって手を動かしている。

 昨日のあの泣きじゃくった姿はまるで嘘だったのかというくらいに真剣そのものだった。


 僕はそんな彼女にどうしても聞いておきたいことがあった。


 「――ねぇ、綾夏」


 「どうしたの?」


 平然と、作業を進めながら声だけこちらを振り向いた。


 「き……昨日のこと」


 ぴたりと綾夏の動きが止まる。それでも視線はノートに向いたままだ。


 「あれは永田にも伝えるべきなんじゃないかなって思って」


 さすがに酷だろうとは思った。

 あんなに感情を大きく揺さぶりながら、精神的にもきつい話をもう一度他人にしてくれなんて言われたら。


 でも、永田は僕と綾夏にとって関係のない他人ではない。

 形式的とはいえ、同じ部活のメンバーなのだから。永田だけが知らないということがあってはかわいそうではないだろうか。


 「綾夏は、合宿くらいは永田とも一緒に行きたいだろ? ほら、僕と二人じゃ……なんとなく盛り上がりに欠けるというか……」


 「そんなことないよ。蓮くんと一緒にいてつまらないとか、楽しくないとか……そんなことは思ったことなんてないよ。でも、真澄ちゃんがいてくれたら……私はもっと楽しめるかもしれない」


 これまでの取材活動では、永田がいなくても綾夏は楽しそうに過ごしていた。

 それは彼女の視線の先にある大学ノートにびっしりと詰まった文字が証明してくれるだろう。


 でも、文芸部は永田を含めて文芸部なのだ。

 だからこそ、綾夏の最期の願いである合宿には、永田を何としてでも連れて行きたいと思っている。


 「僕は昨日、綾夏と約束をした。絶対に君の夢を叶えさせると。でも、それはきっと僕一人の力では難しいかもしれない。僕だって全知全能の神でもなんでもない、ただの平凡な高校生だ。僕が正しいと思っても、それが実は間違えていた、なんてことがあってもどこも不思議ではないんだ」


 考えたくもない話だけど、もし万が一のことが起きたとき、その事情を知っているか知っていないかで対応は大きく変わってくるはずだ。

 その一つの行動で、運命が大きく変わることだって、ないとは言い切れない。


 「だから、永田にも打ち明けるのは……どうだろうか」


 こんなことを綾夏にお願いするのは筋違いだというのは百も承知だ。

 でも、これを頼むことができのは、他の誰でもなく僕しかいないのだ。


 綾夏はノートに視線を止めたまましばらく無言になる。


 「――分かった」


 そして小さく頷いた。


 「それに、真澄ちゃんにも合宿来てほしいし。今までの取材活動で全員揃っていなかったから、今回だけは絶対に連れて行きたいな……。だから、蓮くん、真澄ちゃんへの説得お願いね」


 「僕にばっかり頼るなよ。あくまでも綾夏のことなんだから。綾夏がしっかりと自分の思いを伝えてくれれば、永田は絶対に分かってくれるはずだから」


 「私も、真澄ちゃんを信じたい」


 「綾夏、ありがとう」 


 僕はすぐに永田に連絡を入れる。

 すると数分で既読が付き、「今学校で仕事しているから、それが片付いたらすぐそっちに向かうわ」と返信が返って来た。


 「綾夏、永田来てくれるって」


 「本当に?」


 「うん」


 「やったぁ!」


 永田に話すことはとても重いことなんだけど、当の本人は永田がここに来てくれるだけで嬉しくて、それ以外のことは頭にはないのか、それともわざと入れないようにしているのか……。

 彼女の明るい表情からはうまく読み取ることができないでいた。



 それから数十分後。

 静寂な部室に、ドアを丁寧にノックする音が響く。


 「――失礼します」


 永田が部室にゆっくりと入ってきた。

 さっきまで眠そうにうつらうつらとしていた綾夏は、細めていた目をぱっと開き、勢いよく永田の下に飛んでいく。


 「真澄ちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」


 綾夏は永田の両手をぶんぶんと上下左右に振り回している。

 永田は、これが綾夏の通常モードだと分かってきたのか、綾夏の動きに合わせているようにも見える。


 「それで、大事な話って何?」


 いきなりの本題突入に、綾夏もテンションの調整が追い付いていないようだ。

 口ごもる綾夏に代わって、僕が切り出す。


 「綾夏のことで、ちょっと……」


 努めて低い声で、これが重大なことであることを声音と視線だけで伝える。


 「わ、分かったわ……」


 何かを感じ取ってくれたのか、永田はすり足で空いているパイプ椅子に向かい、僕と綾夏の正面に腰掛ける。


 「そ、それで……綾夏ちゃんの話って……」


 僕は綾夏に目配せをする。

 それに綾夏がうなずいたところで、僕は息を吸って口を開いた。 

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