4—10 すり抜け能力

【前回のあらすじ】

 香田さんとの恋人つなぎについて、柳本はリユのストーリーをかろうじて納得してくれる。リユと美那の関係を怪しむ柳本に美那が3x3チームの話を持ち出し、花村と木村の名前で柳本をビビらせる。その流れでふたりが付き合っているとさらっと言いのけた美那に柳本は混乱。さらに美那が咲歩の名前を出し、リユが木村との練習に柳本を誘う。最初は拒否していた柳本もリユのアイディアで心が動く。

※読者のみなさま。今週も1日遅れてしまいました。申し訳ございません……。




 柳本とは近くの手頃な中華料理屋で昼飯を食って別れた。俺はおごるって言ったけど、奴は妙に遠慮して、それぞれで払った。

「これから、どうする?」

 柳本が地下鉄の方に消えてしまうと、美那がのぞき込むようにして訊いてくる。

 明らかにどこかに出かけたい雰囲気。まああれほどデートを楽しみにしていたっぽいからな。

「とりあえず横浜駅あたりでも行ってみるか?」

「うん!」

 美那はさっと俺の手を取って、にこりと笑う。そして当然のように指をからめてくる。

 あー、これが美那の本来の笑顔なんだよな。なんか幸せな気分が押し寄せてくる。

 お盆の時期に入ったせいか、日曜日の昼間というのに京急の特急はさほど混んでいない。でも座れるほどではない。ドアのところに立つと、美那はぴったりってくる。

「よかったね。真由ちゃんの件」

「ああ。思ったより、素直に信じてくれてよかった。また嘘をついちゃったから、ちょっと罪悪感はあるけどな。でもこの場合、うそ方便ほうべんってことになるのか?」

「そうじゃない? 真由ちゃんの名誉めいよを守るためだし」

「だな。それにしても柳本はマジで折原おりはら咲歩さほを好きっぽいな」

「うん。わたし、あのふたり、意外と合うと思うんだよね」

「そうなの?」

「咲歩もコミックとか好きみたいだし」

「そうなんだ。じゃ、ありかもな」

「ところで、さっきリユが思いついた咲歩にスカウティングを頼むって、結構いいかも。あの子、スカウティングするの割と好きだし、大会じゃ予選ラウンドは並行して行われるから、他のプールの試合まで偵察ていさつする余裕もあんまりなさそうだし」

