第30話 息子の名前はパウロ
そして年が明けた一月、セレナは元気な男の子を生んだ。元気な鳴き声が家中に響く。リヨンは
「男の子! やった、俺の子だ! 」
「あなた! 我が子を抱いてやって」
「ようやく産まれた。半年以上も長かったよ」
リヨンは金髪の男の子を両手で
首が座ってないから少し怖い。すぐにベッドに戻した。
外は大荒れの大嵐で、大粒の大雨が降り注いでいる。まるでこの子の行き先を暗示するようだ。
リヨンは思った。できれば幸せに暮らせるようになってほしい。ハーフエルフのわが子を村で守っていけるように。
「名前はどうしょう」
「そなたが考えよ」
「わかったよ。パウロにしょう」
リヨンは暖かみのある布で男の子をふきあげた。ブレイが沸かしてくれたお湯で。何から何まで気が利く男だ。
「次は何をすればいい」
「俺は昼めしを作ってくる。セレナを見てくれ」
リヨンは暖炉に薪を継ぎ足し、鍋に入れたヤギのミルクを暖める。その間にポリッジを作ろうと決めた。暖めたミルクを小瓶に移し、鍋にひとつまみの塩と麦粒を入れ、しばらくかき混ぜると完成だ。
「あっつ! 」
熱々の鍋を机に置いて一息つく。小瓶から革製のコップにミルクを注ぎ入れ、セレナに手渡した。セレナは上半身をゆっくりと起こしながら受けとる。
「寒いと思って」
「ありがと」
「昼を食べたら税の徴集にいってくるから」
突然、雨具を被った男が家に入ってきた。男はフードを外して、泥だらけの靴で家を汚した。
「誰かと思ったらターナーか」
「村長に会いたいという人がいます」
「ターナー副村長。こんな辺境の開拓村に誰が来たんだ? 」
「赤いチュニックを着た僧侶がお見えです」
リヨンは顔を上げて「レジアス じゃないか! 」と言った。黒髪の僧侶レジアスは疲れた顔で片手を挙げた。
「王都から逃げてきました。実を言うと王都リュテスはもうダメです。教会も本部を北都 ルブラに移しました。終わりがきます」
「国王は? 王国騎士団はどうした? 」
「国王は無事ですが…… 1000の近衛兵は壊滅しました。5000の魔王軍と戦って」
「立ち話もなんだから家に入りなよ」
今は一介の領主に過ぎないリヨンができることなど限られている。
ドラゴンの鎧も魔王との戦いで破壊され、手元にあるのはミスル銀のチェーンメイルだけだ。
レジアスの横に黒い服をきた人物がいた。
「レジアス司教、各地から集まった
「リュグナー司祭、情報収集ご苦労」
「司教になったのか、えらくなったな。レジアス」
「いや 。あなたの功績で昇進しました。ほめられることではありません」
リヨンは話を切り出すタイミングを迷ったが言う事にした。
「実は今日 、息子のパウロが生まれて」
「それは喜ばしい。あいにく持ち合わせがありませんがお祝いを」
「良かったら我が子に洗礼をしてくれないか」
「わかりました。しましょう」
レジアスはテーブルの横にある固いイスに腰かけた。レジアスは、しばらく口に何も入れていなかった素振りを見せながら笑った。
「ポリッジ作りすぎたんだ。食べていきなよ」
「では 遠慮なく」
「がっつきすぎたよ」
「とてもお腹がすきました」
レジアスはリヨンと話を続ける。
「村で教会でも開きましょうか。私ができることなどそれぐらいしか」
「頼むよレジアス。村には教会がないんだ。やってくれ」
「まずは空き家を使って教会を始めましょう」
「資金援助はするから手始めにリュート銀貨をやろう」
「嬉しくない提案ですね」
一月になると税の徴収がある。リヨンの領地といっても一つの村だけだが、国王から任じられた領主として税を集める義務がある。嫌な役目だ。特に農村は国からも農民税 (タイユ税)を課せられる。
リヨンは村人を広場に集めて、高らかに宣言した。
「人頭税がデニエ銀貨三枚、地代がデニエ銀貨五枚、地代の半分は野菜や麦で納めてもいい。これから作る水車小屋、パン焼き釜の使用料はリュート銀貨二枚とする。反対はあるか! 」
広場にはターナー夫妻とカインとアベル、羊飼いのジョン、大工のカーペンターとドミニコ 、ご老人 フィリポ、冒険者のブレイが集まっている。
リヨンは村を見渡して思った。男ばかりの偏った集落だ。女はジョンだけ。村には鍛冶屋はおらず、農機具を作ることさえ敵わない。
「村に教会から司祭がやってきた。喜捨を行うように。今年度だけは少額でいい」
赤いチェニックを着た司祭のレジアスが前に出る。レジアスは、にこやかな微笑みを浮かべて手をふった。
「私が司祭のレジアスです。村を開拓する部下も連れてきました。回復魔法も使えますのでいつでもお声かけを」
「おおー 司祭さまが村にやって来た」
村人から歓声が上がる。村人が見たレジアスの第一印象は控えめな司祭か。欲のなさそうな中年のおっさんと言ったところだろう。
あいさつが終わり、村人は家に帰っていった。リヨンもセレナが待つ家に帰る。
「帰ったよ」
「わっちの料理を作ってやった」
食卓には塩漬けのベーコンと黒パンが用意されていた。司祭たちはパンを水でふやかしながら食べている。
「すまん、レジアス。セレナは聖職者が肉を食べれないことを忘れていたらしい」
「おっちょこちょいのセレナは変わりませんね」
「変わらないのがいいよ」
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