2—23 密着はヤバイ

 一度家に帰って、4時半からサスケコートで美那と練習だ。

 梅雨が明けたのはいいけど、今度は、メチャ暑い!

 夕方になっても、日向ひなたはまだまだ暑い。

 動きのある練習は午前中の体育館でだいぶできたので、杉浦さんが用意してくれたネットを立てて、サイドライン付近からの2ポイントシュートの練習。ふたりで逆サイドに立って、交互にシュートを打つ。どっちかが入れたら、サイドをチェンジ。その度に、美那がハイタッチを求める。そして、なんだか嬉しそうな顔。ま、確かに俺も美那も確実に精度が上がってきている。ナオさんも2ポイントシュートのセンスはいいし、あとはオツさんか……。

 5時を過ぎると少しは涼しくなってきたから、今度はゴール下で、相手をかわしてのシュート練習だ。

「ねえ、リユって最近、カイリーみたいな、ジャンプしてからのボールを持ち替えて、さらにバックシュートするじゃない?」

「バックシュートってなんだ?」

「知らないでやってんの……」

「ほとんどカイリーの動画で覚えているからな」

「ゴールの下を通り過ぎてから、後ろ向きでシュートをするやつ」

「ああ、あれな」

「あのとき、ボールにどうやって回転かけてるの?」

「いや、あんま、意識したことないけど」

「そっか……まあ、特別なことはしてなさそうだけど、ロングシュートにしても、リユって回転がすごくかかってるんだよね」

「たぶん、テニスで手首を結構鍛えてたからじゃないか? だから、右はできるけど、左じゃできないもんな」

「どのくらい、手首を反らせる?」

「せいぜい90度くらいじゃないか? ほら」

 俺はストレッチする感じで左手で右手の指を後ろに引っ張る。

「そうだよね。特に柔らかいってわけじゃないんだよね。ちょっと普通のセットシュートするときの動きをやってみて」

「ああ」

 美那の目の前で、ボールを持たずに、シュートの動作をしてみせる。

「うーん、よくわかんないな。どこが違うんだろ?」

「お前はどんな感じ?」

 今度は美那が同じように動作をする。

「どっか違う?」

 今度はふたりで並んでやってみる。

「あー、なんか、リユの方が、全体的に腕の動かし方とか膝の使い方がしなやかだよね」

「そうか?」

「じゃ、ポジションを変えてもう一回」と、美那。

 今度は俺が右側に立って、美那の動きを確認する。

「ああ、確かにな。なんていうか、俺の方が動きが円運動に近い感じだよな。美那は、どっちかって言うと直線的」

「だよね。ちょっと、わたしの腕を動かしてみて」

 そう言って、美那は俺の方に腕を出す。

 俺はなんかちょっと緊張して、美那の腕に触れる。

 なんか、やばい感触。

 チョー触り心地がいい……。

「うーん、これじゃよくわかんないな。わたしの後ろに立って、リユの動きをそのままコピーするようにしてみて」

 いや、それはもっと、ヤバイ感じでしょ。体が近いし。

「どうしたの?」

「ああ、うん」

 美那のやつ、容赦無く俺にくっついてきやがる。お前は意識しなくても、俺は意識しちゃうの!

 まあ、でも、これも勝利のためだっ。

「そうか。手首が遅れて出てくる感じなんだね。それと、やっぱりリストが強いんだ。だとすると、そんなにすぐには真似はできないか」

「もういいか?」

「ああ、うん。ありがと」

 なんか、ほんと、やばいな。

 親しくなり過ぎるのも考えもんだな。

 親友、なんて思いながらも、俺はどうもやっぱり美那を女性として意識しちまう。

 それになんか最近、すっげー可愛げもあるし、とーても可愛く見えちゃうこともあるし、おまけにケッコーな裸まで見ちゃって、頭から消えねーし、おまけに単にお礼かもしれねえけど口唇くちびるにキスもされちゃったし、ファースト・キスだし、やべえやべえ。

