【番外編】 エルフの村が燃える

 魔王領の"東の村"に住むダークエルフは褐色かっしょくの肌を持つ戦闘民族だ。大半は銀色の髪が生えているが、時々黒い髪で生まれる子どもがいる。族長の息子であるアーテルもその例外の中に入る一人だった。


 アーテルは次世代の族長候補として成長しており、村人からは尊敬されていた。彼は剣の腕を鍛えることにこだわり、毎日鍛練を欠かさなかった。アーテルは族長の補助をしながら平和な村を支えていた。


 ある日、村は騎士に襲われ焼き払われた。命からがら生き延び、ノワール村にたどり着いたのは昨日のことだ。

 アーテル族長代理は魔王が死んだ翌日の夜を思い出していた。その日、ダークエルフは中央の広場で宴会を開いていた。

 ダークエルフたちはシードル (リンゴ酒)のたるを次々に破り、浴びるように飲んでいた。エルフたちは魔王が死んだ嬉しさのあまり、酒を飲み交わしていた。

「魔王が死んだ。仲間が帰ってくる」

「嬉や。嬉や」

「明日を気にせずに酒が飲める。最高じゃないか」


 族長は"魔王による"支配の呪縛"から解き放されたことを心底喜んだ。これで上からの命令に従わなくてすむ。それに魔王軍に派遣していた三十人の女戦士も帰ってくるだろう。

「族長。見張りから交代の要請がありました」

「ほっといてくれ。ワシは休みたい」

「はっ。了解です」


 赤ら顔の族長は酔いつぶれている。本当にリンゴ酒に酔いつぶれていた。もはや的確な判断ができそうにないので息子を呼んだ。

「アーテル、見張りのエドに交代を命令しろ」

「親父、酔っぱらったか…… 」

「みんなの前では族長と呼べ。アーテル」


 アーテルは父親のだらしない姿にあきれながら、物見やぐらに向かった。警備兵も酒を片手に仲間と談笑している。物見やぐらに上がったアーテルはエドの肩を軽く叩いた。交代を告げるためだ。

 アーテルは森のなかに輝く火を見つけた。旅人や商人にしては掲げる火が多すぎる。

「エド! あれは何だ? 」

「人間でしょうか? にしては数多すぎる」



 その頃、村には銀色のチェーンメイルで着飾った騎士百人が迫っていた。王族の一人でもあり、野心深いオルラン公は先行部隊百人を率いて魔王領に進攻した。


 オルラン公には宰相になりたいという野望があった。王国の権力を握り、シャルル王国で二番目の地位に着きたいと。権力を得るには富と名誉が必要だ。今回の魔王領遠征は富と名誉をいっぺんに手に入れるチャンスだとオルラン公は考えていた。


 チェーンメイルを着たオルラン公が「突撃」と叫ぶ。シャルル軍の騎士は手当たり次第に男のダークエルフを刺していった。ダークエルフたちが槍や剣の痛みに泣き叫ぶ。剣の先端には毒が塗ってあるからだ。


 騎士は従士をつれてツリーハウスから高価な品々を強奪し始めた。

「おぃ! ミスル銀だせ。ミスル銀の鎧や剣は高く売れる」

「長持ちに宝石や金がある。奪いとろうぜ」

「金目のものを取ったら撤収だ。家を燃やせ」


 騎士が木の上のツリーハウスに松明たいまつを投げつけた。物見やぐらに火矢を放つ。火は直ぐについた。

 村を取り囲むように森が燃えている。上昇気流が炎を巻き上げ、竜巻のような炎の渦が火災旋風となって広がってゆく。火災は広がるばかり。収まる気配がない。


 頼みの女戦士三十人は魔王軍に参加しており村にはいない。村にいるのは老人と若者の戦士ばかりだ。

 百人近くいる村人を守るため、ダークエルフの老戦士ニ十人が騎士に挑んだ。剣を構えた老戦士が必死の突撃を仕掛ける。

「アーテルが逃げる時間はワシらが稼ぐ。逃げろ! 」


 アーテルは自身に襲いかかる従士を切り捨てて突破口を開いた。鎧を身に付けない軽装の従士はあまりにも脆く、打たれ弱かった。

「アーテル。トウヒの大森林に逃げろ! 」

「エド。どこに逃げる場所があるっていうんだよぉ! 」

「夜の暗闇に紛れて脱出するぞ! 付いてこい」

 

 エドは目の前を塞ぐ騎士を叩き斬った。ロングソードが真っ二つに折れる。

「ちょろい剣が折れたな。俺もツキがないなぁ」

「エド。ここを突破する」

 エドは騎士から奪ったロングソードを構えた。

「任せろ! 邪魔するやつは切り捨てる」

「一人や二人ぐらい。どうってことないな」


 族長は戦士を率いて戦ったが、百戦錬磨ひゃくせんれんまの騎士には敵いもしない。生き残ったダークエルフは散り散りになり、アーテルは再起を誓って森に逃亡した。


 シャルル軍に捕まった族長は見せしめのために処刑されることになった。

「オルラン公に歯向かうとはバカなやつめ」

「きっとワシの息子が成敗してくれる。愚かな貴族をな」

「言い残す言葉はそれだけかっ! 」

「そうだ! 」


 騎士はエルフの髪をつかみ、一ヵ所に集めていった。ダークエルフを船で連れて帰って奴隷商人に売ればかなりの儲けになる。

「女エルフには手を出すな! 商品だからな。男は殺せ! 」

「女エルフは奴隷にする。オルラン公の指示だ。捕らえろ」

「大もうけだ。酒が飲める」


 オルラン公が女のダークエルフを集めていった。

「貴様らの族長は死んだ。男どもの戦士もな」

「そんな…… 嘘だ」

「嘘ではない。証拠の首を持ってきてやろうか? 」


 オルラン公は飾り気のない剣を抜いた。

「川岸の船に乗れ。抵抗するものは切る。船に乗れば命は保証する」

「我々に従えば殺しやしない。ダークエルフには我々の言葉がわからんか? 」


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