第18話 あくやくれいじょうはこねこがほしい
その日、ノエル・フォルティスは初めての罪悪感に苛まれた。
――この間……聖女のおねえさんに教えてもらったのだ。ノエルは物語の『あくやくれいじょう』になる所だったのだと。意味はよく理解出来なかったが、悪い魔法使いや竜によって悪い子になる所だったって言っていた。
でも、ノエルはもしかしたら悪い魔法使いや竜がいなくても悪い子なのかもしれない……だって……誰かのものを欲しがるなんて……ましてや、悪い竜から救ってくれた騎士様のものを……
悪役令嬢ノエルは、漆黒の騎士ジェド・クランバルが抱えていた黒い子猫に一目惚れをしてしまった。
―――――――――――――――――――
ノエル・フォルティスは『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン
その悲惨であるはずの運命は、メイドのナディアと漆黒の騎士ジェド、そして異世界の聖女の働きにより本人の知らぬ間に変えられていた。
そのおかげもあってか、ノエルはより素直に心優しいレディに育っていた。
淑女教育も勉強も苦手だったが、いつかあの黒騎士様のような素敵なお方のお嫁さんになることがノエルの夢であった。それにはまずは素敵なレディにならなくてはいけないのだと頑張っていた。
そんな小さなレディが初めて抱いたいけない感情。他人のものを欲しがるなんていけない事と分かってはいた。しかし――
「あんなにかわいい子猫、みた事がない。せめてなでてみるだけでも……」
いけない……と、ノエルは首を振り考えを改めた。あの子猫は憧れの黒騎士様の飼い猫なのだ。撫でたら余計にかわいくて諦めきれなくなるに決まっているから。
「あ、これはノエル嬢」
「!!?!」
黒騎士様と目が合った瞬間、ノエルは驚いて逃げ出してしまった。直後すぐに、なんて無礼な事をしてしまったのだろうと後悔した。
だが、こんな気持ちを抱いているなんて事、黒騎士様のものを欲しがっているなんて事を……打ち明けられぬと思いが募り、ノエルは黒騎士様と話をする事など出来なかった。
それでも子猫が見たい気持ちを抑えきれず、黒騎士様に気づかれずに隠れて見ようと思い立った。
★★★
黒騎士様こと、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルには何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
先日、ノエルたんに会った時にいきなり逃げ出されたのには軽く……いや、重くショックだった。何かしたのだろうか……身に覚えは全く無い。
だが、もっと分からないのは、その後。何故かノエルたんは離れた所に隠れて頻繁にこちらを偵察しているのだ。今日もまたカフェの後ろのテラス席から見ている。
「……という訳で、この魔獣を預かったというか、押し付けられたと言いますか」
「へぇ。この子猫がそんな危険な魔獣なんだ。よしよし」
魔王領から連れて来た魔獣の子猫の事を陛下に報告すべく、俺と陛下はカフェでお茶を飲んでいた。流石に城内は強力な結界が張られているので、子猫といえど魔獣を入れる事は出来ない。
「淀んだ魔気や悪意を吸い取って大きくなるだけで、平和なこちらの国ではただの子猫でしかありません。陛下がいるうちは大丈夫でしょう」
「そうであるように頑張るよ。所で……」
「陛下の気になっている事は分かります」
そうなのだ、陛下にも俺にもノエルたんの尾行はバレバレなのだ。流石幼女、そんな尾行でバレていないと思っているのである。
あとノエルたんは全く気付いていないのだが、お嬢様が1人で出かける事を心配した従者やら騎士やらお家の人達がノエルたんの後ろで尾行しているんですよね。
尾行してる人を尾行している沢山の人達がいてかカフェが満席である。気付くなというのが無理な話なのだが。
「陛下、これって何だと思います? 先日ノエル嬢に話しかけた時には逃げられてしまいまして。状況がよく見えないのですが……」
「ジェドはまだまだだね。彼女が見ているものが何なのかよく観察してみるといい」
そう言われてよく見てみると、ノエルたんが双眼鏡で見てるのは自分や陛下ではなく俺の膝で眠る黒い子猫であった。……もしかして子猫に触りたいのだろうか? なーんだ、それならそうと早く言ってくれればいいのに。
「コホン。そこの小さなレディ、子猫を見たいのでしたら良ければ近くに来られてはいかがでしょう?」
俺は意を決して話しかけてみたが、ノエルたんは双眼鏡を落としショックを受けている。あれ?