 だけど、美那は両親があんな状況だし、大会までもう1カ月半だから練習もしなきゃいけないし、距離を置く、っていう選択肢はねえよな。

 しかも、美那と一緒にいたら楽しいし、充実してるし。


 し、し、し、の連続だな……。


 こういうときはバイクだな。明日は午後からだろうし、午前中にZ250に乗って、頭をすっきりさせよう。それにあれだな、数学も始めねえとな。夏休み中になんとか中学の復習くらいは終えておかねえとな。

「どうかした、リユ?」

「ああ、うんうん、なんでもない。ちょっと考えごと。そういや、明日はどうすんだ? 何時から?」

「2時に集合して、戦術の選択をしてから、それから無料のコートを回って、使えるところで練習する。朝はどうする?」

「お前は、午前中は部活?」

「うん」

「じゃあ、朝は俺ひとりで、気が向いたらやる感じでいいか?」

「うん、いいよ、それで」

 美那はすっかり俺を信用しちゃってる感じだよな。始めた頃は、俺が自主的に練習するなんて想定がなかったもんな。今日は、朝の自主練に、昼の体育館、そして夕方のサスケコートだ。木村主将に本屋もバスケがらみ。なんか、わずか30分のZ250での走行と谷先生を除けば、バスケ一色じゃん!

 美那とは俺の家の前でお別れ。

 一抹の寂しさを感じる俺、ヤバくないか?

 夕飯はかーちゃんが作ってくれた。仕事は山をひとつ越えたらしい。それに俺がバイト旅行から戻ってから、機嫌がいい。美那が最近、頻繁に来るようになったからかな?


 7月31日水曜日。

 朝から、晴れ、晴れ、晴れ!

 結局、朝、サスケコートに行ってしまった。うーむ。

 それからZ250でショート・トリップ。

 トリップって言っても、バイク初心者の俺基準でのトリップ。今日は、西の内陸側に行って、幹線道路を南下、意味もなく我が高校の横浜実山学院の前を通って、京急線沿いの国道を通って戻ってきた。およそ50分の旅だ。

 新鮮だし、緊張感あるし、あー、この時ばかりは、バスケのことは忘れている。

 シャワーを浴びて、かーちゃんと早めの昼飯を食って、外でハンドリングの練習をしながら美那を待つ。

 待ち合わせよりちょっと早い、12時35分に美那はやってきた。

 今日の美那は、柄の入った白いTシャツに、黒いナイキのナイロンのロングパンツ、ナイキの白いバッシュという格好。黒いナイキのキャップが唯一のオシャレって感じだ。でも結局は可愛く見えてしまうのは、本人が可愛いからだろう。

 あれ、ずりーよな、生協の服のカタログでも、モデルさんがいいと、大抵の服はよく見えちゃうもんな。

 オツさんが大学で用事があるとかで、横浜で東急線に乗り換えて、京浜工科大学の最寄駅で下車。

 着いたのは1時50分ごろ。改札口ではすでにナオさんが待っている。

「ミナ!」

「ナオ!」

 で、ふたりで抱擁。

 練習試合が最後だから2週間ぶりくらいか。女子の感覚はわからん。

 駅の建物から出ると、熱気が押し寄せてくる。

 交差点の向こう側には、いきなり興味を建物が存在している。

 4階建くらいの奥に延びる白い建物の上部から、円柱を縦に半分に切った形状のメタリックな物体が、駅に向かって飛び出している。この建物のある場所こそが、オツの通う京浜工科大学だった。

 待ち合わせは大学の食堂だ。何度か来ているナオさんが案内してくれる。

 営業は昼前から夜までやっているみたいけど、夏休み中の昼過ぎとあって、人もまばらだ。とはいえ、こんな時間に飯を食っている学生がそこそこいるのは、理系の大学ならでは、なのか? 実験とか研究とかであまり休みはない、みたいなことを聞いたことがある。その時は自分には関係のないことだと思っていたけど、今は急にリアリティを持って迫ってくる。

