It's not brain surgery

きょうじゅ

アレクサンダー・レポート


 ティアガルテンシュトラーセすなわち動物園通り、その四番地。そこに執行機関の事務局が存在していたことから、その計画はT4と呼ばれていた。


 私の名はレオ・アレクサンダー。アメリカ陸軍の軍医で、現在はヒトラーとナチスが戦前から戦中にかけて為した数々の犯罪のうち、医学に関連するものについての調査を行っている。

 ユダヤ人に対する強制収容と虐殺、いわゆるホロコーストについては既に広く知られるようになっているが、ナチスの凶行の対象の全てがユダヤ人だったわけではない。回復の見込みのない重い疾患の患者や、重篤な障害者などを安楽死させる命令が、戦争のかなり早い段階において、アドルフ・ヒトラーの名のもとに出されていた。それがT4計画である。

 この計画にはもちろんナチスの親衛隊や一般の党員たちが多く関わっているのだが、いま私が目の前に調査ファイルを広げているこの男は、そのどちらにも該当しなかった。

 ユリウス・ハレルフォルデン。1882年、東プロイセンの生まれ。精神科医の子として生まれ、自らも精神科の臨床医となり、また神経病理学の基礎研究において多くの業績を築いた。彼と共同研究者の名のついた、ハレルフォルデン=スパッツ病という疾患があるほどだ。

 ハレルフォルデンは研究熱心な学者だった。人柄は穏和でユーモアに富み、多くの弟子から尊敬される人物でもあった。私も既に何度か彼を尋問しているから分かっているが、話した感じだけでは邪悪な人間という印象を与えられることは全くない。

 ただ、T4計画が実行され始めたとき、それを知ったハレルフォルデンは、その実施に携わっている知人の医師たちに、こう言ったという。


「どうせ殺してしまうのなら、脳だけ取り出して私に使わせてくれないか」


 伝聞ではない、本人の証言だ。それで、本人が言うには「家具会社が椅子でも送ってくるかのように」一度に百、二百という数の脳が彼のもとに送り届けられるようになった。

 だがはじめのうち、ハレルフォルデンは不満だった。解剖が雑で、状態のよくない脳が多かったからだ。で、彼はT4計画の関係者たちを相手に、剖検の技術指導をしたり、必要な薬品や機材などを提供したりした。

 そうして手に入れた哀れな犠牲者たちの脳を、彼は公的な研究に用いた。それも間違いない。論文が公開されている。

 時には彼自らが殺されたばかりの患者の解剖に立ち会い、自らの手で脳標本を作ったこともあったという。ただ、彼自身が直接患者を手にかけたことはなかった。本人も否定しているし、そのような記録も残されていない。


「それらがどこから来たのか、どういう事情で来ることになったのかは、私にはどうでよいことでした」


 と、ハレルフォルデンは私の尋問に答えて言った。信じるに値するかどうかはともかく、彼が言うには犠牲者に対しては憐みの感情を抱いており、患者を殺すことは違法だと口にしたこともあったという。だが結局のところハレルフォルデンにとって重要だったのは研究の材料であり、それが患者の命に優先されたことは間違いない。

 私は一つのことに結論を出さなければならない。それはハレルフォルデンをニュルンベルク国際軍事裁判に送るかどうかということだ。ハレルフォルデンにせっせと解剖して取り出した脳を送っていた側の人間の中で、訴追を受けている者は既にいる。死刑判決を受けた例もある。だが、ハレルフォルデンはどうだろうか。

 この男が神の前に罪を犯していないとは私には思えない。だが、ここまでの尋問や調査の記録をいくら振り返っても、ニュルンベルクで刑事訴追して有罪に追い込むだけの法理は構築できそうもなかった。

 結局のところ、それはアドルフ・ヒトラーの体制の生み出した帰結であった。独裁体制のもとでは、科学というものはその哲学の導くところに従わざるを得ないのだ。それが、私の結論だ。

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