「あ……あっ……覗いていたの……バレて……それに……子猫を見ていたことも……そんな……そ、その……ご、ごめんなさい!!!」
ノエルたんは目に涙を溜めてその場を走り去ってしまった。ついでに尾行していた人達も追いかけて行く。
え? 俺、何か悪いことした??? 尾行した中にいた聖女がめっちゃ睨んでいった。こわぃ……いや、だから俺何かしました??
「ジェド……君ってヤツは本当にアホでバカでどうしようもないよね。もう少し乙女心に配慮をした方がいいと思うよ」
そう言いながら陛下は子猫を抱き上げ、ノエルたんが逃げた方へと走っていった。
★★★
(もう終わりだ……全部バレてしまった。黒騎士様を陰でこそこそ盗み見ていた事も……黒騎士様の子猫を卑しくも欲しそうに見ていた事も。ノエルは悪い子なの……『あくやくれいじょう』なの。レディになんてなれないの……)
ノエルは涙が止まらなかった。
公園の木の下で泣いていたノエルの後ろから、誰かの足音が聞こえた。
「レディ、泣いているお顔を見られたくないならそのまま振り向かなくて大丈夫だよ? 話をさせてくれないかい?」
聞こえてきたのは優しい声。
「……背を向けたままお話するのは……無礼では……ありませんか?」
「私が大丈夫だと言ってるんだから無礼ではないさ」
ノエルは小さく頷いた。
「君は、ジェドが持っている子猫に触りたかったんだろう?」
ノエルの心臓がドキンと跳ね上がる。早くその場を逃げ出したくてたまらず去ろうとするも、その小さな肩に声の主は手を置き囁く。
「待って。誰かのものを良いなと思う気持ちは、必ずしもいけない事ではないんだよ。君は無理に子猫を手に入れたり盗んだりしたかい? 嫌がる子猫に無理矢理触ったかい? いじらしくも遠くから姿を見ていただけだろう。君はそんな幼いながら、ちゃんと悩んだり苦しんだりして最善を探したじゃないか。この国の皇帝だって……そんな君を悪くは思わないさ」
「本当に……?」
「ああ。だから、もう涙が引っ込んだのならこちらを見てごらん」
ノエルは恐る恐る振り返った。そこには、太陽のような明るい金色の髪……皇帝ルーカス陛下が子猫を抱きしめていたのだ。
「へい……か……」
「皇帝の私が許す。触ってごらん?」
ノエルが恐る恐る子猫を撫でると、ゴロゴロと鳴いて手にオデコを寄せてきた。
(か……かわいい……)
「この猫はね、魔獣なんだよ」
「こんなにかわいいのに……?」
「ああ。この猫は人の悪意を吸い取ってしまうんだ。悪意のある者の元へは決して置く事は出来ないが……もし、君が絶対に悪い心を持たず美しい心を注いでくれると約束してくれるならば、ジェドに頼んで子猫を君に譲ってもらおうと思うんだが……どうかな?」
「?!! 約束します!! 絶対に!!」
ノエルの小さな小指が皇帝の小指と絡んだ。約束のおまじないだ。
子猫はノエルの清らかな心が気に入ったのか、すぐに甘えだした。その姿を見た従者達は皆泣いていた。聖女も泣いていた。
「これ、俺だけが幼女泣かせた悪いヤツみたいですね」
「そんな悪い輩の所には悪意を吸い取る子猫は余計置いておけないからな。どの道、君は厄介ごとを抱えすぎるからね。まぁ、私もこの国に悪意が育たないようせいぜい頑張るとするよ」
皇帝の見守るその先で、ノエルと魔獣の子猫は幸せそうに笑っていた。
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