 美那とナオさんがおしゃべりにいそしんでいる間、俺は京浜工科大学のサイトをスマホで開いてみる。

 とりあえず受験生向けのページに行く。目に飛び込んで来るのは「大学入試センター試験」の文字。これもまた、自分には関係ないものだと思い込んでいた。なんかズシンと重いぜ。

 それから建築学系のページに飛ぶ。八ヶ岳で元山先生と話をしたせいか、こっちは入試に比べると、ずっと身近に感じられるから不思議だ。

 これは大学院の方だけど、建築学って言っても、ずいぶんといろんな研究分野があるもんなんだな。

 大学は全体で1000人くらい合格するみたいけど、建築学系を含む分野だけだと100人程度で、2年になってコースが決まる時に建築学系に行けるのは60人ほど。建築学系がいま、どの程度人気があるのかは知らないけど、いずれにせよ京浜工科大学で建築を学ぶところまで行くのは、無理ではないにしても難易度が高そう。

「おう、みんな、待たせたな」

 20分ほどしてオツさんがやってきた。

 3人は立ち上がって、オツさんを迎える。

「航太さん、いつものカフェに行きましょうよ。あそこの方が話しやすいでしょ?」

「ああ、そうだな」

 駅に戻る方向でキャンパスを歩く。

 スタバとはちょっと違う、でもシアトル系のカフェらしい。

 ナオさんがここを指定したのは、美味しそうな食べ物が多いからかも。

 ベーグルサンドとかブラウニーとか、そそられる感じの割に値段はリーズナブルだ。

 これから練習もあるし、明日は小遣こづかいい日だし、バイト代もまだだいぶ残ってるし、せっかくだから俺もナオさんオススメの、サーモンとクリームチーズのベーグルサンドにブラウニー、それとホットコーヒーを頼む。大学の構内だからか、千円札でお釣りがけっこう返ってくる。

 普段はもっと混んでいるらしいけど、夏休み期間なのでソファ席を確保できた。テーブルを囲うように座るので、話し合うにもちょうどいい。

 ただ、美那はまだしも、俺はやっぱりちょっとガキっぽくて、店の中で浮いている気がする。ま、理系の大学なんで、老けた子供みたいな人もちらほらいるけど。

 デザートを食べながら、作戦会議の開始だ。4人が同じ「3x3入門」を取り出す。オツさんと美那の本には、すでに付箋ふせんがいっぱい付けてある。

 オツさんと美那が、選んできた戦術を検討しては、使えそうなのを、俺とナオさんにざっと解説してくれる。ナオさんが小さな付箋ポスト・イットをひとつくれて、俺も本に貼っていく。

 でも結局、俺には意味不明のカタカナ用語が多すぎて、あとで美那に解説してもらうことにした。そもそも俺はカタカナが苦手で、だから世界史も人の名前を覚えられなくて不得意なのだ。興味がないわけじゃないんだけど。


 1時間ほどそんな作業をして、オツさんの車に乗り込む。日産エクストレイルもすっかりおなじみだ。

 練習場所を探して、新横浜公園だの野毛山公園だの回ってみるけど、どこもコートは埋まっている。

「こんなに空いてないもんか……」と、オツさんが嘆く。

「夏休みだからですかね?」と、美那。

「神奈川県のバスケ人口は多いらしいからな。総人口でいったら神奈川は東京の3分の2くらいだけど、12歳以下とか15歳以下ではバスケ協会の登録者数はなんと東京の2倍くらいいるんだと。U―18(18歳以下)とか大学だと東京の方が多いみたいけどな」

 と、オツさんが解説してくれる。

「航太さん、ちょっと遠いけど、に行きましょうよ」

 助手席のナオさんが運転するオツさんの方を向いて、笑いかける。

「あそこか……」

 俺はオツさんの後ろの席なので顔は見えないけど、どういうわけか、オツさんは渋るような声だ。

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