「そうなんだ」

「うん。さすが、リユ」

「いや、お前、めすぎだろ」

「そんなことない。これからは今まで褒められなかった分まで、いっぱい褒めてあげる」

「ああ、うん」

 そんな素直で可愛い瞳で見つめられたら、マジ、照れるし。

「あ、でも、咲歩は3x3の知識はあんまりないはずだな。これから覚えてもらうのも負担かなぁ」

「そうか、そうだよな。お前やオツも頭を切り替えるのに苦労してみたいだもんな」

「うん。もし咲歩がその気になってくれたら、どうしたらいいかな?」

「そうだ、昼休みの練習に付き合ってもらうのは? そしたら柳本ももっとやる気出すんじゃね?」

「そうだね、それいいね! 咲歩、やってくれるかな? まず、そこだよね」

「なんなら、ちょっと連絡してみれば?」

「あ、そうだね。咲歩の家は確か相鉄線そうてつせんだったな。横浜で乗り換えれば行けるけど、直接頼んだ方がいいかな?」

「まあ、そうだろうな。柳本も驚いてたけど、オツとか木村さんとかバスケ部の人間にとっては話がちょっと特殊みたいだからな」

「うん。もし咲歩が会ってくれるなら、一緒に行ってくれる? それともまだちょっとあれ?」

「え、お前と付き合ってること?」

「……うん」

「え、全然いいよ、それは」

「ほんと⁈」

「お前、ちょっと気にしすぎじゃね? 言ったじゃん、お前と付き合ってるってうわさになったらほこりに思う、って。今はもう噂じゃねえけど」

「うん」

 満面の笑みで美那は答えると、素早くくちびるにキスをしてきやがった。電車の中なのに……まあ、ほんと、チュ、って感じの一瞬だけど。まあ、俺もうれしかったりするけど。


 京急線を横浜駅でとりあえず下車。

 ちょっと人の少ないところに移動して、美那が折原に電話をする。

「バスケの話で相談がある、って言ったら、ちょっと怪訝けげんな感じではあったけど、とりあえず会ってくれることになった」

「まあ、せっかく練習が休みになったのに、って感じ?」

「そんな感じかな。男子と違って女子はユルいから。顧問の相川あいかわ先生だったら、もっと抵抗しそうだけど。咲歩も出不精でぶしょう的なところはあるから」

「ま、よかったじゃん。ところで相鉄線って、高島屋の方だよな」

「JRの方は混んでるし、裏の方を回る?」

 確かにJRの中央通路はかなり人が多い。だけど、俺はそういうところを人をけて、早足で抜けていくのが得意、というか好き。

「ねえ、お前、こういうところを抜けるの得意?」

「まあ、バスケ部だから、それなりには」

「俺、マジ得意」

「それってどんな感じ?」

「じゃ、俺が前を行くから、ついてきてみ?」

「え、うん」

 戸惑とまどい気味の美那の手を取る。

 美那が照れた笑顔を浮かべる。

 そうか、自分から握るのと、俺から握られるのじゃ、全然意味が違うんだろうな。

「じゃ、行くぞ」

「うん」

 俺はこういうところで、なぜか抜けていく道筋が見える。いろんな人がいろんな方向に好き勝手に動いているけど、たぶんそれを総合的にとらえて、予測しながら動いていく。もちろん微調整は必要になるけど、スピードを落とさずに抜けられると、なかなかの達成感なのだ。

 美那が一緒なので、いつもの80%程度のスピードで人の間をっていく。他の人にぶつかったりすることはもちろんNGダメだし、他の人を驚かせたり、止めたりすることも駄目だ。自分の中ではそういうルール。

 それにしても、人っていろんな歩き方をするよな。

 まっすぐ目的地に向かおうとする人もいれば、誰かと話しながらのんびり歩く人もいれば、スマホを見ながらフラフラ歩いている人もいれば、突然立ち止まって向きを変える人もいれば、立ち止まっていたと思ったら突然思わぬ方向に動き出す人もいる。

 そういう人たちの間を、それぞれの動きを予測しながらスルスルと抜けていく。

 後ろを付いてくる美那の表情は見えないけど、最初は当惑とうわくしている感じだった美那の足取りも、途中からきっちり俺に合わせてきている。

 さすがだぜ、美那!

 無事、西口へ抜ける階段のところに到着だ。階段とエスカレーターの部分は人が混雑しすぎて止まるしかない。

「うわぁ、すごかった!」

 人混みに合わせて階段を登りながら、美那が興奮気味に言う。

「だろ?」

「めちゃ、楽しかったんだけど」

「だろ?」

「ねえ、リユって何者?」

 混み合った階段を登り切って地上に出たタイミングで美那がボソっと言う。

「え、美那の恋人?」

「え? あ、まあそうだけどぉ……」

 美那がつないでいた手をキュっと強く握る。

 俺も握り返す。

「そうじゃなくて、なんなの今の? それこそカワサキ忍者ニンジャ?」

「なんか、見えるんだよ、道が」

「え、よくわかんない」

「いや、俺も上手くは説明できないんだけど。空間認識と予測能力を組み合わせた感じかな?」

「それでバスケでもあんな動きができるわけ?」

「あー、それはちょっとあるかもな。あそこを行けば、抜けていける! みたいな」

「そういうところ、ちょっとカイリーっぽいよね。あと、最後まであきらめないでシュートに行くとこ」

「いや、それほどじゃないけど……」

 あまりに美那がマジ顔でめるもんだから、しかもカイリーを比較に出されて、どういう顔をしていいかわからなくなる。

「やっぱ、リユはカッコいい……」

 そう言って、美那は俺に笑顔を向ける。

 素直な笑顔。そう、あのスタバで撮った美那のお気に入りの写真みたいな。

「あ、咲歩からだ」

 美那がスマホを見る。

「よかったら横浜まで出てきてくれる、って」

「お、それ助かるじゃん」

「うん。じゃ、お願いしとく」

 道端に寄って、美那がスマホでメッセージを送る。

「30分くらいでこれるって」

 それまでの時間をつぶすために、相鉄線の駅に向かうショッピング街をゆっくりと歩く。ルーシー達へのプレゼントを買ったはしの専門店があるところだ。

 今までウィンドウショッピングなんてしたことなかったし、興味もなかったけど、美那としたら楽しい。それにときどき、リユにこれ似合いそうとか教えてくれる。ま、今はちょっと買えないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る